
- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
原発
[ リスト | 詳細 ]
|
福島の声をもっともっといろんな人たちに聞いて欲しいし知って欲しい(下)
佐々木道範 二本松というところに僕は住んでいますが、原発から50キロぐらい離れています。そこに浪江町というところの人たちが二千と何百人か避難されてきています。二本松市には浪江町の役場もあります。
二本松の人はあまりよく言わないのです。避難してきた人のことを。「だってあいつらお金をもらってるんだべ。日中パチンコやって、夜は酒を飲んで」というような偏見がありました。実は僕もそう思っていた。だってパチンコ屋にいったらいっぱい車があるから。補償金もらって、いい暮らしをしているんだなって。
でも僕の後輩がエアコンの工事で、浪江の人のアパートに行ったときに、エアコンの工事だから家の中に入っていきます。そうしたら昼間っからお父さんが飲んだくれている。寝たきりのおばあちゃんがいて中学生ぐらいの娘さんがおばあちゃんの世話をしていて。それで2階にいったら、高校生ぐらいの女の子が、夏ですよ、こたつに入ったまま、ずっとテレビを観ている。
「エアコンの工事をさせてください。失礼します」と言っても何の反応もなくて。ずっと、エアコンの工事が終わるまでテレビを観ている女の子がいて。それで工事が終わって帰ろうとしたら、お母さんの遺影があって。津波で亡くなったのですよね、お母さんは。
その工事をやった後輩が「浪江の人たちは金もらっていい暮らしをしてるって思ってたけれど、ぜんぜん、幸せそうに見えなかった」と言いました。
お金じゃないんですよね。僕たちが放射能によって奪われたものは。なんていうのかな。福島の人たちの生きざまだったり、誇りだったり。大切なものをね、この放射能によって奪われてしまったのです。僕はどうにか取り戻したいと思うけど。 南相馬市に原町別院(注 真宗の寺院)があります。そこの門徒さんが7人自殺されました。70、80のお年寄り、おじいちゃんたちです。南相馬市は子どもが6割ぐらい避難しています。お母さんたちも一緒です。おじいちゃん、おばあちゃんたちは元気がない。作付もできない。
福島は自然が豊かなところでね、本当に自然とともに生きていた人たちがたくさんいたのですけれどね。そういう生き方を放射能が奪ってしまって。おじいちゃんたち、おばあちゃんたちが自殺しているという事実もなかなかニュースにならないしね。
農薬を飲んじゃうんだって。発作的にね。昨日、お茶を飲みに寺に来ていたのに、次の日に農薬を飲んで死んでたってね。
南相馬の別院で頑張っているご夫婦がいるんですよ。もう2年半ですよ。なんていうのかな。背負っているというか。苦しみや悲しみを聞き続けているのですよね。そのおじいちゃん、おばあちゃんたちがつぶれないかなって、おれ、心配でね。月に何回かコーヒーを飲みにいくんですけど。
そういう人たちと、僕は出会い続けたいなと思います。僕は、胸が痛いけど、でもこの胸の痛みが、本当に生きるということなのかなと最近は思ったり。無関心に、自分の都合の悪いことを知らずに生きていくことよりも、悲しみや苦しみと出会って、胸が痛くなりながら生きている方が、僕は本当に生きているような気がします。
二日前に岩手の真宗会館でお話しさせてもらいました。そこに旗がかかっていて、「いのち皆、生きらるべし」って書いてありました。「これをスローガンにやってきたんだ」と真宗会館の館長さんが言っていましたが、いい言葉だなと思いました。キリスト教のリルケという方の詩の言葉だそうですけれども。
でも「大経(注−大無量寿経)の『皆当往生−今まさに往生すべし』という言葉じゃないかな」とその館長さんがおっしゃっていて。福島のみんなにも伝えないなと思って、旗を一つもらってきました。 浄土真宗って、成仏ということよりも往生を大事にする教えだと思うのです。本当に生きるという。僕ら一人一人がね、本当に生きるってどういうことなのかなって、考えなくてはいけないのではないかなと思うし、震災があって、僕の価値観や、僕を根底からひっくり返したなあ、ひっくり返されたなと思います。
一番、震災で感じたのは、さっきもいったけど、国が人間を見捨てるのだなということと、だから僕が自分で感じて、考えて、自分で行動する、歩みだす、それが大切なことなのだなあって、この震災で教えてもらいました。
本来は、当たり前のことだと思うのです。人として人間として、生きていく上で、自分で考えて歩みだしていくということはね。でもそういう生き方を僕はしてこなかった。やはりいろいろなものに流されて、無関心に生きてきたのですよね。
で もだからこそ、人間が人間と出会っていける、1人が1人と出会っていける場を作っていきたいと思うし、出会いを大切にしていきたいと思います。
震災後、NPOで活動していますが、何が正しいか自分でもよく分からないんです。子どもたちを守るためにということで、子どもたちの口に入るものの放射線の測定とか、子どもたちの内部被曝の検査とか、あとは除染、暇さえあれば除染をしています。子どもたちを保養につれていったりとか。考えられることはみんなやろうと思ってやっていますが、それが正しいのか間違っているのか、ぜんぜん分からない。
