愚者の楽園

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幻の母

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サヨナラの時 2ノ1

 俺自身今でもこの世に存在した事を良かったとは思っていない。

 その存在の意味を問うて死に損なった遠い日、
 あれは俺がまだ16の終りの頃、夢の果ての弘子との最後の再会の後、
 全て終わった。
 そう確信して俺はこの世を去る決意をしていた。
 それは俺の心の中に存在する神との約束でもあったから、神との約束は破れないのだ。
 俺はずっと幻を見て生きていた。

 あまりの貧困と父と継母の日々諍いの中唯ひたすら小説の中にのめり込んでいた。
 本の中の世界はまるで俺の理想の世界、どんなに苦悩しても最後には素敵な人生の道が・・そう思えた。
 中学では教師の云う事など聞く気もしなかった。
 何度も何度も同じ事を繰り返す教師達にはうんざりだった。
 そんなもん一回読めばわかるわ。
 乱読に次ぐ乱読の俺には本を2度も世も事は面倒くさいだけ、机の上に教科書を立てて、ノートに雑誌の挿絵をえがいているか、
 果ては空間を眺めて物語の世界を連想しているだけ。
 それでも成績は良かった。
 何の努力もしなかったが理科と英語を除けばトップクラスの成績だった。
 もっとも理科と英語は散々で20点もあれば良い方だった。
 好きでもない教科は初めから無視していたから、当たり前で教科書見る気も無かった。

 それでも1年の時はそれなりに通ったが、2年になると学校に行くのさえ面倒になった。
 そして夏休みが終わっても二月は学校に行かなかった。
 家で毎日サイコロを振って野球ゲームをしていた。
 全球団のメンバーを書き、其処に打率を載せる。
 そんな様を見ていた継母が「この子も父親と同じ怠け者」と云った。

 確かに気がつけば俺も軽蔑していた鈍らの父親と同じ道を辿っていたのだ。
 その事に気が付きやっと学校に通いだしたのはもう夏休みから二月以上過ぎていた。
そしてやっと登校したと思った瞬間「こんなものも分からんのか!」担任の片桐に
 そう激しく叱責された。
 おれが休む前は確か鶴亀算だったが、目の間には連立方程式が広がっていた。
 幾ら数学は得意と言ってもこれは分からない。
 其処で中一の時仲の良かったガリ勉の勉こと小松勉の家により相談したら、
 数学の虎の巻を渡してくれた。
 まあ、答えがあるから式は簡単に解ける。
 お陰で教師にも文句を言われなくなった。

 その教師片桐は世にいう赤、革新的な言語で俺の心を少し魅了、お陰で少しは授業にも熱心になり、予習、復習はしないが授業だけはまともに聞くようになった。
 その片桐の誘いで何人かの同級生と会のようなものを集う事になり、その中に俺のあこがれの坂口清子もあった。
 背が高く髪が長く瓜実顔の清子は学年のヒロインのようでもあったのだ。
 彼女は学芸際の折には必ずヒロイン役をしていた。それはそこの担当の片桐の所為かも知れなかったが、兎に角彼女は俺の本の中の少女とダブっていた。
 そんな清子とたまにで会話するとき「これが俺の人生の幕開けなのだ」そう確信していた。

 つまり自分は何時か小説の中の主人公と同じ運命をたどる・・そうでなければ可笑しい、
 こんな悲惨な環境に生まれたのもその所為なのだ。本当の兄弟姉妹合わせて5人、なのに4カ所に散らばりその中でも自分は一番厳しい環境の中に生きて行くのだから・・。
 少年の心には常に現実をぼかしやがての幻を空想していた。
 然しその幻の坂田共別れが遣ってきた、
 3年になると片桐が「3年になったらもっと会員を増やしたいから皆を別々のクラスにするから・・」
 そう言った。 そしてその通り俺と清子は1組と6組とまるで遠く離れた組替えとなってしまったのだ。
 それは貧しい子供には絶望と映った。
 最早以前のように清子とは会話出来ないと思った。
 本ばかり読んで背も伸びず顔はまるで醜く晴れている、おまけに目には光が無い、そんな己が学年のヒロイン清子に相応しい筈も無い。
 だったら会からも去ろう・・そして俺は清子と2度と会う事も無く去って行った。

