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考えてみると、80年代前半とはギタリストがとても注目されていた時代だ。特に70年代からのクロスオーヴァーやフュージョンといったインストゥルメンタルの台頭が、ソロイストとしてのギタリストに注目が集まる一つの要因であった。日本でも数多くの凄腕ギタリストが若者の間からも多数出現した。
渡辺香津美は日本でも珍しく、17歳の頃からプロとして活動を始めたジャズ・ギタリストだった。まだ未熟な部分も多かったが、10代とは信じられないようなテクニックとセンスを駆使して、また時代の大きな流れであったフュージョン・ブームの波に上手く乗ってめきめきと頭角を現した。
香津美の名がポップス/ロック・ファンにも広く名が知れるようになったのは、またここでもYMOの影響が大きい。日本人としてはサディスティック・ミカ・バンドに続く偉業である70年代最期のワールド・ツアーをYMOが行った時、サポート・メンバーとして矢野顕子、松竹秀樹らと共に加わったのである。当時26〜27歳の香津美のプレイは正直なところかなりラフではあったが、ツアー終盤のNY公演での事である、何度も演奏して漸くYMOの「ノリ」を掴んだのか、或いはジャズ・ギタリストの聖地であるNYでの演奏にジャズの神が降りたのか、ヴィレッジにあるライヴ・ハウス「THE BOTTOM LINE」での香津美のソロ・プレイは圧倒的な気迫と歌心でNYのオーディエンスを驚嘆させた。
それから1年してこのアルバムは発売された。鮮やかな黄色のジャケットに、付属していた販売促進用のポスターもまた真っ黄色。着ている服に帽子も黄色、持っているギターもGibson Les Paul Special TVという真っ黄色なギターである。ここからはあくまで('Θ')の勝手な想像に過ぎないが、ひょっとしたら香津美は自分自身をもブラックでもホワイトでもない、イエロー(黄色人種)として主張したかったのではなかろうか?一年前にYMOと廻ったワールド・ツアーにおいて、改めて自分自身を日本人として強く認識したのではなかろうか?ジャズ・ギタリストとして、聖地NYのステージに立った時、「あぁー、自分は日本人なのだなぁ…」と感じ、西洋の音楽を奏でる自分のアイデンテティーとは何かを強く意識したのではなかろうか…?
普通ありきたりな日本人音楽家だと「自分は日本人なのだ」とか云って琴や尺八を入れてみたり5音階で曲を作ってみたりといった安易な手法でレコーディングして「これがジャポニズムと西洋文化の融合」だなんて平気な顔をして言い切ってみせたりするのだが、香津美は自己の東洋人としてのアイデンテティーを表現するのに、あえて西洋の土俵に登り、西洋のミュージシャンと対等に向き合いながらこのアルバムを作り上げたのではなかろうか?このアルバムの高い完成度の中に見え隠れする、西洋のそれとは少し違ったロマンティシズムを発見する度に、('Θ')の想像は当たってはいなくても、少なくとも間違ってはいないだろうという思いが強くなっていく。('01.8.8)
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1.LIQUID FINGERS
軽快なリズムで始まるこの曲は、既にこのアルバムの出来を予感させてくれる。この時代の日本のフュージョン・アルバムとしてはかなり良い音だ。サビでの音の広がり方なんてとても気持が良い。それもそのはず、NY録音なのである。スラップ奏法の世界的ベーシスト、マーカス・ミラーもこの頃はまだ日本でもそれほど人気があったわけではないが、既にかなり「イイ仕事」しています。
2.BLACK CANAL
一転してマイナー調の曲。ストイックな雰囲気で淡々とミドル・テンポで紡がれるバンドの音。ケニー・カークランドのピアノ・ソロが冷たく燃え上がり引き込まれていく。
3.TO CHI KA
タイトル・チューンは香津美のアコースティック・ギターとマイク・マイニエリのヴァイブラフォンだけで静かに静かに美しく儚く奏でられていく。この曲などは西洋音楽のフォーマットを借りてはいても、真にワビサビの世界そのものである。鏡の如きみなもに一枚の花びらが落ち、綺麗な円の波紋を作るような、そんな美しい景色が心に浮かびませんか?ところで「トチカ」の意味は不明なのですがどなたかご存知ですか?(※'05.3.1追記:トチカとは当時香津美が飼っていた犬の事だそうですね。それにしても何か意味はあるのかしら?)
4.COKUMO ISLAND
坂本龍一や矢野顕子、本多俊之等のスーパー・ミュージシャンで構成された香津美のスペシャル・バンド「KYLYN」を思い起こさせるイメージの曲。こちらではピーター・アースキンのドラムにマイケル・ブレッカーのテナー・サックスとこれまた豪華絢爛。日本人でこれだけの世界の一流ミュージシャンを相手に渡り合えるギタリストはそうはいない。というより香津美以外に誰かいるだろうか?
5.UNICORN
のっけからサビのキメで始まる香津美の代表曲であり和製フュージョンの名曲の一つ。当時CMでも使われていたので、この曲を聴くと「おっ?!」と思われる諸兄も多いはずだ。スティーヴ・ジョーダンの歯切れの良い16ビートの上で踊るスラップではないテーマ部分のマーカスのフレーズ(盛り上がってくるといつもの超カッコイイ、スラップが炸裂してくるのだが)、マイクのヴァイブもメロディアスに響き渡る。そして何より激しく攻撃的な香津美の果敢なソロは素晴らしいの一言だ。もし、あなたがエレクトリック・ギタリストであれば絶対に聴いておくべき名演である。
6.DON'T BE SILLY
クラヴィの音もファンキーなこのナンバー、香津美は所々でコルグのギター・シンセサイザーを使っている。こちらもタイトでノリの良い、思わずからだが動いてしまうような曲だ。
7.SAYONARA
香津美はギターのテクニックは勿論素晴らしい腕前なのだが、作曲においても素晴らしい才能を発揮する。この曲も実に美しいテーマとサビで聴く人の心に深く染み入る。最後のサビでウォーレン・バーンハートのオーバーハイム・シンセ・ストリングスが感動的にバックアアップしてくれる。
8.MANHATTAN FLU DANCE
軽いシャッフルで軽快感を醸し出すこの曲は、アルバムの最後にはもってこいかもしれない。今と違ってギターの音を歪ませてちょっと乱暴なぐらいダイナミックに弾きまくる香津美は、YMOとのワールド・ツアーでも見せた若さとパワーでリスナーをハイな気分にさせてくれる。
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