僕が除染することで、福島から避難する人が減るんだと。「だからお前は子どもたちを殺しているんだ」ということをね、何度も言われました。なんとなく言っていることは分からないでもないですが、でもそこに生きている人たちがいるんです。そこに生きている人たちがいる以上、僕は一生、除染するんだろうな。
僕もみんな避難して、福島がきれいになってから戻ってきたらいいと思うけれど、なかなかそうはならなくて、もちろんそこに生きている人たちがいます。その人たちに僕は何ができるのか。子どもたちに少しでも被曝して欲しくない。僕もしたくないですよね。被曝なんか。
被曝していい人間なんていないですよね。でも僕が被曝しなかったら、誰かが被曝するし。よくは分からないけれど、僕ができることは僕がやろうと思うし。
今の原発もそうです。6割から7割の作業員は福島の人たちです。僕の知り合いも、未だに原発に行っています。朝、「地球を守ってくっから」つって。たまらないですよね、それは。
なんで被災した福島の人たちが、被曝し続けて、原発を止めようとしているのか。でもその人たちがいなかったら大変なことになってしまうし。そこもみんなに知ってほしい。福島の人たちが、今も被曝し続けているお蔭で、原発が何とか保っているということをね。事実をきちんと知って欲しいと痛切に感じています。
最後に、原発事故で分かったことがあります。それは間に合わないんだということです。僕も暇さえあれば除染をしているけれど、僕が死んだって放射能なんかなくならない。僕がどんだけ除染しても、福島は広いんですよね。中途半端で死んでいくんだって、それだけは分かっています。
でも少しでも福島をきれいにして、次の世代にバトンタッチしたいのですよね。僕が生きてる間に福島がきれいになるはずなんかないことも分かっています。でも、僕はやり続けます。それしか考えつかないんですよね。どういうふうにして生きたらいいか、僕にも分からない。でも少しでもきれいにして次の世代に福島を残して生ききりたいなあって思ってます。
さっき長田さんが「悲願」っていったけど、僕が間に合わないって思い知らされたところに本願があったんですよね。「がんばれ」って、「歩め」って、「行け」って、阿弥陀さんが迎えにくるから、中途半端で死んでもいんだ。「倒れたところに迎えに来っからいけ」って。「歩め」って。「頑張れ」って。言ってくれている。願いがね。ありました。
だから本当に悲願だなって思います。悲しみのそこのところに願いがあったのですよね。本当にありがたいですね。
僕は終わりなき歩みを、出会った人たちと生きたいと思います。本当はこんなことをしたくはないんだけどね、家族と楽しく生きたいんだけど。今の福島には、なかなか、やらなくてはいけないことがあって。
でも子どもたちはね、きっと命を大切に、生き生きと、生きてくれると思うのですよね。なんでお父ちゃんが除染しているのかって、今は分からなくても、なんでお母さんが毎週、県外に遊びに連れていくのか。夏休みになったら遠くに連れていくのか。子どもたちも大人になったら感じると思います。
だから福島の子どもたちは、命を大切に、生き生きと、生きてくれるだろうなと思っています。
最後に、やはり僕たち大人が歩み出さないといけないと思います。未来への責任を、きちんと大人たちが背負って歩み出すことが大切だと思います。
未来への責任を背負わないで、今を生きたら、また人間は(過ちを)繰り返すと思います。原発が無くなったとしても、原発ではない原発のような何かを作り出していくのではないかなと思います。 日本に原発が54基もできたのは、きちんと未来への責任を、大人たちが背負わなかったからだと思います。だから僕たちにできるのは、未来への責任を背負って、今、歩み出すことなのだと思います。
たくさん歩み出している人たちがいます。あきらめて立ち止まっている人たちもいるけれど、少しずつですが、歩みだすことで、福島の人たちが元気になったらいいなと思うし、この放射能の問題は時間がかかると思うので、どうか福島のことを忘れないで、事実を知ってください。どうもありがとうござました。
|
|
ドイツIPPNW医師が警告「首都圏は放射能汚染している」
公開日: 2012/11/30
2012年11月29日IPPNW シュトゥットガルト医師ヨルク・シュミット博士の講 演より抜粋
