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「『生命の樹』は太陽の塔の“血流”であり、内壁の襞は“脳の襞”だ」
(岡本太郎)
大阪万博のシンボル「太陽の塔」
の内部、完全復元!!
−2025年大阪万博誘致のための下拵え?−
<太郎が万博プロデューサーに>
1970年「大阪万博」の3、4年前に岡本太郎の話をナマで聞いたことがあるが、「芸術は爆発だ!」と叫ぶわけでもなく、ひたすら「日本文化の源流は決して侘び寂びではなく、縄文文化のような激しい生命感にあふれるものだった」と、教師が生徒に言い聞かせるような調子で自説を展開していた。多分その頃すでに、太郎は「万博テーマ・プロデューサー」就任を承諾していたのだろう。奔放な女流作家と有名漫画家を両親に持ち、パリで暮らしてピカソとも面識がある太郎だ。そのコスモポリタン的キャリアと大衆性キャラに役人が目を付け、彼に白羽の矢を立てたわけだ。
実は、万博理事長に「十億円の予算すべて差上げますから、万博テーマ館のコンセプトを自由に表現して下さい。こちらはいっさい口出ししません」と、熱心に口説かれても太郎は悩んでいた。目力だけでハッタリ聞かせている御仁と思いきや、結構マジメで一本気な性格なのだ。親しい友人達に相談してみたところ「万博協会なんて役人・官僚集団で、お互いに足の引っ張り合いをしてる陰湿な組織だから、キミとは水と油だよ、絶対引き受けちゃダメ」と全員が反対。
フツーなら「じゃあ、止めとこうか」となるところだが、太郎さんはフツーじゃない。なにしろ弥生文化大嫌いの縄文文化芸術家なのだ。皆に反対されるとムクムク反骨魂が擡げてきた。「よし、そんなに皆がダメと反対するのなら、やってやろうじゃないか!」と引き受けてしまった。
千里の万博会場を下見した太郎は「うーん、70mだな」と独り言。そして何と“天下の名建築家・丹下健三”(東京オリンピックの代々木体育館を見よ)が設計した「お祭り広場」の大屋根・・それをぶち破るアノ「太陽の塔」をここに造ると言い出した。むろん丹下先生はカンカン。「そんなアイデアは絶対認められないと言ってこい」と木っ端役人を叱り飛ばしたが、太郎にすでに白紙委任状を渡し「ご自由にやって下さい、口出しは一切しません」と言質を取られている役人は身動きが取れない。結局丹下のほうが折れた。
<万博テーマと太陽の塔>
万博協会が考えたテーマは「人類の進歩と調和」だが、太郎は「人類は進歩なんかしていない。何が進歩だ。縄文土器の凄さを見ろ、ラスコー洞窟の壁画だってツタンカーメンだって、今の人間にあんなもの作れないだろう」と、大きな目玉を剥いて熱く吠える。「みんな自分を殺して頭を下げ合って、馴れ合っているだけのこと。それを調和だなんて卑しい。ガンガンぶつかって本音で戦って、そこに生まれるのが本当の調和なんだ。まず戦わなくては調和は生まれない」・・正論だ!
