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鳴海(愛知県)で「桶狭間古戦場」を探索♪

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愛知県は歴史好きにはたまらない場所ですね(=゚ω゚)ノ

さて、今回紹介するのは「桶狭間の戦い」の舞台!

鳴海駅から歩いて5分ほどの場所にある

名古屋市の緑区にある猝蝶ぞ誑”に来てみました♪

イメージ 1


あまりマニアックなことを書いても分かりにくいので

簡単に書くと…


桶狭間の戦いとは1560年に

2万5千の軍勢を持つ今川義元を

3千の兵しか持っていなかった織田信長が急襲し

今川義元の首を打ち取って劇的な勝利を手にしたというもの。

イメージ 2


大将の首を討たれたあとの今川軍は総崩れとなり、

逃げまどい散々な状態となってしまいます。

当然ですよね (゚Д゚)ノ


さて、ところで、この鳴海城ですが…

桶狭間と、どんな関係があるのかと言えば、

イメージ 3


今川家の家臣、岡部元信と言う猛将がこの城主で

織田軍との戦いに備えたいた時、

彼は桶狭間で大将の今川義元が討たれたと

信じられない事実を耳にします。

イメージ 4


今川軍の各部隊が総崩れとなっていく中、

武勇に優れた岡部元信は、ここで籠城を決意し

イメージ 5


最後の最後まで、ここで奮戦をします。


実は… 大将を討たれ総崩れとなった今川軍ですが、

もともと3千の織田軍に対して、

2万5千もの兵がいた今川軍でしたので、

この鳴海城にも、それなりの軍勢が残っていました。

イメージ 6


大将が討たれ指揮が下がってるとは言え

まだまだ信長にとっては脅威であることは変わりません。


そして、信長は岡部信元に今川義元の首と引き換えに、

この鳴海城を明け渡す条件を出します。まともに戦っては大変だと…

そして、岡部信元は白を明け渡し、今川義元の首を持ち帰っていくのです。

桶狭間の戦いは、信長の圧勝的なイメージが強いですが、

実はこのような背景も歴史の中にはあったんですね (・∀・)





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「鳴海城址」

場所:愛知県名古屋市緑区鳴海町城

地図はこちら


※実はもう一つ同じようなブログを書いています[壁]д・)ノ  「旅人間 旅&食べ歩きBLOG」



  • おはようございます
    鳴海駅の近くなんですね、お休みの日に、行ってみようと思いました。
    近くでも、知らないとこが、あるものですね。(泣笑)
    ポチ・ポチ☆

    鉄華職人

    2014/2/28(金) 午前 6:01

    返信する
  • 当たり前ですが〜日本人も自国民同士が殺し合いしていたんですね〜

    ⭐ミニトラ⭐

    2014/2/28(金) 午前 8:47

    返信する
  • 顔アイコン

    こんぱんだ♪ヾ(●ω●)ノ”フリフリ


    知らなかったです…
    そんなことがあったんですね‥
    りんちゃん…歴史人をかいますが…

    書いてあったかなぁ…

    今度しっかり見てみますね♪

    ポチ☆

    リンちゃん

    2014/2/28(金) 午後 7:47

    返信する
  • へええええ〜!

    すごい知的〜!旅人間さんの魅力が3割り増しになりましたよ♥

    これからも、猿にも分かる歴史シリーズもお願いします。

    4匹のこやぎ

    2014/3/1(土) 午前 0:21

    返信する

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