賭人がゆく

港澳(香港、マカオ)往来24年、人生如賭博。

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かつて、旧民主党の菅直人氏は自身のHPの日記でこう述べていた。
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菅直人の今日の一言
■ 天災
Date:2004-10-23 (Sat)
昨日今日と愛媛、高知の台風被災地の視察。高知では堤防が波で破壊され、20トンを超えるコンクリートの塊が住宅に飛び込み、3名が亡くなった現場を見る。
9月にお遍路で歩いたところだ。波というより鉄砲水のような力で堤防や家を破壊。
それに加えて新潟で地震。あい続く天災をストップさせるには昔なら元号でも変えるところだが、今必要なのは政権交代ではないか。
(太字下線は筆者による)
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この5年後に政権交代が起こったが、やって来たのは東日本大震災と福島第一原発事故だったのは皆様ご存知の通り。
 
それは措いておくとして、今上陛下のご譲位の意向に伴う代替わりの結果、元号が変わる=改元という事態が再来年にも発生するという。
 
産経新聞110日配信記事↓
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新元号は平成31年元日から 皇室会議を経て閣議決定へ 法案提出は今年5月連休明け
 天皇陛下が在位30年を節目として譲位を希望されていることを受け、政府は、平成31(2019)年1月1日(元日)に皇太子さまの天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。国民生活への影響を最小限とするには元日の譲位が望ましいと判断した。譲位に伴う関連法案は、有識者会議の報告と衆参両院の論議を踏まえ、5月上旬にも国会に提出する見通し。譲位は「一代限り」として皇室典範改正は最小限にとどめる方向で検討を進める。(以下略)
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そこで歴代年号と改元について、以下のようにまとめてみた。
 
我が国は神武天皇の開闢以来、天皇125代を数える。その内、本邦の年号を持つ天皇は孝徳天皇以来90代である。最初の年号は「大化」元年(645619日)、そして現在に至るまで計247回の改元が行なわれている。
 
その改元の理由は一般的な代替わり改元の他に、祥瑞改元、天文変化改元、天災改元、疫病・飢饉改元、火災等の災害改元、厄運改元など多岐に渉る。
 
この内、祥瑞・豊年祝い(「神亀」)・金や銅の献上(「大宝」、「和銅」、「天平感宝」)といった慶事による改元は、孝徳天皇の「白雉」元年(650215日)から文徳天皇の「天安」元年(857221日)まで計17回。
 
ところが天災・天文変化・天変地異・疫病・飢饉・災害・戦乱等の不吉事による改元は、醍醐天皇の「延喜」元年(901715日)以来、計104回を数える。
 
今回の改元(予定)はご譲位による代替わり改元ではあるが、かつて菅直人氏が書いたように、このところ続いている地震や風水害、大火、大雪などの不吉事による改元であってもおかしくはないものである。
 
以前、当ブログの201313日エントリーで<“民意”から“神意”へ>の政治の転換を論じたことがあった。↓
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<“民意”から“神意”へ>
(中略)
現代人が例えば、自然現象や今回の発掘のような出来事などに“神意”を感じなくなってから久しい。非科学的だと言えばそれまでだがしかし、こういった突発イベントに関して様々な角度から思いを致すという事が大切なのではないだろうか。
 
現代ではよく「民意」、「民意」とマスコミが口にする。また私たち国民もそれを当然のように受け止めている。しかし民意とは尊重すべきものではあるが、それに媚びるものでは断じてない。
 
日本の歴史の屋台骨である神道の観点から見れば、政治とは、「まつりごと」とは、元々が神事である。為政者が為すべきは“神意”を伺い、世を治めること。
 
従って“民意”よりも上位にあるのが、“神意”である。
安倍氏をはじめとする自民党の面々は、あの古墳時代の首長のように「為政者の覚悟」をもって政治に臨むべきではなかろうか。
 
その本質が左翼政権であり屈中・媚韓が基本だった民主党が退場し、古代よりの名族・安倍氏の流れを汲む安倍晋三氏が首班になったのだから、是非とも“神意”を汲んだ政治への転換を図っていだきたい。国内外に敵対・抵抗勢力も多く、一歩一歩着実かつ安全策をとりながら進むべきではあるが、もう為すべきことはハッキリしている。
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為政者と国民とは別個のものに非ず、今世に日本人として生まれた民草一人ひとりにも、「神意」を伺うという姿勢が大切な筈である(先ず唯物論の撲滅が必要)。
 
そして為政者とは現政権のことだけを指すのではない。
 
我が日本国の象徴にして神祇の祭祀を司る者の長である処の「天皇」も亦、為政者である(否、本来は『天壌無窮の神勅』によって我が国を統べているのが天皇)。
 
窺い知ることが出来ないのは、今上陛下の慮りが「ご自身の譲位による“改元”で人心の一新を図る」処に有るか否か、そして「神意」を体現されようとしておられるか否か…ということ。
 
ただ単にお疲れ遊ばされて現東宮家に譲位されるだけ・・・なのかも知れないが、それでは「神意」に基づくものではなさそうであるし、だいたい現東宮家が即位すること自体が・・・おっと、ここから先は桑原桑原。
 
浅学非才の筆者が危惧するのは、「神意」を汲む姿勢も無い新年号=改元で、日本国が心機一転どころか更に困窮への道を辿るのではないかという一点なのである。
 
参考資料:
日本書紀、続日本紀、日本後紀、続日本後紀(講談社学術文庫)、六国史(吉川弘文館)、大日本史料(部分)ほか
 
正確性を期すため上記史料等を当たり、自家製「歴代元号一覧表」を作成して本エントリーを仕上げたため、5日間もかかってしまいました。今年は昨年よりもサクサクとブログエントリーを出すつもりでしたが、新年早々こんな有様です。
 
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