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ばいしくるそばやのぶろぐ
自転車好きのそば屋だから『ばいしくるそばや』です。ツーリング記事、時々マンガ、忘れたころにそば屋の、 ユルーイ構成です

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水芭蕉曼陀羅襖絵見学

水芭蕉曼陀羅襖絵見学 
                  2019,04,20


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 この日、午前中はそば打ち教室が1件入っているだけでしたので、それが早く終わり、午後の仕事まで2時間の空白時間が突然できてしまいました。晴天で風も気持ち良い日のお昼に降ってわいた自由時間、さてどうしたものか。ふと、数日前に読んだ新聞記事が思い出され、急遽、佐藤多持氏の水芭蕉曼陀羅襖絵を見学しに行く事となりました。



 水芭蕉曼陀羅襖絵が特別公開(4/2021のみ)されている観音寺は国分寺市西町2-27に在り、国立駅から徒歩15分の距離です。2時間の枠内で配分するなら、1時間は観賞に費やしたいので、片道は30分で走らねばなりません。アップなしでいきなり全力疾走にもっていかねばならないので、かなりきつそうですが水芭蕉曼陀羅襖絵を観ることのできる興味の方が勝ってしまいました。

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観音寺山門にて

 水芭蕉曼陀羅襖絵特別公開は、佐藤多持(1919-2004 85歳)の生誕100年を記念して開催され、現在国立駅周辺では佐藤多持展が複数個所で行われています。
 
たましん歴史・美術館
 4月2日―5月12日(前期) 5月18日―6月30日(後期)
コート・ギャラリー国立
 4月4日―16日
ギャラリー国立
 4月6日―16日(前期) 6月20日―25日(後期)
画廊岳第一会場 コロン第二会場(岳2階)
 4月9日―18日




まだ花粉症で鼻がムズムズしますが、気にせず出発です。青梅街道西進から立川通りに進み、五日市街道に差し掛かったところから、車がようやく対面通行できるくらいの狭い脇道に入ります。しばらくすると、両脇には植木屋さんが散見されますので、ようやく国分寺市に入ったのだなと実感できます。緑豊かな杜が視えてきたら、それが観音寺です。正面の石碑には観世音寺とありますが、ここでは観音寺で通しましょう。




 参道の石段を登ると、すでに堂内では中高年の見学者で賑わっています。ここで佐藤多持について簡単に記しておきましょう。住職の子として生まれ、弘法大師を深く信仰する父に少なからず影響を受ける。東京美術学校を卒業後、昭和24年に初めて尾瀬沼の水芭蕉を目にし、感銘を受ける。昭和34年に「水芭蕉」に関する作品を発表し、昭和36年から水芭蕉曼陀羅を描き続ける。線や弧の決定に多大な力を費やし、人間の内面と宇宙を一元的に捉える手法に長ける。ちなみに「曼陀」とは真髄・本質、「羅」とは得ると言う仏教上の意。



 早速見学に移りましょう。10畳4室、36面に描かれた弧と円で抽象化された水芭蕉はどれも表情が異なります。朝に観る水芭蕉、昼に観る水芭蕉、夕焼けの下で観る水芭蕉から違った感銘を受けるのと同じかもしれません。襖絵の作品が大きすぎて、写真に収まりきらないのが残念ではあります。他の方も同じような不満をもらしていました。仏寺の空間に合せて構成されていますが、今日は襖を開け放していないのが残念なところその2と言ったところでしょうか。見学順路を進むと、黒猫ちゃんの描かれた襖絵も現れます。水芭蕉曼陀羅から受ける印象は人それぞれで良いと思いますが、円弧と丸の刻むリズムが宇宙観と人間が内臓された深いものとされているそうです。

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この2つを加えれば38面ですね

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 満足のいく見学ができたので、再び全速力で帰路につくとしよう。なお、この襖絵は毎年の正月と特別行事でも一般公開されています。お問い合わせは観音寺まで。(042-572-3225