講演中使われている地図のソースは以下の通り: "Cesium-137 deposition and contamination of Japanese soils due to the Fukushima nuclear accident" im Fachmagazin „Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States f America" (S. 19532) http://www.pnas.org/content/108/49/19... "Xenon-133 and caesium-137 releases into the atmosphere from the Fukushima Dai-ichi nuclear power plant: determination of the source term, atmospheric dispersion, and deposition" im Fachmagazin "Atmospheric Chemistry and Physics" (S. 2339) http://www.atmos-chem-phys.net/12/231... また避難の必要な四県は福島、宮城、栃木、茨城で、 5.000Bq/kgの土壌汚染が報告されていることによる: http://www.fukushima-disaster.de/file... コメント
■放射線量に現れないプルトニウムが大量飛散している危険性も■
東電のテレビ会議の録画に、3号機でどんな爆発が起きたかについ て、発表用に話を捏造したところが、記録されています。
news.digi2.jp (中性子が出ている発言も)。
発表された「起きたのは水素爆発だけです」が作り話だと示す証拠 が、そこにあります。
これは、
発表された「使用済燃料集合体は全部プールに残っています。使用 済燃料集合体は爆発していません。プルトニウムは飛散していませ ん。」
も作り話という意味になります。
世界中の皆様、どうか東電に
3号機のプールに使用済燃料が、全部残ってるとわかるような見せ 方で見せるよう、要求してください。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
講演
NRC=アメリカ原子力規制委員会
前委員長 グレゴリー・ヤツコ氏
― アメリカから見た原発事故 ―
NHKニュース
汚染水問題で政府の対応を批判
9月23日 21時6分
おととし、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きたとき、NRC=アメリカ原子力規制委員会の委員長を務めていたグレゴリー・ヤツコ氏が23日、東京都内で講演し、福島第一原発の汚染水の問題について「なぜもっと早く政府が関与しなかったのか不思議でならない」と述べ、日本政府のこれまでの対応を批判しました。
グレゴリー・ヤツコ氏は、アメリカ原子力規制委員会の委員長を去年7月まで3年余り務めた物理学者で、福島第一原発の事故のあと、その対応を巡る日米両国間の協力や、アメリカの原発の安全対策の見直しを進めてきました。
「なぜもっと早く政府が関与しなかったのか」
23日、東京・千代田区の会場で「アメリカから見た原発事故」と題して講演したヤツコ氏は、福島第一原発でタンクから汚染水が漏れ出した問題について「東京電力に対応能力がないという懸念を国際的にますます高めた。規模や関心の大きさから、なぜもっと早く政府が関与しなかったのか不思議でならない。日本国内では、ほかの原発の再稼働にばかり関心が集まり、福島第一原発の汚染水の対応が忘れられていたようだが、国際的には、まだまだ対応を続けなければならないという意識があり、アメリカを含め、それがさらに深まった」と述べ、日本政府のこれまでの対応を批判しました。
そのうえで「課題は今も続いていて、あしたとか来月などという期間では無くならない。何年、何十年、あるいは、福島第一原発が完全に廃炉になるまで続く。漁業者だけでなく、住民や経済に与えている影響は大変、甚大で、日本の原子力への国際的な信頼が揺らいでいる」と述べ、汚染水の問題は重大だという認識を示しました。 「原発事故は起こるもの」
ヤツコ氏は日本がこれから原発とどう向き合っていけばよいかについて「原子力の関係者の間では『原発は安全で事故は起こらない』という考え方もあったが、『原発事故は起こるものだ』という基本的な事実を認めないとオープンな議論はできない。事故は防げないという前提で、重大で過酷な事態にならないようにするには、どうすればいいかを考えるべきだ」と述べ、これまでの発想を変えるべきだと指摘しました。
そのうえで「住民を誰1人避難させてはいけないし、周辺や海を汚染してはいけないという今回の事故の教訓を踏まえた新しい安全基準を打ち出すべきだ。また、福島第一原発の汚染水の管理や核燃料の運び出し、それに、建屋や地域の除染、住民の帰還などについて、市民が政府に説明を求めたり、対話や議論をしたりするなどの行動が必要だ」と述べ、一般市民の積極的な関与も求めました。 「100年後には“脱原発”も」
講演会の会場には100人近くが集まり、質問や意見が述べられました。
それに答えるなかで、ヤツコ氏は「核分裂のエネルギーで発電する原発は、費用が高いし、壊滅的な事故のリスクを負っているので、100年後には原発が無くなってほしいという思いは共有したい。しかし、そこにどうやって到達するかが難しい。日本は島国でエネルギー源が少ないが、人的資源と技術や知識などを活用して、よりよい発電方法を開発し、世界をリードしてほしい」と述べ、深刻な原発事故を経験した日本による次世代のエネルギーの開発に期待も示しました。 w
|





