時々パリ・憂き世

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

https://blog.goo.ne.jp/veritas21/e/80fbdbdb5d1c50460a59c969c5aa8ff5?fm=entry_awc

コートダ・ジュールの山里を訪れよう。



     
     『オー・ド・カーニュ村』



19世紀後半から20世紀初頭にかけて、それまでの「アカデミスム」一辺倒であった芸術の世界で、日常の中の光景を描くが形が現れた。

何らかの「哲学的テーマ」が必要で、人間の尊厳やら、人間の存在の崇高な価値やらを、古代のローマの名高い逸話に絡めて表現し、「この様な事を感じ取らなければならない」と大上段に構えて押し付けていた「画壇」のやり方に戸惑いを覚え、生活苦から都会を離れて郊外に住む様になり「自然」と「庶民の生活」の中に身を置いて製作を始めるに及んで産まれて来た『リアリスム(自然主義)』である。

それまで、一般市民に至るまで誰も「好奇心」を持たなかった、「小作人の日常」などを取り上げる様になった。

更にそこから、何らかの「主題」の背景に過ぎなかった「風景」自体を描き始めて、『風景画』と言うジャンルが確立して行く。

さらにその中から、屋外での製作が始まり、時間の経過で太陽の角度と光の強さが変わって行くに連れて、描いていた対象の色彩が変化する事に気がつく画家達が現れる。

それが『印象派』と呼ばれる一群の表現者達である。


明るいか暗いか、であって色彩には無関係だと思っていた「光」が、今の瞬間に与えている効果が、今目に移る「色彩」である、と言う事に気がついた。

印象主義者達に取っては、それまでの様に「何を描いてあるか」ではなく、描く事は「今の光が与える効果を表す対象」である、という感覚上のコペルニクス的大転換であった。


ヨーロッパの中でも、特に中央集権の強いフランスは、政治経済のみならず、学問も分化も芸術も、総てパリ及び周辺で生まれ動く。

そのパリに集まって修行した画学生達が、物価高で生活苦が酷くなり、パリを出て周辺に移りながら「田舎」の生活にふれ、そこから「日常生活」を題材にする製作に傾向が変わり始めて、上記したリアリスムが誕生して行った。

理解され無いから精神的に苦しみ、売れないから物質的に苦しみ、しかし彼等の活動が芸術を「学問」の高みから「日常」の位置へと下ろして行って、現代絵画を生んで行ったのだ。


そういう彼等も、齢を重ねるにつれて理解され認知されて、多少は安定して行くなかで、体力や視力の低下に悩んだ者達も多かった。

白内障に苦しみ、パリ首都圏の「光の乏しさ」から、より明るい光溢れる土地を目指し、首都圏の物価の高さから逃げ出す事と相まって、人生を終盤を『コート・ダジュール』で終わった画家が、何人も居る。


印象派から発展し、後期印象派、点描派、野獣派など、20世紀絵画に移行すると、増々「色彩」の多様性が表現に大きな位置を占める様になって行く。

そして、正しく『コート・ダジュール』こそが「光」と「色彩」との楽園であったのです。

プロヴァンスの村々は、四季の花々に被われて、底抜けに青い空と紺碧の海が有った。

     
     『カーニュ・シュー・メール』村の一隅



ピエール・オーギュスト・ルノワールも、そんな一人だった。


ニースから西へほんの数キロで『カーニュ』とう小さな町がある。

海岸から背後の起伏にかけて広がる町で、海沿いの低地の部分を『Cagne-sur-Mer(カーニュ・シュー・メール)』と呼ぶ。

海岸のカーニュ。

高みを『Haut-de-Cagne(オー・ド・カーニュ)』と呼ぶ。

上(かみ)カーニュとでも言いましょうか。



その、海辺のカーニュにの背後の斜面に『ルノワール』が晩年住み着いた。


ちなみに、彼はリモージュ生まれながら、気っ風は「パリジャン」であります。

印象派の、光の変化だの色彩だのという表現では、自分の描きたい人間の、特に女性の肉体の美しさは表せない事に気がつき、印象主義から離れて独自の画風を切り開いて行った。

最後の言葉。

『オレは、世の中の女達の<ケツ>が無かったら、画家なんぞになろうなんて思やぁしなかったぜ』



その都会人のルノワールも視力の低下には勝てず、妻の実家の村での自転車からの転倒が、ルノワールに体力の低下を招き、さらにリュウマチの辛さにも勝てず、光と温暖な気候を求めて地中海岸に、最後の土地を求めた。


最後の妻『アリーン』と、新たに授かった三人の息子達「ピエール」「ジャン」「クロード」と共に、1903年『カーニュ』に落ち着くこととなる。

そして4年後、1907年6月に町の後背地の丘に立つ『コレット』と名付けられていた一軒家を購入した。



     
     『コレット邸
イメージ 1


週間kmrb発刊

週間kmrbを発刊します。写真と同様にルーズリーフの用紙に心をこめて印刷してお届けします。集めたら結構な教科書になるかも!

●週間kmrb申し込み先
〒970-8045 福島県いわき市郷ヶ丘二丁目105-1 桃井勝史
携帯(スマホ)080-6007-1051
*尚、我が家は入院者を出しておりばたついておるゆえに、自宅への電話はご遠慮くらはい。

●500円切手を送ってください。週間kmrbをお届けします。僕のサインも!いらない?あっ、そっ…🙎

●kmrbを応援したいかたは、あと500円ぶんのギフト券とかセブンのなんとか券とか、図書券でもありがたいので支援してください。現金は、取り扱うと手がふるえてくるのでごじゃいます。

●どうぞよろしくお願いいたします。

kmrb, Katsufumimomonoi


*日本Mossad CIA…まさか、今までもそうだけどさ、僕への電話とか郵便物を排除してはいないよね?…まさかね?…心当たりはかなりあんだけどさ…
まさかね?…

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


.
わいわいがやがや
わいわいがやがや
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(3)
  • 短足おじさん
  • きょうたん
  • 環境歴史観光防災カメラマン
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

LINKS

シナリオ

映画監督

役者

小説

映画・シナリオ

動画・音楽

時事・政治

お役所仕事

海外

地方

標準グループ

パソコン

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事