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ブログ転載:
平家物語・義経伝説の史跡を巡る
一方鵜飼に送られ年明けに青墓に到着した頼朝は長者屋敷に隠れ住んでいた。
この頃、三河守頼盛が尾張国司となって弥兵衛宗清を目代として任地に 下向させた。青墓宿に着いた宗清はその夜遊女を一人泊めると「長者の所に 兵衛佐殿がいらっしゃいます。」と彼女が言うので、すぐに宗清は平家の侍と共に 長者屋敷に押し寄せ「右兵衛佐殿を出せ」という。大炊がこのことを頼朝に 申し上げると「覚悟しています。」と自害しようとしている所に侍どもが押し入り 刀を奪い取り頼朝を捕えた。宗清が頼朝を連れて長者屋敷を出て行くと、 頼朝の異母妹の夜叉御前が「我も義朝の子なり。佐殿と一緒に、一緒に」と 転げまわって泣くので宗清はじめ平家の侍たちも哀れに思った。 都に帰って平家に頼朝を御覧に入れたところ「でかした!」といって頼朝を 宗清に預けられた。清盛は頼朝に使者を送り「髭切はどこにあるのか。」と 尋ねさせると頼朝は今更隠しても何の甲斐があろうと 「青墓の長者のもとにございます。」と仰るので、難波六郎恒家が長者の家に 行き「髭切があるそうだが、返すように」というと長者は源氏重代の太刀を平家に とられるのは残念なことです。たとえ佐殿が斬られたにしても、義朝にはお子様が 沢山おいでになる。この先平家の運が尽きてしまい源氏の世になることも あるでしょう。その時この太刀を差し上げたならどんなにお喜びになるでしょう。 どうしたものかと考えあぐねていたが、そうそうわが家には髭切にも劣らない 泉水という太刀があるのでこれをお渡ししよう。佐殿にお尋ねになっても 「髭切です」と仰れば済むことですし万が一「違う」とお返事なさり 平家からお咎めを受けたら「私は女なので刀のことはよく知らない。」と 言いましょうと考えがまとまり髭切は柄もさやも丸かったのでさし替えて 泉水を差し出した。清盛は頼朝のもとにこの太刀を届けさせ 「これは確かに髭切であるか」と尋ねさせると「髭切です」と仰ったので 清盛は大そう喜びこの太刀を大切にしまわれた。 夜叉御前は頼朝が捕らえられてからというもの湯水も通らず、 嘆き悲しまれるので「どうしてそんなにお嘆きになるのですか。お命を 長らえてこそ父上のご菩提を弔うことができましょうに」とさまざまに 言い聞かせると気分も和らいだご様子なので大炊も延寿も気をゆるし、 乳母の女房も姫につきそうのはやめたその矢先の二月一日の夜、 夜叉御前は一人青墓を出て遥か遠くの杭瀬川に行きまだ十二歳というのに 身を投げてしまわれたのはまことに痛ましいことです。 夜が明けてから長者の家では、夜叉御前がいないのに気づきあちこち捜すが 見つからない。通りがかりの旅人が「杭瀬川の水際で幼い人の死骸が 見つかっています。」と教えてくれた。大炊・延寿・乳母の女房が駆けつけると 夜叉御前だった。空しい遺骸をお輿に乗せ帰ると一同嘆き悲しむが仕方がないので 朝長の墓に並べて埋めて後世を弔った。延寿は「頭殿にも先立たれ 殿の形見の姫にも先立たれてしまいました。生きている甲斐もありません。」と 嘆くので大炊があれこれ宥めすかし、延寿は母の気持ちにそむくまいと尼になり 頭殿の御菩提を余念なく弔われた。 『平治物語』頼朝生捕らるる事付けたり夜叉御前の事 青墓の長者は当時は、女系長者制でその管轄下には数多くの遊女がいて、 延寿の一人娘である夜叉御前は長者一族にとっては大切な存在でした。 (別の年のブログです)
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