おしまい





自転車かついで御岳山〜日の出山          2019,04,10

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参考地図 昭文社山と高原地図24 奥多摩

標高  御岳山929㍍、日ノ出山902㍍、

コース 西東京市自宅 ―(新青梅街道)― JR御嶽駅 ― 滝本ケーブル下 ―

    (表参道) ― ケーブル上 ― 御嶽神社 ― 日の出山 ― 松尾 ―
    武蔵五日市駅 ― (五日市街道・新青梅街道) ― 西東京市自宅


徒歩標準時間

    滝本 ― ケーブル上 60分

    ケーブル上 ― 御嶽神社 20分

    御嶽神社 ― 日ノ出山 40分

    日ノ出山 ― 松尾 85分

             計 3時間25分


水場 駅前、滝本、神社周辺、明王峠、相模湖駅付近

トイレ 駅前、滝本、神社周辺、日ノ出山直下、松尾

必要な自転車技術 初級

必要な体力 初級

吹雪 多




プロローグ

 久々に自転車を担いでの登山です。前回が2018年10月の富山(→こちら)ですから、ざっと半年振りです。3カ月の間自転車をかついで山登りをしていないと、筋肉が普通の人並みになってしまうと自覚しているのに、その倍ですから、その衰えは明らかなのでしょう。そこで、技術レベルの低い低山を探していたのですが、10日は雨で都心でも最高気温7度との天気予報が伝わってきました。


気温は100㍍上昇すると0,6度下がるから、標高1000㍍ならおそらく1度。ひょっとしたら降雪を期待できるかもしれないと、予定を変更し、イソイソと軽アイゼンと防寒の準備を始めるのでした。しかし、致命的な忘れ物をしている事は、この時まだ知る由も無いのでした。


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①御嶽駅 ②滝本ケーブル下 ③御嶽神社 ④日ノ出山



雨、そして降雪

 仮眠から起きられなくて出発が2時間遅れてしまい、午前3時40分出発です。気温は随分温かく感じられるので、時間が進むにつれて徐々に下がっていくのでしょう。星が視ることのできない暗い曇天の中、東大和市も通過した辺り、走り始めて1時間で雨が降ってきました。急いで雨具を着る必要性も感じない雨量ですが、念のため雨具を装着できる安全で明るい場所を探しコンビニで小休止とします。



 ライトを灯さなくとも風景を観ることができる様になってきました。青梅を過ぎると桜はまだまだ盛りなのが目に嬉しいですね。それにしても気温はかなり低くなってきたようです。午前7時30分、リニューアルされた御嶽駅(①)を目にしたころには、雨粒が霙状に変わって来ました。滝本(②)に向かう道中、ついに雪が降ってきました。前方から降りてきた軽自動車は徐行しながら職人の様な素晴らしい手つきで滑り止めの塩化カルシウムを撒いています。満開の桜と降りしきる雪を同時に観賞できるとは、なんとも不思議な感じです。

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満開の桜と雪景色を同時に愉しめる贅沢

 当初は表参道の急坂を乗車して登っていたのですが、滑って落車して滑落でもしたらおもしろくないので、押して黙々と往く事に。この天気でもケーブルカーが動いているのは意外ですが、考えてみれば生活の足でもあるのですから当然なんですよね。

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降雪の続く表参道

 ケーブル上に着くと見慣れた景色は一変していました。水墨画でも観ているような幽玄の世界がそこには在りました。まさにアメイジング。大欅のある急坂に差し掛かったところで、ついにアイゼンを装着です。これで一歩一歩が楽になりました。門前のおみやげ屋さんでは、店主の方がガラス戸越しにうらめしそうに空を見上げていました。
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幽玄の世界がひろがっていました

 社殿へ続く階段では、雪掻きが行われています。そうですよね、ケーブルカーが動いているのですから、参拝客が来る可能性はゼロでは無い訳ですもんね。いよいよ御嶽神社(③)の拝殿が視えてきましたら、雪掻き中の巫女さんは、この時間、この天気で自転車を担いでいる私を視て、かなりぎょっとされている様でした。

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全力で転んで滑って日の出山へ
 雪の中で参拝する極彩色の拝殿も趣が変わって美しいものです。この時間にこの場所に来なければ視られない特別な景色ですね。もう一つの目的であった「猪」をカメラにおさめたら、宝物殿前のベンチで小休止とし、炭水化物の補給を済ませます。熱いお茶が体に沁みます。しみるといえば、本日この天気なのにザックカバーを忘れてきてしまったので、ザックは濡れ放題です。まぁ、着替えなどの荷物は個別にビニール袋にくるんでいますので、それは良いのですが、問題は首周りの防寒です。この気温の防寒としては申し分なかったのですが、布地が水を吸ってしまい、それが徐々にインナーの服に浸みてきたのです。これが元で体温が下がる様な事になれば低体温症の可能性もでてきかねません。あともう一つ加えるなら、この頃からカメラのレンズに水滴が染みてしまい、以後一部ぼやけた写真ばかりとなってしまいました。
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雪の白と拝殿の朱が素晴らしい対比を生み出しています