サヨナラの時・・1

 人と人の別れ、それは辛く寂しいものだ。

 我が人生を振り返れば沢山の別れを経験してきた。

 先ず母との別れ、あれは僕がまだ七つになるかならない頃だった。

 それまで平凡に暮らしていた香川の母の実家から突然岡山の銅山の町

 柵原に行くことになった時、小学1年になった頃だった。

 母に連れられついた所は母の実家より小さな村だった。

 前は大きな川が青い水を一杯に隆々と流れていた。

 家の後ろは段々畑のような小高い丘で其処に村の多くの人達の住まいが点々としてあった。

 その村に着く直前の岡山の和気と言う駅で「これからは新しいお母さんに可愛がられるように兄弟仲良くするのよ」そう母云った。

 物事の道理も分からない年ごろだったが「うん」僕はそう言った。

 それが僕と母との別れ、以来何十年と僕は母とは会わなかった。

 会う機会が一度あった。

 それは僕が19の頃だった。突然ある人から「今度お前のお母さんが大阪に行くので会いたい、そう言っているのだが・・」

 そう伝わってきた。

 けれど僕は会わなかった。僕の心の奥の中からは父も母も消していた。

 それは母が決して悪いわけでは無かったが、なまくらで遊び人の父を消すためには母も消す必要だったのかもしれない、

 7つや8つの子供の心にも父の出来た子供を上から順番に人に遣る行為やそれを許してきた母を許す気にはなれなかったようだった。

 無論それは新しい生活環境も原因したいたのだった。
 新しい母には連れ子と新しい弟が存在していた。

 生活は日情に厳しかった。父はなまくらな性格で働く意欲はあまりなく、たまに働いてもその金を自分の物に使うか、
 女に入れあげる。

 子供心にもそんな父の姿は尊敬に値しないものとしては十分だった。

 だからその反動で継母は僕にはつらく当たった。
 大阪で魚やに勤めていたというだけの事はあって、言葉は非常にきつかった。
「こんな子の何処か良いのや!良い子と云うから引き取ったのに・・」

 継母は何かあるたびにそう言って僕を冷たく見た。
 そんなある夜だった。いつものようにほんの些細なことで父が連れ子の孝司を厳しく叱った。
 その時だった。継母が突然立ち上がり、
「あんたはお兄ちゃんなんだから、弟が叱られていたら変わりに謝る位したらどうやの!」
 大きな声で怒鳴り僕を睨みつけた。
 そしてやわら裏の勝手口に駆け込み、
「あんたなんか死ねば良いのや!」と庖丁を今にも振りかざしそうな凄い剣幕で僕を睨みつけた。

僕はその時「僕が悪いのです、僕が・・」と訳も分からなかったが夢中で謝っていた。その眼には何時しか涙があふれて止まらなかった。
 それから後僕の心から母も父も継母も消えて無くなった。
 だけど村の人達のほんの僅かな優しさに触れた時、

 一瞬にして体全体がジーンとしびれまるで力の全てが無くなったようなそれでいて全身がむず痒い何とも言えない感覚に襲われた。
 それは雲の上にいるようなフアーとした感触が何時もあった。

 そして何時しか母の面影は完全なるものとししか浮かんでこなかった。
 優しくって、美しくって、完璧、そうでなければ僕の母ではない、そう幻を描いて僕は大きくなった。

 だから母の突然の再会も僕には怖くて会えなかった。
 母が僕の理想を壊す怖さがあったのだ。
 だがその時弟が母と会うといった。
「僕らの苦労がどんなものだったか、それを云いたい」と、

 僕は内心行かせたくないと思ったが、弟は母と会い「文句をいってきてやった」と僕にいった。
 その時矢張り止めておくべきだったと後悔したものだった。
 母が悪いのではなく、なまくらで女遊びばかりしていた父の責任、そう僕には思えていたから、母が可哀そうでならなかった。

 僕はそんな母とはそれ以後会う機会も無く、時は流れた。
 そして母が病に伏していると田舎の兄より電話があった。
 その時やっと母と会う事が出来た。

「なんや大きくなって、女垂らしになったらあかんよ・・」と母はいたずらぼっく笑った。
 散々女垂らしの父に苦労さされた母らしい言葉だと僕はその時思わずには居られなかった。
 会話はそんなにはずまなかったが、それでも母は安心したかのように安らかな顔で始終していた。

