日本人観・宮司

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宗旨とは何か
何故日本人は無宗教なのか(第二部)
アインシュタインは予言していた
私は天朝教

「宗旨違い」と言えば日蓮宗と浄土宗との違いのごとくに思われがちだがこれは全く違うのである。私がその言葉を初めて聞いたのは亡父からだった。
父は敗戦後、満州から引き上げてきて、爆撃のなかった京都に一時身を寄せていた。その際泊ったのが安土の総見寺だった。
昭和二十年、庫裏に泊めてもらったその際、夜陰秘かに、当時貴重だった牛肉や米を置いてゆく人々がいて、
これが何日も続き、不思議に思ってある夜、その訳を聞いたところ、
 つまり仏教各派の区別ではなく、「自分らはお寺さん信仰ではなく、信長さまへ御詣りだ」というのが宗旨違いと、どうも言うのらしいと判った。
つまり仏教でなく神道でもないというのである。それでは何かというと「祗」であるという。この話を父から聞いて思い当たることが在った。
これは日本原住民の内で、漁撈農耕の古代海人族の末裔は、大陸勢力の豪いさまに、搾れるだけこき使えと苛められはしたが、食糧係ゆえ奈良王朝時代、藤原王朝時代から、
幕末まで奴隷的境遇であって子作りに励むしかなく、そのために今も日本人の大半を占める人口となっている。
だから、彼らの力を利用して新体制を作った明治政府は、神祇官を太政官の上に設けてその労に報いた。しかし、明治政府は日本各地の反政府の乱が多発し、その鎮圧に、戦費がかかり、
財政難だったから、仏教勢力につけこまれ、政治献金をうけ、せっかく廃仏毀釈令まで出したのに明治4年8月8日には省に格下げされ、
2年後の明治6年3月14日にはその神祇省も教部省の中の一部門にとさらに格下げされてしまった。
そして、明治政府は従来の悪霊払いの封じこめにすぎなかった神社を施政目的で変えて、参拝する尊いものに換えた。
しかし祇の方は認めず、やむなく各地で七福神の弁天、毘沙門とか荒神、水天宮、金比羅、おいなりといった雑多な名称で、民問信仰として置いてけぼりの有様で放っておかれたにすぎない。
 それに天台宗は七福神法といったものを戦国時代から始め、高野山は日本原住民を卑地吏(高野聖と美名にしている)の名で布教と上納金集めに使い、本願寺は宗派としては出遅れたゆえ、
説教僧や仏壇仏具売りに原住系の者を使った。
そして、仏教側は、談合して、みな限られた檀家の奪い合いをするよりはと、未開拓の非仏教徒をと原住系の改宗を競争したのである。
だから、次々と原住系は押えられ人口の8割までを占める庶民は、何を信心してよいか訳がわからなくなったのである。
仏教には、殺生戒があるのに、寺内の苔を荒すからと、平気で観光で儲けるため、猪の母子を殺す金閣寺などは入場料をとる名所となっている。
だから日本人の信仰は、入学試験の合格祈願、交通安全の御守り、正月の神社参りは生きている現実専用で、死ねばお寺さんと分業され、世界でも稀有な宗教観なのである。
キリスト教徒でもないのに、毎年クリスマスだ、ハロウィンだとバカ騒ぎする国民である。
だから、戦争の時にしかファナティズムの持てぬ、極めて特異な体質の国民になってしまったのである。
日本の宗教
「日本人の宗教は拝金宗である」とまでいわれ、エコノミックアニマルとされるのも、
神や仏に縋っても日本のそれは「さわらぬ神に祟りなし」か「坊主丸儲け」と言われるぐらいの軽い存在なのである。
 つまり絶対的な存在に向き合える信仰が、もちたくてももてず、唯もう頼れるのは金だけとなってしまってはユダヤである。
だが、彼らのユダヤ教でも数千年の歴史をもっている。なのに庶民の大半をしめる者の信仰が明治からは訳がわからなくなり、ゾロアスターと予言者の名をとり、
ミステリー小説のタネにされてしまい、軽くよばれては浮かぶ瀬もない。信心したくともどうしようもない話。
 「日本列島は黒潮と寒流が交互に突き当ってくるが通り抜けてゆくだけで戻りはしないのである。
遠くは中近東、インド、タイ、ベトナム、インドネシアと、各方面から人間が入ってきているが、みな有色人種ゆえ一見しては判別できぬが、
紛れもなく日本人は複合民族なのである。
「大和民族単一」説は間違いだという事を、はっきりさせ、日本人たるものは、いずれかの王朝の民であることには間違いないのだから、
アメリカのごとく一つのステーツを吾々は作り担っているのだと、国民に自覚させる事が急務である。〈記紀〉の蒸し返しをするみたいに、
稲荷山の鉄剣や太安万侶の碑文を発掘発見発表するよりも、若い世代に愛国心をもたせて日本を防衛する党悟をさせるには、アメリカナイズするみたいだが、あらゆる
ところに出来れば旧海軍旗の旭日旗のようなものをたてて、各自に天皇教という信仰心をもたせるしかない。
皇室反対派の人間も多い昨今だが、昭和天皇陛下や、今上陛下、その御后美智子様のお姿と、心から国民に寄り添い、幸せを願うご様子を拝察するとき、
よもや反対の声は出はしないだろう。
こう書くと、頭の固い人からは反発も出るだろうが、世界中どの国でも一民族一宗教と決まっている。
会派は分かれても、キリスト教は、ヨーロッパ、ロシア、南北アメリカ。仏教は中国、東南アジア、日本。
ヒンドゥー教はインド。イスラム教はアフリカ、中近東、アラブ諸国。前記したように神と仏が共存し、生前と死後を分業している国は世界中何処にもない。
仏教は唐の占領軍(中国唐)が持ち込んで、日本原住民に強制的に布教した外来宗教である。
それまでの日本原住民には、八百万(やおよろず)と云われるほどの多くの神が在った。太陽を崇める太陽教、水を崇める拝水教、火を崇める拝火教、峻厳な山を崇める白山信仰など々。
今や戦前より少ないとはいえ、キリスト教も多い。新興宗教ときた日には、創価学会始めPL教団、幸福実現党、霊友会と数え上げればきりがないほどてんこ盛り。
何しろ、教祖と教義が在れば、手軽に誰でも立ち上げることができ、手厚い税制で保護されているシロモノ。「イワシの頭も信心から」とはよく言ったものである。
そしてどの宗教でも「金(かね)」の掛からないものはない。
だから私は浮世の義理で、寺との付き合いはしている。墓参りも神社の初詣もする。勿論、家人も含め祖父母、父母の霊を敬う気持ちは人後に落ちない。
だが先祖代々の墓は舎弟に譲り、死後は散骨を遺言している。墓などはいらない。宗教は心の糧と思っているので私の宗教は「天朝教」なのである。