 さぁ、日ノ出山に向かって走りはじめましょう。雪掻き中のおじさんに再び挨拶を交わし、登山道へ下ってゆきます。普段でしたら、歩きやすく人も多いメジャーなコースですので、自転車で走ろうとは思わないのですが、こんな悪天候だからこそ自転車で走れるチャンス到来となりました。とは言え、自転車は雪上を安全に走り、雪上で正確に止まるようには設計されていませんので、転ぶことを前提に走行を続けます。振り返ると、白雪の上に新しく刻まれたタイヤのシュプールとあちこちに残る人型の窪み。こんなこと、都会でやっていたら変な人でしかありませんが、ここなら思う存分滑って転べます。これがなかなか楽しいんです。とは言え、一歩間違えれば滑落ですので、その辺は理性を保ちつつ楽しく進行を続けます。

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新芽にも雪は降り積もります

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 鳥居を過ぎると石段が現れてきましたが、傾斜は楽なので歩みはスムーズです。山荘からは炊煙が立ち昇っているので、誰か登山者さんがいるのでしょう。最後の石段を登りつめればいよいよ日ノ出山(④)頂上です。誰も居ないだろうと思っていたら、五日市方面から両手にストックを持った方が一人向ってきました。正直驚きましたが、むこうも相当驚いていた表情でした。




変調

 晴れていれば、都心を一望できる景観を望めるのですが、今日に限っては鋼色の空と真っ白な世界が広がるばかりです。東屋で小休止としましょう。自転車を担いで歩く分には消費カロリーが高いので零下でも汗ばむほどですが、じっとしているとインナーに水の浸みこみ始めた身としては、ちときついかな。




さて、本日はつるつる温泉への3,6キロメートル下山路を選択です。さすがに登山者に人気のメジャーコースだけあってよく整備されています。もちろんここでも転倒覚悟の下りを敢行です。時折、樹上から落雪があるのですが、直後細かな雪が空中に飛散してゆきます。使い古された言い方ですが、まるで宝石を散りばめたような煌めきです。でも、そんな予測不能な落雪をカメラにおさめるほどの機敏さも技術も持ち合わせていないので、私の目にだけ焼き付けておこう。

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無様に滑ること複数回で日本武尊に由来する顎掛岩まで下ってきました。ここまでくると積雪量も減ってきたので、土をえぐってはいけないとの配慮からアイゼンを外します。

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日本武尊に由来する顎掛岩



やっと辿りついたつるつる温泉ですが、靴やザックがあまりにも泥でぐちゃぐちゃですので、入館は遠慮してこのまま帰路につきます。舗装路の下りは雪もなくスピードが出ますのでとにかく寒いです。拝島を過ぎた辺りから、体温が奪われだして体が変調をきたしてきました。ならばと、交通ルールは遵守しつつ、最大速度で走り続け体温の維持に努めます。とは言っても腿の筋肉で発生した熱が体全体を暖めるには20〜30分かかり、その間、雨と風が吹き付ける上半身は更に体感温度を下げています。それに、最大速度なら30分で家に着いてしまいます。何か根本が間違っているんじゃないかと思いながらも最大速度を出し続け、家まで500㍍のところで気が付きました。そうだ、服を乾いたものに着替えればよかったんだと。
チェーンの洗浄や錆止めの作業は後回しにして、まずは熱いお風呂へ一目散に向います。
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山の神にお礼を申し上げたら
まもなく登山道は終わります

おしまい











出張そば打ち2題

出張そば打ち2題

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白金台で出張そば打ち 2019,02,13


一生縁が無いであろうと思っていた港区白金台で出張そば打ちを依頼されました。しかも個人宅で、見本打ちだけで良いとのこと。荷物が格段に少なくてすみます。開始が夕方ですので、帰路は夜になるのが確実です。夜に都会の知らない道を車で安全に走る自信がないので、現地までの移動は自転車か電車となりますが、打ち台に使う大きな板は、どう考えても自転車の安全な走行を妨げます。よって目黒駅までは電車で移動することに。

