賭人がゆく

港澳(香港、マカオ)往来25年、人生如賭博。

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大東亜戦争関連のエントリーは編関連が多いせいか、神風特攻や玉砕戦に焦点が当たりがちである。英霊顕彰は大事だが、毎回辛気臭い話ばかりでは疲れてしまうので、たまには勝ち戦の話も載せておきたい。
 
今回は当ブログでも多々取り上げた香港情勢にちなみ、帝国陸軍緒戦の快進撃を象徴する香港攻略戦を取り上げる。(写真はすべて筆者撮影)
 
 
イメージ 1
 
昭和16年(1941年)6月、帝国陸軍・支那派遣軍の隷下に「第23軍」が編成された。初代軍司令官は今村均中将(のち大将)、大東亜戦争開戦直前の昭和1611月には二代目司令官として酒井隆中将が赴任した。ちなみに参謀長は、後に硫黄島の戦いで有名となる栗林忠道中将(当時の階級は少将)である。
 
第23軍主力(第38師団基幹、通称号・波
・歩兵第229聯隊(岐阜編成)通称号・沼8925
・歩兵第230聯隊(静岡編成)通称号・隆8926
・歩兵第228聯隊(名古屋編成)通称号・沼8924
 
第23軍の任務は対米英開戦に当たって、シナ事変以来国民党政府の対外窓口となっていたイギリス領香港の攻略であった。昭和14年の広東作戦により香港は孤立化したものの、イギリス領であったために国府側の対外工作の拠点となり、また日本側の目を盗む闇物資の中継基地として援蒋ルートの一角を担っていた。
 
制海権、制空権が日本側にあったため、イギリス政府上層部は香港の維持を最初から諦めていた節がある(※1)。しかし英軍部と当の香港駐留軍は徹底抗戦する腹を固めており、九龍半島では遅滞戦術用の陣地構築、香港島側は要塞化と軍需物資の集積および増援部隊の招致を進めていた。
 
ところが日本第23軍は九龍半島側が集中的に要塞化されているとの判断から、この攻略戦のために編成された第一砲兵隊(重砲部隊)を攻撃の主力とし、九龍半島だけの制圧に34週間を要する作戦計画を立てていた。英軍の方針とは逆だった訳で、日本側が当初の計画通りに行動していたならば攻略戦は長期化していたであろう。
 
しかし実際にはある部隊の独断専行事件によって、九龍半島は6日間で陥落した。その後の香港島攻略戦終了(英軍降伏)も含めて日本側は18日間という短期間で香港を手中に入れるのである。
 
イメージ 2
 
香港海防博物館(香港島筲箕灣)に展示されている日本軍各種資料
 
 あっけない九龍半島攻略戦
 
昭和16128日、第23軍は中英国境である深圳川を渡河突破して、半島中央部の九龍要塞(ジン・ドリンカーズ・ライン)攻略に着手した。酒井司令官、栗林参謀長ら軍司令部は、砲兵隊による1週間の制圧射撃で英軍拠点を潰してから前進する、慎重で組織的な要塞攻略の作戦を計画していた。
 
ところが9日夜、歩兵第228聯隊(聯隊長・土井定七大佐)第3大隊第10中隊の中隊長・若林東一中尉(山梨県出身)が敵陣地を偵察中、敵軍の配備の隙に乗じて英軍砲撃指揮所を奇襲奪取。あわてた英軍は21名の若林隊を勝手に数百名と誤認し、パニックに陥った末潰走してしまった。
 
若林中隊の報告を受けた土井聯隊長は困惑したものの直ちに聯隊主力をもって若林中隊を援護、付近の英軍陣地を占領したのである。
 
この独断専行とも云える攻撃に、酒井軍司令官と第38師団長佐野中将は「若林中尉を軍法会議にかけろ!」と激怒したが、英軍に穴が開いたのは事実なので栗林参謀長らが宥め、作戦計画を変更して総攻撃を開始。その結果、英軍は総崩れとなり香港島に敗走し、第23軍は1213日までに九龍半島先端の尖沙咀を制圧した。
 
若林中隊の独断専行事件は若林東一中尉の独断攻撃が発端とする説と、連隊長土井定七大佐または第3大隊長西山少佐の指示によるものという説の二つがある。第23軍は大本営および支那派遣軍への報告に「若林中尉の臨機応変の措置」としたため、中尉の名は全軍に轟き、後に感状が授与されるのだが、事態収拾のための苦肉の策と考えられなくはない(※2)。
 
第38師団と第228聯隊はその後のガダルカナル戦で壊滅し、当事者の若林中尉も昭和18年1月に戦死してしまったので、事件の真相は未だ謎である。
 
 錯誤と激戦の香港島攻略戦
 
九龍半島と香港島の間にはヴィクトリア港が広がっており、渡海攻撃を行わなくてはならない。おそらく情報収集のミスであろうが、日本側のシナリオでは香港島での英軍の抵抗は予想されていなかった。九龍半島が英軍の主要陣地であり、この攻略で戦闘は終わると考えていたのである。
 