いかにも役人好みのキャッチフレーズ「進歩と調和」だが、しょせんテクノロジー文明を誇示しピカピカ・チャカチャカ万歳!の、モダニズム大博覧会になるのは目に見えていた。それでなくとも高度経済成長で鼻息荒い当時の日本だ。オイルショックはまだ数年先のことだったし・・公害や環境破壊を問題にする人々も確かにいた(だから役人も「調和」というブレーキの概念を取り入れたのだろう)が、その意識はコモンセンスに至るまでには共有されていなかった。
役人の考える“よい子”ふうの偽善っぽい「文明の是々非々路線」に、太郎は真っ向から異を唱えた。「太古の昔から脈々と受け継がれている、ドーンと大地に根を生やしたようなもの、テカテカ安っぽく光る周囲とは全然調和しないもの、それこそが我々人類には必要なんだ」と。だから大建築家丹下が設計した、柱の無いモダニズムとテクノロジーの見本のような「大屋根」の真ん中を突き破って、「二十世紀の土偶・埴輪」のようなアノ「太陽の塔が」必要だったのだ。そうともこの「太陽の塔」
こそ、岡本太郎のとっての「縄文」だった。
あ、断っておくが、丹下と太郎は親交がある。太郎は、1952年にタイルを用いた公共アート作品『太陽の神話』で高い評価を受けるのだが、これを境に壁画の注文が次々と舞い込むようになり、有楽町の都庁を設計していた丹下健三からも、壁画の依頼が来たりしていたのだ。この八つの壁画も評判が良く、七年後の1964年「東京オリンピック」でも、太郎は丹下と共同して仕事をしている。代々木競技場の八枚の陶板壁画がそれである。だから丹下も、万博の仕事を太郎と共にすることに何の心配もしていなかったのだが・・
もっともらしいテーマ「進歩と調和」をぶっ壊そうと意気込んだ太郎だが、すぐにアイデアが浮かんだわけではない。「何かこう原日本ともいうべき、マグマを思わせる熱い生命態があるはず」と南は沖縄から北は青森まで歩き回り、ノロやイタコやナマハゲを経験する。そして偶然博物館で縄文土器を見て「これだ!」と感動の余り膝を打ったのだ。
太郎は感動家である。パリでピカソのキュビスム作品『水差しと果物鉢』を見て、感動の余り泣き出したほど純情なのだ。帰りのバスの中で「ようし、オレもあれ以上の絵を描くぞ」と決心した。で、頑張って1936年に『痛ましい腕』という、頭が深紅の巨大なリボンで腕に黒い紐が巻かれた、半分具象半分抽象のシュールっぽい作品を描いた。これが太郎の「対極主義」というコンセプトを示す絵画技法で、「単なるリアリズムでもダメ、単なる抽象でもダメ、相反するモノがぶつかって亀裂が入った所に、新しいダイナミックな感動が生まれる」とする。まあ「太郎流弁証法絵画!」とでも。
ソルボンヌ大でマルセル・モースの講義を聴いた太郎は、民族学・文化人類学に興味を持つ。この時以来芸術家として、「日本人の原点」探しに意識が向くようになったようだ。だから万博のプロデューサーを引き受け「縄文土器」に巡り会った時、「これぞニッポン!」と感動したのだ・・「愛国主義でも懐古趣味でもなく、たんなるオリエントのエキゾチシズムでもない。これこそ日本の根源の文化だ」と。うねるような盛り上がるような、土器の縄目のパワフルな分厚い生命力に感動したのだ。
太郎の「太陽の塔」は、媚びへつらい生きる日本人への痛烈なアンチであり、また、すぐ犬のように尻尾を振る卑屈な国日本への、嫌悪を込めたメッセージでもあった。骨の髄から個人主義のフランスと較べると、やたらムラ(村落共同体)的な同調圧力が強く働き、「出る杭は打たれる」式の日本の風土文化に、太郎は苛立っていたのだろう。弥生時代の稲作が貧富の格差を生み、田畑拡大の要求が戦争を引き起こすのだが・・太郎はそんな文化人類学の知見を、持っていたのだろうか?
このたび修復復元された、太陽の塔の地下に展示されていた「過去−−根源の世界」も、仮面や素朴な神様の像などが並ぶ不思議空間=ワンダーランドで、その奥には「地底の太陽」という大きなモニュメントがある。地の底の太陽は、言うまでもなく「天上の太陽」(父性の象徴)への反・措定だ。
<原発と大阪万博>
去る2011年は岡本太郎生誕100年ということで、多くの書籍が刊行され「TAROの塔」というドラマも好評だった。根強い人気があるのだ太郎は。とはいえ、万博当時「太陽の塔」は左右両陣営から非難の的だった。つまり評判は芳しくなかったのだ。右派(江藤淳ら)からは「原日本のアニミズム的生命主義とはいえ余りに醜悪」と、左派からは「万博のもつ帝国主義的性格に無自覚」と。
東日本大震災が起きた年の4月、東京渋谷・井の頭線駅前に公開されている太郎の巨大壁画『明日の神話』に、芸術家集団チンポムが「福島原発クラッシュ」を思わせる落書き?で介入するという事件が起きた。この作品は「第五福竜丸」をモチーフにしたもので、「太陽の塔」と平行して制作されたものである。それにしても太郎生誕百年の2011年に大震災が起き、原発が三基もメルトダウンを起こすとは・・
