滝ニ居リマス

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夏祭りとアゲハ蝶 ケータイ投稿記事

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滝場近くではこの週末がお祭りらしい。街のあちこちから祭り囃子が聞こえてくる。


夏休みあと13日というのは非常に微妙な時期だ。宿題をほっぽらかして遊んでいた小学生には。


「じゃこの漢字ドリル終わらせたら夜お祭り行っていいわ」「もういくら言っても作文書くことないっていうなら、お祭りに行ってそのこと書きなさいよ」


子どものいる家ではいろいろな親子バトルが遠くから聞こえてくるお囃子をバックミュージックに展開されているのではなかろうか。


八月に入ってから三枚目の画像の変わった実が山道に生え、ずっと変化がない。何という植物か。いったいいつまでこのままの姿でいるのだろうか。


今日は滝場の帰り道アゲハ蝶を見た。行きの道で見なかったのだから二時間以内に山道まで飛んできたのだろうが、もう動かなくなっていた。


山道を歩いているといろいろな生き物が滝場周辺にいるのを知る。しかしその何割かは動かなくなった姿でだ。カエル、沢ガニ、ミミズ、それにさまざまな虫。私がカリフォルニアで一度だけコヨーテを見たのも、撃ち殺されたコヨーテが駐車場でみんなが見られるように台の上に載せられていた時だけだった。犬とどこが違うのかまったくわからなかった。


アゲハには「今日会えてうれしかった。またいつか地球で会えるといいな」と言った。


セミの死骸はそのへんにゴロゴロというほどではないが、滝場周辺でも目にするのは珍しくないが、そのたびに面識のある人の訃報を新聞で見るのと同じくらいの衝撃が走る。小学校に上がる前「セミは地面の下で七年間過ごし、地上で過ごすのはたった数週間」というのを聞いて本当に衝撃を受けてからセミの死をさりげなくやり過ごすことはできない。


それを考えてみると私が子どもの頃にどんなに神に背いてこの世で受ける天罰や死後行く地獄の恐ろしさを教会やお寺で聞かされてもすぐに聞き流してしまったのは、自然界の厳しさの話(亀の赤ちゃんは砂浜で孵化しても海に入る前に鳥のランチになってしまう確率が高い)の方が死後の話の百倍リアルだったからではないか。


去年あれほどいたのに、この夏本当にアゲハ蝶はどこに行ってしまったのだろう?


そしてこの夏も那智の火祭りの松明の炎を近くで見た思い出だけを思い出に終わっていくのか。


まだ夏は終わっていない。

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一枚目の画像 2006年9月上旬


二枚目、三枚目の画像 2007年8月上旬







滝場近くの野原がどう変わっていくか、画像が溜まりつつある。


今日新しい書庫をブログに作ります。

昼の座行: R図書館へ ケータイ投稿記事

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立秋も過ぎて暑さはますます本格的で、滝場最寄りの駅も外に出ると、くらくらするくらい暑い。滝場の気温水温22/17度。今日滝場への山道でアゲハを二匹見るが、やはりまだ数は少ない。本当に今年の滝場周辺のアゲハ、どうしたのだろう?


四月から行っている大学図書館で復刻版天台宗修験道雑誌『修験』124冊を読んでしまったので、次は真言宗修験道宗派雑誌『神変』を読みたいと思ったが「この図書館にはありません。都内で閲覧できるのは国会図書館と杉並のR図書館だけです」と司書に言われた。


『修験』も『神変』も滝行についての記事はない。せいぜい山駈けの前のガンジス川沐浴スタイルの水行についてふれているくらいだろう。

しかし修験道の宗派雑誌なら行の集中のための記述があるのでは、というはかない期待だけでバックナンバーを延々と読んでいくのだ。


R図書館に電話をして一般人の利用は可能か問い合わせると15歳以上の都民なら可能で日曜祭日、六、十六、二十六日が休み。閲覧貸し出しは五時までということなので、土曜日なら行けるとわかった。


滝場より10度以上暑い地下鉄の駅を降りると目の前に神田川が流れ、人もまばらな暑い夏の土曜日、ひょうきんな生き物のオブジェと川の水位のペイントがある街並みはのんびりした昭和の町のようで、あまりここがRという宗教団体の門前町という緊張感はなかった。


それは図書館でも同じで「自動販売機などはないけれど、近くのコンビニで買ったものをこの中庭で食べることはできます。風があって中庭気持ちいいですよ」

資料請求の時何年分とは言わず「新しい号からずっと後ろへ」とだけ言ったら「とりあえず四年分」と私が一度に閲覧用デスクまで運べそうな分だけ出してくれた。


やっと東京で見ることができた。『神変』! あなたがどういう内容なのかわからないと他の資料にも手をつけられないんだもん。1909年5月15日刊行、現在1130号。百歳の誕生日に記念滝行ツアーするなら私も行くよ!

結論から言うと復刻版『修験』を山駈け雑誌と位置づけるなら現在の『神変』は本山の人事規約通達雑誌。組織に属さない人が読んで(年間購読料は3000円。末寺では必ず購読しているようだが、実際読んでいるのは何割くらいか)意味があるとは思えない。あとは98年のうちで行についての記事が多かった時期を調べて十年分くらい読むか。考えよう。




M議員 昨年宗制の第百五十条の語句について当局の善処をお願いいたしましたが、何らご回答をいただけませんでしたので、もう一度ご質問させていただきます。教師の適格条項の中に「廃疾者」という言葉がございますが今では使ってはならない言葉ではないかと思います。他の宗派ではこういう項目はいっこうに見当たりません。即時削除するべきだ、と考えますが、いかにされるおつもりなのか、まずお聞きしたいと思います。

総長 第百五十条に関しましては六項目の規定がございます。廃疾者という言葉、確かに文字から見れば非常に歪んだ言葉のように見えます。しかしこれを教師資格の第一といたしたことは、社会になじまないような人、社会秩序に反する恐れのある人、正当な判断が出来ない人、そういう人は教師にすべきでないという合意のもとにこの言葉が使われているわけでございます。現在いろいろな言葉、仏教用語があたかも差別語のごとく扱われております。しかし、これらの中には非常に温かみを持った良い言葉がたくさんございます。そのような意味を考えたときにこの廃疾者という表現はしばらくこのままにしておくべきである、このように考えます(略)大変具体的に申せば、最近死刑判決の出た方、このような方をご想像ください。


(神変 2004年6月号)


私は「廃疾者」という言葉を知らなかったが、麻原ショウコウのような人を廃疾者というのか。


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