イメージ 3
ヴィクトリア港と「スター・フェリー」、左岸は香港島
 
香港駐屯の英軍(総兵力約13,000名)は英本国軍、英印軍を主力に、増援のカナダ旅団、現地住民(イギリス人、ポルトガル人、フランス人、中国人)の義勇軍が参加しており、食料弾薬も半年分以上の備蓄で意気盛んであった。
 
23軍は13日と17日の二回にわたり降服勧告を行ったが、徹底抗戦を決めている英側は拒絶してきた。そこで栗林参謀長らは香港島上陸作戦を立案、18日夜に香港島北東部の筲箕灣と北角の二地点で奇襲上陸を敢行した。
 
しかし香港島は小さいものの、島内中央部は意外に錯綜した地形である。英軍は緒戦で一大拠点である鯉里門砲台を占領されたが、要塞化されたニコルソン山や赤柱半島で頑強な抗戦を続けたため、19日から20日にかけての第23軍の攻撃は行き詰まってしまった。
 
イメージ 4
鯉里門砲台(現・香港海防博物館)から眺めたヴィクトリア港、九龍方面
 
特に香港在住の英・仏実業家らを中心とする義勇軍は、最年少が55歳という老兵部隊であったが、カナダ軍やインド部隊が浮き足立つのを尻目に、日本軍の猛攻をはね返す奮戦を見せた。
 
この状況を打開したのは、「水」の手を断つという戦国時代の攻城戦さながらの方法であった。21日、日本軍はニコルソン山南東の黄泥涌峡東方に貯水池を発見、給水施設を押さえたために香港市街は全面断水となり、香港市民に動揺が広がった。
 
動揺する英軍に対し日本軍は猛攻を加え、同日ニコルソン山を占領、翌22日には湾仔と金馬倫山の英軍陣地を占領し、島内の英軍を東西に分断。赤柱半島の英軍も孤立した。
 
そしてクリスマスの25日午後、ヤング総督と総司令官マルトビイ少将が降伏を申し出て、香港攻略戦は終結したのである。
ちなみに降伏交渉は、現在香港観光のシンボルであり、日本人観光客にも有名な「ザ・ペニンシュラ香港」ホテル(半島酒店)で行われた。第23軍はこのホテルを接収し、司令部として利用している。
 
イメージ 5
 
 香港攻略戦と硫黄島戦の奇妙な因縁
栗林中将が実際に指揮したのは、この香港攻略戦と硫黄島防衛戦の二つの戦いであるが、両者には奇妙な因縁がある。
 
1.「水」に苦しむ
 日本軍によって水の手を断たれた英軍は士気阻喪し、降伏する一因となったが、硫黄島では日本側が水の欠乏に苦しんだ。平成6212日、天皇・皇后両陛下が硫黄島に行幸啓された際の皇后陛下御歌でも明らかである。
(慰霊碑に詣づ)
「慰霊碑は今安らかに水たたふ 如何ばかり君ら水を欲りけむ」
 
2.軍令違反事件
 香港・九龍攻略戦での独断専行事件については前述したが、硫黄島でも擂鉢山海軍砲台が米軍の偵察行動に対して過早に射撃し、自陣の位置を敵に曝してしまう軍令違反射撃が発生している。香港戦ではそれが吉と出たが、硫黄島では逆に擂鉢山陥落を早める一因となってしまった。
 
3.事件発生後の措置
 前述のように独断攻撃を行ったとされる若林東一中尉に対しては、軍法会議ではなく全軍に布告し感状まで授与する措置によって、事態の収拾が図られている。同様に硫黄島でも、軍令違反射撃の擂鉢山砲台に対し、その行為を追認する大本営への報告が出されているのである(※3)。
 
おそらく香港戦の場合は大勝利による余裕だったのであろうが、硫黄島の場合は孤立無援の玉砕戦であり、司令部としてもいまさら関係者を処罰したところで士気が低下するだけと考えたのかも知れない。
 
香港島と硫黄島を比較してみると、錯綜した地形で強固な守備陣地を築ける香港島が早期に陥落したのに対し、平坦なため地下陣地を掘るしかなかった硫黄島が米軍に多大の出血を強いた事実は皮肉である。攻守ところを替えることになった栗林中将の胸中は如何ばかりであったろうか。
 
参考資料等
(1)W.S.チャーチル「第二次世界大戦」河出書房新社
(2)防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 香港・長沙作戦」朝雲新聞社
(4)香港海防博物館(筆者取材)
 
※追記
今回取材した香港海防博物館は13世紀から現代までの香港・広東地方の防衛史を専門とする歴史博物館です。特にアヘン戦争以降の近代史が解りやすく展示されており、もし読者諸賢が香港に旅行されるならば、是非訪問される事をお勧めします。館内ガイドブックは中文と英文の二種類ありますので理解しやすいと思います(但し南京事件の解説は余計ですが)
  
イメージ 6
 
最寄り駅:香港島の中心・セントラルより地下鉄港島線で17分、筲箕灣駅下車B2出口から徒歩10分。
入場料:10香港ドル(およそ150円)
 
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参考になります。

2014/12/27(土) 午前 11:05 coffee 返信する

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coffee様、毎度有難うございます。

2014/12/31(水) 午後 9:52 [ tafu ] 返信する

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