 然しそれからしばらくして母がこの世を去った。
 そんな便りを兄はしてきた。

 多分あの病院のあのベッドこそが僕と母のサヨナラの時だったのだと今も思うのだ。
 人の運命、それは神の定めるもの、でも涙は人の心が生むもの。

 僕は人間として失格、何故ならば、我がDNAを消すことを心に誓って生きてきたからだ。
 この世の生物のありとあらゆる生き物が子孫を残すために誕生してきていると言ってもよい、それが生きる者の宿命、
 それで当たり前。

 然し僕は自身でこの世を去ることを16になる少し前に試みた。
 生きる必要無き人間がこの世に存在して何の意味があるのか?
 
 薬を浴びるように飲みながら、彷徨い、そう決意した。
 意味のある人間ならばこんなに悲しくって寂しい人生を神が与える筈も無い、そう思った。
 けれど幸か、不幸か分からないが命長らえた。
 でもその罰は僕の全精神を魂を削り取るそんな運命を神が僕に与えた。
 ボロポロになった魂の果てに、
 「こんな悲しみや寂しさを二度と味あう事は僕には出来ない、なら我が魂は此処で終わるべき」
 我が子にはこんな悲しさや苦しい人生を乗り越えることなど絶対に無理、そう思った。
 二度死の世界を垣間見た僕にはこの世に恐れる者は何にもない、

 けれどこの人生で与えられた苦悩だけは二度とゴメン、それはずっとそのころから持ち続け消えることも無い。
 何時か垣間見たあの永遠の静かな世界、其処に埋没出来る日、それが本当の幸せの日・・そう悟りながらの人生行路。

 それでもサヨナラの時まではこの世で彷徨うしかないのは確かな事ですね。

遠い昔

 僕がまだ二十歳の頃、今日、訃報がネットで流れていた女優、ジェニフアージョンズさ
 
 のある映画を場末の映画館で観た事があった。

 少し男勝りヒロインを演じられていた彼女に魅せられたものでした。

 可憐さとじゃじゃ馬的魅力とをその映画では演じられていた。

 その行動や思考が別れ行ったばかりの容子とまるでそっくり、わざとのように僕に当てつけ、

 僕が苦しい表情を浮かべるのを勝ち誇ったような顔して見ていた事もそっくり、つまり

 つまり恋の手練手管はまだ幼い少女でも必然的感じるものと、

 でも、僕が何故別れ行ったか、イヤ別れなければいけなかったのか?

 多分その事には気がつかなかった筈、

 通り過ぎて今もこの時の苦しさは消す事は出来ない、そんなとき観たジェニフアーの映画、

 あの美しさと、野生さはその後ずっと僕の心の中に生きていた。

 沢山の名作に出られた素晴らしい女優さん、ありがとう・・次の世界でも幸多くたらん

 事を此処にいのっています。

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遣り残したこと

 僕は最近アンマリ深刻に考えることも無くなってきているのを実感している。
 金や名誉や地位とは無縁だった僕の一生に後は何があるのか?
 このままスット消えても十分な生き方はしてきているし・・。
 最後はサット消えていきたいものだと思うこの頃だ。

 まあこれから後何十年かはいきれるだろ・・が、それ程は生きたくも無い。
 考えてみると常に波乱万丈のような青春時代、苦しくて哀しくて辛かったけれど、今ではその一つ一つが宝のようにさえ思える。

 ある人が「人の一生で君のように沢山の人と巡り合え、おまけに命を掛けるほど思える人と幾人も
出会えるなんて・・幸せと言うほかは無い、多くの人はそんな恋を知らずに終わるのだから・・」
 と云われたこの言葉が今は本当に心に来る。
 
 何時も自分から去った僕だが、それでも後年その人たちと会ってお話をするとまるで今も昔と変らぬような態度で接してくれた。
 それが何より嬉しかった。
 でも、どうしても・・と思う人もいる。
 香川にいる千恵子とは、この人生が終わる日までにはどうしても会いたい、そして
「あの時、僕の車の中で僕の問いかけにこずえさんが、あんな人なんて大嫌い!と云っていたわ」と答えたことが本当だったのか?どうか?

