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秘密結社には構成員の団結を強めるために、いろいろな儀式がある。
杯で固めるとか、宣誓をしてから自分の血でサインをするとか。
チベットスピリチュアルフェスティバルで行われる(三枚目の画像のチャド・リンポチェ師による)灌頂の儀式も同じようなものではないか。
古代インドの国王の即位で四大海の水を頭に注ぐ儀式が仏教に取り入れられたのが灌頂(かんじょう)の始まりだが、とにかくチベットフェスティバルでは三千円のお布施で一般の人間が不動明王との縁を強める灌頂の儀式に参加できるという。
修験道では最も人気のある御仏なので滝場では不動尊像をよく見かけるが、私の顔を見ると何を言っているのかわからないが(江戸っ子でもないのに)巻き舌で怒鳴ってくるので、とてもお近づきにはなりたくない。
だからそんなものがあるのもほとんど忘れていたら知人からメールで
今度護国寺のチベット・フェスで薬師如来と縁を結ぶ灌頂を受けることにしました。
ええっ、それって二日がかりでやる在家より僧侶中心の儀式で、その儀式に参加するためには二日前から潔斎するために、肉魚卵にんにくアルコール(煙草はいいのか)を口にしないという、かなり本格的な灌頂じゃない? 護国寺の山主さまもチャド・リンポチェ師の灌頂を受けるらしい。同じ灌頂でも不動明王の灌頂とはかなりリキの入り方がちがう。
薬師如来はいい仏さまかもしれないけれど、縁を結ぶのは(カトリックならさしずめ自分の洗礼名をもらう聖人との縁のようなものか)たった一柱の神仏とだけではないの? そんなやたらにいろいろな仏と縁を結んで大丈夫?! いとしいあなたはひとりだけにしておいたら? をい!!
結局私がどうしたかといえば、心配のあまり儀式が始まる四時にまた護国寺に出かけていった。全部で何人がこの儀式に参加するのかわからないが、僧侶の人数は思いの他少なく年配の男女の参加が目立った。先日骸骨ダンスを見るために来た時には気づかなかったが、このチベットフェスのスタッフはチベットの衣装を着ているので境内にいてもすぐわかる。男性の白いシャツのハイカラーや若い女性ばかりのスタッフの雰囲気は私には強烈にオウム真理教を思い出させた。その時初めて思いあたったが、私は2000年に「主の祈り」と「天使祝詞」が口語訳になる前のカトリック教会と、この一年滝場の待合室で「で本格的なご祈祷を先生に頼んだら10万円だからねえ」などと話している人たち以外に、今の日本で宗教サークルに関わっている人たちを(TVの映像でなく)実際に見たことは一度もないのだ。このチベットフェスのスタッフがオウムのようなカルト集団だというのではなく、多分オウム真理教のメンバーも最初は(なんかインドの宗教って神秘的)(瞑想って癒される)(きれいなおねえさんがいっぱい)くらいのノリで参加するごく普通のサークルだったのではないか。このフェスティバルの事務局の人たちと同じように。
護国寺に到着する前、正面の信号のところでチベット服のとてもきれいな女性がいたので「あ、スタッフの方ですか。民族衣装お似合いですね。チベット語どのくらい話されるんですか」とさぐりを入れたら「わたくし、チベット語はまったくわかりませんが、チベット密教に興味があるんです」とにっこり微笑んだ。頭の中で強烈な非常ベルが鳴る。よくも悪くもこの人はトレーニングを積んだ人だ。カメラ目線でにっこり笑うことには何も悪いところはないが、もしそうしたらそれはそのへんの何でもないアンちゃんねえちゃんではありえないように。待機している時スタッフ同士が気功(それともあれがレイキ?)で体のこりを癒しているのも、私の目からは微笑ましいというより精神世界にどっぷりと浸かった人の行動に見えた。
私はただ初めて宗教に関わっている人たちを見て違和感を持っただけなのだろう。それでもここまで違和感を持つのなら、自分で何かを学びたい時はそもそも私は宗教グループには違和感しか感じない体質だということを前提にした上で、教えてくれる人を探さなければならない。
知人はお堂の中にもう入ってしまったようだったが、私はチェ・リンポチェ師の姿を見たかった。「お坊さんの格好をしている国会議員」と言われたら信じてしまいそうな、現実社会の中でしっかりと公務を片づけている印象でけして世離れした人ではない。そうでなくては今チベット僧侶は生き残って教えを伝えることはできない。もうひとりの人も同じだ。時間が来てとうとうスタッフの女性が本堂の障子戸を閉めた。
ああああ、この二日間の灌頂で顔つきが変わったり、性格がちがってきたりはしませんよね。薬師如来さま。
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