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 45リットルの登山バッグに道具と材料を詰め込み、板は台車で運ぶ事に。自転車でしたら、目黒駅までの時間を読めるのですが、乗り慣れていない山手線では果たして何分かかるものやら。不測の事態も考慮して2時間をみることに。当然、現地には約束の時間の1時間以上前に着いてしまいました。そこで、下見の際に発見していた自転車文化センターに立ち寄り、時間を忘れて自転車誕生以来の車体を眺めます。よく、自転車屋さんの看板に使われている前輪の大きな自転車オーディナリーや、ペダルが付く以前の自転車の原型など、興味深い展示が時間を忘れさせてくれます。

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自転車文化センター

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ドライジーネ
地面を足で蹴って進む
時速13キロは出るので重宝されたそうです

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自転車屋さんの看板でよくみかけるオーディナリ

 玄関ドアが開いて最初に飛び出してきたのは、大きな人懐こいワンコ。続いておチビのワンコ。鰹節と醤油のにおいが染みついた初めて視る不思議な来訪者に2匹は興味深々の様子。設営中も足元にすり寄ってくるので、間違って足や尻尾でも踏みはしないかと、気を遣いました。さぁ、準備は整いましたが参加者がなかなか揃わないので、スタートは午後4時30分にずれこみます。解説とシモネタを織り交ぜ、見本打ちは無事終了。いよいよゆでて召しあがっていただくのですが、そこはやはり白金台とはいえ個人宅。かつてトレンディードラマに映っていたようなすごいシステムキッチンであるはずもなく、普通の一般家庭の狭い台所です。ここに有る調理具も火力も広さもいつもと勝手が違います。
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準備が整い、そば打ちの開始です

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調理器具も火力もいつもと勝手が違います

 試食にもご満足いただき、荷物を積み直して帰途につきましたが、ばっちり帰宅ラッシュの時間帯に重なっていました。まず、目黒駅で私が乗車できるような隙間のある車体がくるまで4本見送り、乗ったら乗ったで、周りからは明らかに白眼視され、肩身の狭い思いをし、池袋駅からは各駅停車に乗らざるをえなかったので、しっかり2時間かかってしまいました。あっ!電車賃を請求し忘れていました。トホホホ。
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打ちたて茹でたてのおそばは
つるつるとのどを通ります



大田区で出張そば打ち教室 2018,03,27


プロローグ
 昼過ぎから夕方にかけて中高生を対象にそば打ち教室の依頼がきました。ただでさえ都心での夕方の運転には自信がないのに、花粉症MAXな時期と重なっています。もうこれは迷うことなく電車での移動を選択です。不安材料があるとすれば、前回に比べて背負う道具類の重さが2倍を超えるということです。40過ぎのおっさんが、果たして担いで電車移動できるのでしょうか。



デモンストレーション
 約束の時間より早めに大鳥居駅近くの会場に着いて、セッティングを済ませ、余った時間で会場に置いてあった大田区あるあるの本を読み耽ります。午後1時になり、スタッフ向けの簡略版見本打ちを行い、なかなか沸騰に達しないIH機器にもどかしさを覚えつつ、茹で方の手順講習に入ります。時間内にスタッフ講習を終え、花粉症が出てこない様に自己暗示をかけたら、いよいよ開始の午後2時が迫ってきました。
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会場設営の途中

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スタッフ講習中




ジェネレーションギャップ
「翔んで埼玉!の原作マンガでは、都会指数ゼロとディスられていた田無からやってきました」と自己紹介をしたが、笑いは一つも起きず、むしろ冷たい空気が会場を支配します。昭和オヤジギャグをこよなく愛する我が身としては、この蔑まれている感じがゾクゾクしちゃう・・・などと、バカな話はここまでにして、気を取り直して笑顔で見本打ちを進めますが、この後も世代間格差を痛感することしばしば。

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翔んで埼玉!より

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昭和ギャグ満載、下ネタは控えめに

 今回は男子3人と女子5人の計8人の参加者と数人のスタッフから成り、2班で構成されています。班分けは男子チームと女子チームという事になりました。


 実技作業は女子チーム、男子チームとも順調ですが、男子チームの生地がやや固めかな。規約に従っているため彼らの顔を載せられないのが残念なのですが、みんな真剣で素敵な表情をしています。

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いつもながら縁の下で支えていただく
スタッフさんに助けられています

