話題を呼んだドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系)では、納得できないと黙っていられない校閲者が描かれた。本誌でも『毎日新聞』校閲記者が、首相官邸の記す言葉に我慢ならず、“謹んで”誤りを指摘します。
「慎んで新年のご祝辞を申し上げます」――年賀状にこんな字があれば、ほとんどの人は「慎んで」が「謹んで」の誤りと気づくのではないだろうか。しかし、首相官邸では、重要な文章に「慎んで」を繰り返していた。
まずは10月27日。〈三笠宮崇仁親王殿下の御訃報に接し、悲しみの念に堪えません〉から始まる「内閣総理大臣謹話」の最後はこうあった。〈ここに、国民と共に慎んで心から哀悼の意を表します〉
「謹んで新年のご祝辞を」の場合と同じように、「謹話」の「つつしんで」の漢字も「謹んで」が適切であることはいうまでもない。「慎んで」だと「控えめに」という意味になってしまう。
安倍晋三首相が「控えめに」哀悼の意を表する意図で「慎んで」の語を使った――などというつもりはない。官邸スタッフの単純ミスだろう。だが同様の間違いはこの件だけではない。
今年8月15日の全国戦没者追悼式の首相の式辞。
〈本日ここに、天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、全国戦没者追悼式を挙行するにあたり、政府を代表し、慎んで式辞を申し述べます〉
昨年の8月15日の追悼式式辞も〈戦禍に遭われ、あるいは戦後、遥かな異郷に命を落とされた御霊の御前に、政府を代表し、慎んで式辞を申し述べます〉。
3度もあると、官邸スタッフの漢字の知識を疑いたくなる。
実は、毎日新聞校閲グループが運営するサイト「毎日ことば」で、11月6日に以上の内容を発表したところ、8日に官邸ホームページでは、この3件の「慎んで」は「謹んで」に修正された。内閣広報室に電話をすると、官邸内外で謹話の「慎んで」の字が適切でないのではという声があり、作成部署で検討した結果、ホームページ上では直したという。「内容が変わるわけではないので」、修正は公にしていないそうだ。しかし、三笠宮さま逝去に関して官邸のフェイスブックでは、12月2日現在「慎んで」のままだ。
さらに、キューバのカストロ前国家評議会議長の死去を受けて安倍首相は11月26日、〈キューバ共和国政府及び同国国民、並びに御遺族の皆様に対し、ご冥福をお祈りします〉とコメントを発表した。「冥福」は「死後の幸福」(広辞苑)。つまりキューバ国民皆の死後? さすがにフェイスブックでは今、「……に対し」が削除されている。
まだまだある。以下、官邸ホームページより。
昨年9月の首相あいさつでは〈安倍普三〉の文字が。「ふぞう」って誰?
2014年1月の首相の施政方針演説中、〈水揚げに湧く漁港〉。漁港が温泉か虫のようにわいてくるわけではない。「沸く」が適切だ。この「水揚げに湧く漁港」という文言は同年の東日本大震災3周年追悼式の式辞でも用いられ、今も修正されていない。漢字の使い分けがよく分かっていないなら、いずれも平仮名にすればよかったのだが。
漢字に詳しい笹原宏之・早稲田大教授によると「首相官邸の使用表記は、現在だけでなく、後世からみても『当時の公的、正式な表記だった』と解釈される可能性がある」という。厳重なチェックがあるべきだ。
その他、まず問題のある部分を挙げたうえで、後でどう直すべきか記そう。
(1)〈食べ物が底を尽き〉
(2)〈この誓いを一早く形にすべく〉
(3)〈臨時国会を招集し〉
(4)〈法の支配を、揺るがせにしなかった日本〉
(5)〈一面を、業火と爆風に浚わせ、廃墟と化しました〉
内容そのものが疑われる恐れも
(1)「尽き」→「突き」。「食べ物が尽きる」ならよいのだが「底をつき」だと「突き」となる。(今年1月の施政方針演説)
(2)「一早く」→「いち早く」。漢字だと「逸早く」。「一早く」は誤りと断る辞書もある。逸は読みにくいうえ当て字とされるので、「いち早く」と仮名書きにした方がよい。ただし笹原教授によると、「一早く」も当て字としては世上に生じていて「比較的新しい解釈と表記の反映」という。(15年9月のあいさつ)
(3)「招集」→「召集」。地方議会や一般の会議などは「招集」でよいが、国会の場合は「召集」。関係者には自明の使い分けだが……。(13年7月の講演)
(4)「揺るがせ」→「ゆるがせ」。物事をいいかげんにするさまを表す漢字は「忽せ」。読みにくいので「ゆるがせ」と仮名にした方がよい。(同)
(5)広島「原爆の日」の平和記念式典で、2年連続で全体的にほぼ同じ文言が使われ「コピペ」と話題になった文章の一部。「業火(ごうか)」は本来、罪人を焼く地獄の炎のこと。「浚(さら)う」は「水底の泥やごみを取り除く」という用法が多い言葉。ともに原爆死没者を追悼する言葉といえまい。「一面を、猛炎と爆風にさらし」などが適切ではないか。(13、14年8月のあいさつ)
『学研現代標準国語辞典』の編者、林史典(ちかふみ)聖徳大教授(筑波大名誉教授)によると、これらは「パソコンによる文書作成で起こりやすいものも含め、いずれも不適正な表記や表現。国民に向けた公式の広報は特に分かりやすく、正しい言葉で行われるべきで、表記や表現があまり乱れると、広報に対する姿勢が問われる。場合によっては内容そのものが疑われる恐れもある」という。
校閲記者としての自戒を込めてだが、「地味にヒドイ」日本語は世に出したくないものだ。
(毎日新聞校閲グループ・岩佐義樹)