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同級生の死5
戦後当時の子供たちは、遊びといったら男は野球だった。
中学へ上がったら、私は小学生の時には左ききのピッチャーだったので、それを見込まれ野球部へ入った。従兄弟の彼も野球部へ入ってきた。
実は村の上級生が強引に、部員が少なかったので入部させられたのだった。
私は本当は絵画部へ入りたかったが、上級生が「あそこは女しか入らない」を私をにらみつけた。
しかし、中学の三年間、一年中野球の練習に明け暮れ、お陰で私の体は丈夫になったといえる。
小さい頃、虚弱児童に近い私に、母は、養命酒を飲ませたりしていた。
そのとき三年生の時のレギュラー選手だった9人は、従兄弟の死で、全員、もう会う事はできない。
その時絵画部に入った同級生の一人とは、年に2,3回ほど会ってめしを食う。
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