 それだけは確かめたい、
 当事の僕が何時も投げやりで、ペシミスティクな事しか彼女には言わなかったから、そう思われても当然、夢ある少女には僕の言葉は空しく映って当然だとは思うけれど・・。

 あのなんまつから長尾まで僕等は幾度車中で語りあったったことか・・、
 そして、僕がこの世ではじめて生きよう!と思ったのだったなあ〜
 僕が本当に死に物狂いで新しい世界を切り開いた時、
 何時しか少女の君は消えていた。
 美しく輝いている君は最早僕の手には届かない・・、
 そんな最中でのこずえさんのあの言葉は、
 僕の心に重く大きく圧し掛かった・・ね、

 そしてあの日から僕は君と会う事も語る事も否定したよね、
 でも君のお母様にはお手紙も戴き、お会いもした。
 そして何十年後にお電話もした。
 その時のお母様の寂しそうな声は今も僕の心にはある、
 けれど僕はそのお母様との約束「何時か僕が会いに行きますから、其れまでお元気で・・」
 その約束も僕は果たしていない、
 黙って、妻に内証では行く事も出来ない、
 その内に何らかの用事で・・と、思いながら時は何時しか流れ行く、

 そうだな、これもまた運命なのだ、と僕はあきらめている。

 遣り残した事はこのことだけ・・かも知れない。
 従妹蓉子への罪は神様によって拭って貰えたし・・。

幻の母 5

  少女

   少女よ少女
 あの時君はいったよね
  大阪のまちって
   どんなとこ
  瞳かがやかしていったよね
 それはなれそめの頃だったよね

  少女よ少女
 あの時僕はいったよね
  夢と絶望との
   交錯したとこ
  瞳そらしていったよね
 その時君は優しく見つめていたよね

  少女よ少女
 あの時君と肩並べて
  渚ゆう子のうた
   きいていたよね
  頬染めてきいていたよね
 その時夢見ていたようだったよね

  少女よ少女 
 あの時君は呟いたよね
  これを貰ったのが
   いけなかったのよね
  瞳くもらしそういったよね
 それが別れの言葉だったんだよね

 あれから何十年・・・それでも僕の脳裏には今も鮮やかに千恵子との日々が
 映し出されている・・・そして、
 母花子と最期に電話で語らったあの日の事も・・・。
 あの時「わたし・・もう80を過ぎたのよ・・・だからもう目が見えないの、貴方のご本も読む事もできない・・・」
 「エッ、そうなんですか! でもお傍には息子さんが居られるのでしょう・・・」
 「そうではないの、今はわたし一人、一人ですんでいるの・・・」
 どうした事か、花子は一人暮らしだった。
 確か千恵子には三人の子供がいる、と何時か、もう15年も前にこの母は「だから、もう貴方の事などはわすれているわよ・・・」と僕に云った事があったし、その時に弟の子供も見かけたから、
 たった一人で生きているとは・・・想像も出来なかった。
 その家庭で何があったのかは僕には分からないが、あんなに優しくて綺麗なこの人でさえ、最期はこんなに寂しい人生なのか・・・、
 遠い日の彼女の姿を思い出し、暫し何にも云えなかったが・・・、
 「お母さん!元気を出してください、何時か僕がそっちに行ったら必ずよりますから・・・それ迄お元気で・・」
 そう云って電話を切ってから・・・、早や5年の月日が流れている・・・、
 でも僕はあれから一度も行って居ないし、電話もしていない・・・、
 若しかしたら・・そんな不安は・・いつもあるが、下手に電話すると誰か他の人が・・・そんな危惧、
 最早何の関係も無いこの僕が無闇に電話をかける事も難しい・・・、
 でもこれはこの幻の母への裏切りなのかも知れない・・・。

 でもお母さん、有難う、何時か貴女から戴いた手紙、それを僕はいつもサイフの中にしのばせ生きてきた。
 そしてそれが何度も見るたびに何時しかボロボロになってしまったあの頃、乗り越えてこれたのもその母の心が僕に伝わってきたからかもしれない・・・。
 それに僕は本当は千恵子よりお母さんに憧れていたのだろ・・・、
 そのためにも何時か、僕が終わる日までには・・・、でも
 もうあの家は壊され無いようだと風の噂は伝えてくる・・・、
 それもこれも全て運命なのだろ・・・・。
               終わり
 

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