『明日の神話』は言うまでもなく反核作品だ。当時の進歩的文化人と歩を同じくして、太郎も原発による無差別虐殺の非道を告発する文を書き、ビキニ環礁でアメリカ水爆実験の死の灰を浴び被爆した「第五福竜丸」の悲劇を描いた。だが同時に当時の知識人同様、アメリカによる「原子力の平和利用」というデマゴギーにまんまと欺され、太郎は「猛烈なエネルギーの爆発、夢幻の美しさ」と賞賛してしまう。もちろん「歴史への後出し批判」はフェアではない。太郎を弁護するわけではないが、当時の(今でも)知識人を代表する大江健三郎でさえ、万博の1970年に『核時代の想像力』で、原子力の平和利用(つまり原発)に賛同しているのだ。原爆の悲惨が想像を絶するものだっただけに、被爆者も反核インテリも「平和利用」という美辞麗句に縋りつきコロッと欺されてしまった。
世界で唯一の原爆被爆(しかも二発も)国であるにも拘わらず、万博のテーマは「人類の進歩と調和」である。悪い冗談のようだ。なにしろ保守・右派の集団である財界や政治家連中は、「核・原子力の平和利用を推し進めれば、我々の暮らしはもっと豊かになれる」と、被爆国民を欺く大宣伝作戦を展開していた。だから1970年大阪万博会場の電力は、商業用発電第一号の「敦賀原発」から届けられたものだった。「万博に原子力の灯を!」というキャッチフレーズが、まさに「人類の進歩と調和」の具体具現の例としてPRされたのだ。そしてそのシンボルとして「太陽の塔」も利用された。
大阪万博以降、自民党・官僚・電力会社・研究学界で構成される強力な「原子力ムラ」が、「原子力平和利用の素晴らしさ」を、マスコミに巨額の広告費をばらまきながらプロパガンダしていく。国民は宣伝ひとつでどうにでも操作されるから、「電力不足でエネルギーがピンチ、原発は安上がり」とタレントがしたり顔で言えば、リテラシーの無い大衆はそのウソを信じてしまう。
福島原発クラッシュ以降、さすがにナイーブ(無知という意味もある)な国民も目が覚めたようで、現在は八割以上が「原発に懐疑的(脱または減原発)」だ。原発推進維持派の狙いが、原爆の原料となるプルトニウムの確保(中国や北朝鮮に対抗するため、日本も原爆を持ちたい)だということも、少しは知られるようになった。
岡本太郎には「夢があった」(I have a dream!)・・縄文土器や土偶の持つ力強さと笑いに「大地への信頼」と「命の賛歌」と「光の爆発」と「女体の神秘に対する素朴な畏敬」とを読み取った太郎は、ともすれば日本文化の本質を「余白」や「省略」や「侘び寂び」に求めたがる「ステレオタイプ的文化論」を、何としても打倒し解体したかったのだ。太郎が経済学者だったら、万博テーマの「進歩」とは「科学技術の進化・イノベーションによる経済合理性・生産性向上の追求」であり、「調和」とは「公害などの環境破壊によって、資本が社会的責任を問われるリスク回避」に過ぎない、と見抜いただろう。
「太陽の塔」は確かに太陽が金色に輝いているが、それは日本の天皇神話のゴッドマザーである天照大神のそれ(非常に支配的・攻撃的である)とは異なり、どこか地母神的で大らかであり寛容の含みを持っている。とはいえパリでジョルジュ・バタイユの「社会学研究会」に参加していた太郎のことだ、単なる「多神教的アニミズム賛歌」であるわけがない。バタイユは「ヘーゲル的言説(西洋理性の弁証法)の生真面目さを、無神論と笑いの立場から批判し超克しようとしたが、太郎も・・?
グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン・マイクロソフト(GAFAM)の時代にも拘わらず、先進諸国の若者に「あなたの理想とする社会は?」と訊くと、約一割が「原始共産制社会」と答えるという。もちろん実現可能性ゼロであることは、答えた本人が一番よく承知している。それでも、敢えてそう答えたいのだ。岡本太郎ならその気持ちを、誰よりも理解するのではないだろうか?
−−−了−−−
※大阪は万博とカジノ(統合リゾート施設と称して)をセットにして、2025年の開催を誘致しようとしている。万博開催を口実に、世界中のギャンブル狂(中毒)を大阪に呼び寄せようという狙いか?
まさかそのための「太陽の塔」の修復・復元だった? 太郎の怨霊よ出でよ、そして根腐れしてしてしまった日本と世界に向け、「退化と不協和から脱出せよ!」と一喝してくれ。
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