前項では以下のように書いた。
(元禄時代に、強制的に神社は仏寺の下へ入れられてしまい、明治になると(正確には慶応四年三月)また分離して、神と仏は別個にされ、それまで拝んでいた仏像が薪にされてしまう有様では、
信仰心も薄れてしまうのが当然である。そこで今は、
 「生れるまでの安産、そして七五三。ついでに交通安全、家内安全」までが神さまの係。
 「死んで火葬になってからのアフターサービス。つまり一周忌、何年忌」がお寺さん。
このように神仏は分業になっていて、この他アルバイトにラブホテル、幼稚園や貸しガレージもしている。これでは「宗教は」ときかれても、首をふる日本人が多いのは仕方がない。
しかし私は「神道」や「仏教」の信仰は薄れても、「天朝教」といったものは有ると信ずる。
 即ち天皇陛下を崇め、皇室を愛しんで、国民が一致団結して日本国を守るという強烈な意志である)

アインシュタインの有名な言葉が在る。
 世界の未来は進むだけ進みその間、幾度か争いは繰り返されて、最期の戦いに疲れる時が来る。その時、人類は誠の平和を求めて、世界的な盟主をあげねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた、最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
 吾々は神に感謝する。吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを。

 「尊い家柄」といえば万世一系と続いている天皇家である。


転載元転載元: 古代史から現代まで網羅して日本史を抉剔する。





吉野朝の悲歌(南朝哀歌) 
                       
