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しかし私はすでに人生の多くの時間を、寝ころんだり、立ち止まったり、じっと眺めたりすることに費やした。
だから走ることにする。
( 258頁 『 長距離ランナー 』 )
『 最後の瞬間のすごく大きな変化 』 グレイス・ペイリー 文藝春秋
わたしは何がなんだかよく分からぬうちにずいぶん歳をとってしまったから、もうこれ以上寛大になれない。
生まれてこのかた六十余年、時間に対して「どうぞお先に」とあまりに譲りすぎた。
もう譲れない。
わたしは、もう充分にあちらこちらから頼まれつづけ、山ほど時間を譲り渡してきた。
もう充分。
もういいだろう。
あれだけ譲ったのだから、今度はせいぜい譲り返して欲しい。
( 79頁 82頁 『 ティファニーまで 』 )
『 十字路のあるところ 』 吉田篤弘
42歳と 60歳
これまでの人生、○○しすぎた、と言いきれるのは、終わりを意識したからだろうか。
限りある人生
どう、時間を使ったのか。
満足して死ぬために、かな
自分の人生を振り返るということは
そのとき、気づかなければよかった人生の欠陥に気づいて、穴埋めしようとする
気づけて良かったのか
気づかないほうが良かったのか。
まだまだヒヨっ子のヒソ。
これから、どう生きようか
とりあえず、愛しすぎたい。 愛されすぎたい。
「 時間 」 に関しては
これ以上、 もんちゃんを待たせすぎない ですかね
( 毎回待ち合わせに 30分 きっかり遅れる女… )
でないと、いつか待たされすぎるはめになりそう。。。
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ひそたん、ひそたん。アタシも待ってるよ。ちゃんと、待ってるよ。もしかしたら、アタシも待たせすぎてるのかも、しれないけど…。でもね、アタシには、ちゃんと待合室が作ってあるから、心配しないでね。空でも見ながら、のほほんと待ってるからね。いつでも、おいで〜。こっちゃさこ☆
2006/6/26(月) 午後 11:53
こんばんは(*^^*)言われてみるとたしかに、人生を振り返るということは、何かを見つけてしまうときもあるよね。奥がとっても深いね。人生って。
2006/6/28(水) 午前 0:50
貼り付けている絵が素晴らしい。特にインパクトが強かった。僕の母も絵画好きで64なんですが、毎週日曜日にはNHKで新日曜美術館を見ています。コメントがなかったのは残念ですが、僕のブログへのご訪問有難う御座いました。byくじろう(大阪・31歳)
2006/6/29(木) 午後 11:47
パパ様> ありがとーありがとーありがとーパパ様。もうちょっとまっててね。パパ様んとこ行くのに美味しい和菓子持って行こうっておもったら、和菓子屋に行列が出来てんのよ。まったくもう。
2006/7/1(土) 午前 1:30
hotさん> こんばんは! 深く生きるも浅く生きるも、自分次第なんだな、ってhotさんのコメント見て思ったよ。深くてしんどい人生とか、浅くて楽な人生とか、深くても充実した人生とか、いろいろな組み合わせ(?)があるけど、選ぶのはぜんぶ自分なんだよね。
2006/7/1(土) 午前 1:41
くじろうさん> ご訪問ありがとうございます!コメがなかったのは、ヒソが阪神ファンだからです…。 ヒソも新日曜美術館見てます♪ 金曜の「美の壺」と土曜の「美の巨人たち」も見てます♪ この絵は、『最後の瞬間の〜』の表紙に使われていたホッパーのものです。何を考えてるんだろう?何を見てるんだろう?っていろいろ想像してしまいますよね
2006/7/1(土) 午前 1:44
はじめまして、、、、なんだかいろんなこと考えてこの記事よみました。ハルの人生、、、今でいっぱいいっぱいで人生なんて長い単位で考えたこと最近なかった、、、また遊びにこさせてもらいます。
2006/11/29(水) 午前 9:43 [ har*r*190 ]
こんばんは、ハルさん。ある瞬間にぽっかりと、自分を長い目で見るときが来ちゃうんだと思います。良い意味でも、悲しい意味でも。だからそれまで。。。
2006/11/29(水) 午後 11:51