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私は、ラストシーンをあさの「死」と捉えましたが、(天国で再び会う)新次郎は、「いつでもそばにいる」と言い残して亡くなりましたよね。
そういう意味からすると、あのラストシーンは、その言葉どおり新次郎があさを見守り続けていたという事を表しているのでしょう。
「今日も、よくがんばりましたな」というセリフですからね。
これが、「今日まで、ようがんばりましたな」となると天国での再会に他ならないのですが。
だから、「今日も、よくがんばりましたな」ってのは、再会するときまで、新次郎は約束どおりずっと見守り続けてきたことを言ってるわけだし、そして、これからもずっと見守り続けるという事なのでしょう。
(このドラマは、史実をベースにしていますが、新次郎の死の6年後、あさは死にませんからね。とはいうものの姉のはつが生き続けてるのも史実と違うのですから、このラストシーンを天国での再会と解釈してもそれほど誤った解釈でもないとおもいますけどね)
二人とも若い姿で終わったのは、たとえ死んでも、たとえ体が老いても、魂は、若々しいままで生き続けてゆくものだという事を表現しているのでしょうし、新次郎が亡くなっても、二人の魂は若い頃と変わらず、繋がり続けているんだといった方が良いかもしれませんね。(成澤先生が、確か前に魂のことを語ってましたし、それが伏線だったのかなとも思いますね。)
『生と死というのはあまり違いはないのです。生があるから死があり、死があるから生がある
この2つは常にひとつのリズムとして我々の日常を流れています。
そしてこの身体はただの衣服であり、ほんとの身体はもっと奥にある。そしてそれは永久に滅びません。』 では、何故再会まで6年かかったのでしょうか。
おそらくは、その間も悲しみに暮れた日々の中、あさは、あさなりに耐えて頑張ってきたんだと思います。
別荘地の、ピクニックの話の中で、あさは大切なメッセージを後に続く人々に告げました。
「柔らかい心」、これが大切だと、本当に心を籠めて話したてましたね(それまでは話をする機会がなかったのかもしれません)、感極まって涙が流れ落ちるほど心を籠めて話をしたあさの「魂」を神様がキャッチし、あさをかわいそうと思ったのでしょうね、その「柔らかい心」を持った新次郎の「魂」とあさの「魂」が繋がり再び会えたのでしょうか。
ラストが、ファンタジーであれ、何であれ、このシーンは、間違いなく、美しいハッピーエンドでした。
こういう、いい余韻を残すTVドラマに出会えたのは本当に久しぶりです。良かったですね。
ヒロインのあさは、これからも私たちの心に残り続けるでしょう。
ま、色々解釈はありますが、このドラマが終わる事は本当に寂しいですね。
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