後醍醐天皇(第96代) 御製17首    
(吉水院にて詠める歌)
 
 
〇花にねて よしや吉野の 吉水の枕の下(もと)に 石(いわ)はしる音
 
  
〇ここにても 雲居の櫻咲きにけり ただかりそめの 宿と思ふに     
 
イメージ 2
 
臥しわびぬ 霜さむき夜の床は荒れて 袖にはげしき 山おろしの風  
都だに さびしかりしを 雲晴れぬ 吉野の奥の さみだれの頃      
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露の身を 草の枕に置きながら 風にはよもと 頼むはかなさ      
          
     
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うかりける 身をあき風にさそはれて おもはぬ山の 紅葉をぞ見る              
さして行く 笠置の山を出でしより 天(あめ)が下には 隠れ家もなし
            
まだ 馴れぬ 板屋の軒の むら時雨 音を聞くにも ぬるる 袖かな
             
いのちあれば こやの軒端の月も見つ 又いかならむ ゆくすえの空
            
あはれとは 汝も見るらむ 我が民を 思ふ心は 今もかはらず
            
聞きおきし 久米のさら山 越え行かむ 道とはかねて 思ひやはせし
 
 
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終戦後日本に来たアメリカ(GHQ)は日本人の優秀さに驚き、
これを封印することを目標にし学校やメディアを使って
「お前たちはわれわれよりも劣る民族であると」と
日本人に洗脳していました
 
世界支配層にとっての最大の脅威とは
日本人が優秀だったことなのですよ
 
 
 
 
 
日本ほど素晴らしい国は世界中のどこにもないだろう
 
外国人が「スゴイ!」と感動する、日本人の素晴らしさ

転載元転載元: ことたま社長のバラ色の空

wakabenさんより:
是枝監督のインタビュー
 
 
是枝裕和氏インタビュー「二分法の世界観」(朝日新聞)を読む
 
 『誰も知らない』(2004年)、『そして父になる』(2013年)などで知られる是枝裕和(これえだ・ひろかず)氏は、著名な劇映画の監督という枠には収まりきらない多彩な活躍をされています。
 もともと、テレビマンユニオンに入社してTV番組のアシスタントディレクターから出発したということもあり、TVドキュメンタリー、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオ、さらに最近ではテレビドラマの演出を手がける他、若手監督の作品のプロデューサーなども務めておられます。
 
 その是枝監督の最近の発言で私が注目したのは、日本テレビが半世紀ぶりに大島渚監督のTVドキュメンタリー『忘れられた皇軍』(1963年)を再放送するにあたって制作した「反骨のドキュメンタリスト 大島渚 『忘れられた皇軍』という衝撃」(2014年1月13日放映)という番組の中で、是枝監督が実作者の立場から同作品をどう受け止めたかを語った場面でした。
 
 是枝監督のコメントの一部を文字起こししてメルマガ(ブログ)に掲載しましたので、その部分を再引用します(『忘れられた皇軍』(大島渚監督)とTVドキュメンタリーの未来)。
 
(引用開始) 
ナレーション 大島監督同様、テレビドキュメンタリーと映画、2つのフィールドで活躍す是枝裕和氏。『忘れられた皇軍』を見て衝撃を受けた1人だ。
是枝 大島さんが、生涯批判し続けたのは「被害者意識」ってものだったね、多分。「あの戦争は嫌だったね」っていう、「辛かったね」っていうさ、自分たちが何に荷担したのかっていうことに目をつぶって、被害意識だけを語るようになった日本人に対して、「君たちは加害者なのだ」ということを、あの番組で突きつけてるわけですよね。その強さに見入った人間たちは打ち震えたわけじゃないですか。
ナレーション 既成の概念や価値観に対峙し、それに挑み続けた大島渚。是枝監督は、その志をこそ、今のテレビに求めたいと言う。
日本軍は戦った。カラー映像
 
お上はぬくぬくと生きて、従順な国民は犬死していった。
また、平気でこれを繰り返そうとしている。
これからの日本人の子や孫が可哀想ではないか!
 

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