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へそだしの作業
きれいな形に整えられています

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完璧な生地ができました

 切る段階に入り、男子にはいつもの二人羽織指導ができるのですが、さすがに女子には行えません。この時点で給湯室に待機しているスタッスは機器をフル稼働させて、そばが来るのを今や遅しと待ち構えています。先に男子チームのおそばを給湯室に運び、茹であがったおそばを順次試食していきます。やっぱり、茹でたてが美味しいですからね。
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男子チームの生地
一角だけ主張が強かったようです

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男には二人羽織指導を行えますが

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女子には対面から包丁を誘導する方法をとりました

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茹での現場ではスタッフさんが
一人で切り盛り お疲れさまでした

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出来上がった作品

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皆が打ち終わるのを待つことなく
順次試食にはいります

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その横ではそば切が続いています

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スタッフさんもやっと試食にありつけました



 全てのおそばを茹で終えて、スタッフが戻ってきたところで恒例のそば打ち修了書の贈呈を始めます。はにかみながら喜んでくれた表情を視て、来てよかったなと実感できました。またお呼びがかかったら、是非来たいな。

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帰宅ラッシュの中で
 午後5時を過ぎ、全ての片付けが終わり、材料分が減り軽くなったとは言えまだ30キログラムを超える荷物を背負い直し、駅へ向います。風は冷たくなっていました。それよりも冷たいのが帰宅で混雑する車内の視線です。何本か電車を見送り、空いている車両に乗ったもののやはり大きな荷物を背負い、大きな荷物を手に持つ立場は弱いです。一番恐縮したのが想像通り山手線の車内でした。チクチク刺さる視線に耐えながら午後8時過ぎ、ようやく帰宅を果たしましたが、早くも筋肉痛の予感が。

おしまい











特撮のDNA展へ行ってきました          201901,23




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モスラに登場した小美人

 大田区の日本工学院専門学校ギャラリーこうのとりで開催されていた「特撮のDNA ゴジラからシン・ゴジラまで(2019,01,27まで)」に行ってきました。普段は蒲田駅の東口を自転車で素通りするばかりですので、西口の喧騒は目に新鮮に映ります。その歓楽街から品川方面へ少し進むと、ギャラリーこうのとりは視えてきます。駐輪場は線路に沿って探すと容易に見つける事ができます。
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 「ゴジラ」では初上陸が品川でしたが、「シンゴジラ」では初上陸が大田区であると設定されているので、なかなか意義のある場所での開催となったわけです。受付を過ぎ、驚いたのが展示物の撮影可能であることです。なるほど、特撮ファンのみなさんが、こだわりの角度で撮影に興じられています。

 最初のコーナーはシン・ゴジラ一色、以後1964年の初代ゴジラから時代を下りながらゴジラ関連の作品、東宝のヒロー作品が紹介されていく構成です。私も全てのゴジラ作品を観たわけではありませんが、昭和のものはやはり懐かしいです。こうして一堂に会すると、ゴジラのみならず、キングギドラやモスラまで表情はさまざまですね。まぁ、モスラ幼虫だけは各年代とも違いがわかりませんでしたが。ゴジラ作品は、知らない人は全く知識が無いだろうし、好きな人は何時間でも語れると思いますが、私は中間くらいなので、しばらくは最小限の解説だけに留めます。

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意外にも館内は撮影自由です

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画コンテ

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シンゴジラ撮影風景

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実物のオキシジェンデストロイヤ

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メカゴジラ2のスーツ
腕にはもちろんMG2と記載

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最初の着ぐるみはゴムの焼かため

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メカゴジラ雛型と頭部

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昭和のゴジラ

 
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平成ゴジラ

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 圧巻だったのが、中野さんから樋口さんまでの、各ゴジラ作品の特技監督のインタビュー映像でしょう。なるほど、特撮のDNAは脈々と受け継がれてきたわけですね。さぁ、おみやげを物色しましょう。浮世絵にゴジラを配した手拭いに心動かされましたが、選んだのは定番の、クリアでないクリアファイルです。
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どこかマイナー感のある東宝ヒーローのコーナー

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ゴジラって、アニメにもなっていたんですね

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盛況なゴジラストアー

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浮世絵にゴジラ

 観覧を終えて東口に移動する際、初めて会場のすぐ近くを呑川が流れている事を知ります。呑川といえば、シンゴジラ第2形態が遡上した川ですね。主催者のこだわりに感服し帰路につくのでした。
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呑川旭橋にて第2形態

おしまい




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