ぬるい特オタの備忘録

毎日、仕事中になんか歌が脳内再生されてます。その備忘録。

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オーメンかよ

ドンキホーテで買い物したら、majicaカードのチャージ残高が「666円」って出たんで「オーメンかよ」「いや、もとは悪魔の数字だっけ」「エンジェルナンバーとかも言ったっけ?」なんて考えながら帰宅。

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で、風呂上がりに体重計に乗ったら「66.6kg」だったんで、つい吹き出してしまったと。

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そんだけっす。

しかし、骨格筋レベルも「6」ってなぁ・・・まぁこれは体重計のメーカーで変わる数字か。

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悪霊退散!( ‘ᾥ’ )

オーメンって何回観ても怖がりどころというか、怖さと言うか
未だに良くわからないwww
だから目をつぶらないで観られる数少ないホラー映画だゎ(^ω^)

2018/7/15(日) 午前 0:51 ちび猫飯店

ぬこどん、オーメンは聖書を読んでへんかったら怖さが伝わらんかも。ぶっちゃけ「親の疑心暗鬼」だけの話やし、もしかしたらダミアンの父ちゃんが変人なだけかもしらんし。

ソコから「じんわり」来るんを楽しむ感じなんが良かってんけどなぁ…あの低予算の一作目だけで終わってたら良かったのに、思う…orz

2018/7/15(日) 午前 3:53 [ こーじぃ ]

これ、ヤバいんじゃないですか?
今まで眠っていただけで悪魔として覚醒すんじゃないですか?

((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

2018/7/15(日) 午前 7:12 ばいきんダディ

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あの〜眼、鼻、口がでたらめに配置された卵型の物体をお持ちじゃないですか?
「覇王の卵」と云うんですけど…

そも悪魔とは邪なモノとか間違ったモノで無く、キリスト教の教義に反するモノに
押し付けられた蔑称の様な気がします。
異なる存在、別の価値観を受け容れられない、認められない、そも「一神教」への信仰が頑なになると…こわいですね…

2018/7/15(日) 午後 3:09 [ light ]

ダディさん、たとえ悪魔として覚醒しても生きづらい世の中ですんで、ひっそり大人しくしてますよ。大丈夫 (^^;

2018/7/22(日) 午後 8:01 [ こーじぃ ]

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lightさん、誰がグリフィスやねん(笑)…って、ベルセルクで合ってましたよね?

悪魔の定義、言われたら確かに、キリスト教における「異端者」を悪魔と表現してるって感じですね。
私個人としては「宗教」そのものがどうにも受け付けないのですが、おそらくそんな私も「悪魔」と言われたんだろうなぁ…

2018/7/22(日) 午後 8:10 [ こーじぃ ]

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例えば形あるものを「工具」形無きものを「考具」と名付ける。
宗教と云うモノはその「考具」の一つだと思います。「工具」も「考具」も
人間が産み出した「道具」。「道具」と云うモノは、単独では性質は持たない、
使う人間がそれを与えるのだとかんがえます。

「宇宙」とか「古生物学」とか同様「宗教」も「哲学」も私は興味あるジャンルです。
尤も信仰心と云う意識は持ち合わさず、胡散臭いと云う偏見も無い知識としての興味ですけれど。

儒教、道教、キリスト教、等々そも真っ当な宗教は「幽霊」の存在を肯定しません。例えば「仏教」に於いては、そんなものは悟りとは無関係、居る、居ないの証明も出来ないものに惑わされる事を良しとしない。そんな事より「今」、「此処」を大切にしなさい、と云う立場です。―無記―
曖昧さを残しておく無理に白黒をつけない、この考え方私は好きです。「仏教」とか「老荘思想」とかは私の性に合っている様に思います。

受け付け難いのは「オカルト〜物語としては好きですけど〜」と「二元論」
かな?

2018/7/23(月) 午後 4:32 [ light ]

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lightさん、私が「宗教」を受け付けないのは、一言で言えば「人間の団体」だから、です。
仰るような「仏教」などの考え方は、おそらく「本来の考具」だと思いますが、なぜか人間が使うとビジネスの「大義名分」にしてしまって、結局は権力や利権、ステータス、ブランド、派閥といったところに結びついてしまう。

そこが気持ち悪いんです。

一休宗純とか、薬山和尚なんかもいいですよね。ああいう感覚なら理解できますし、そこに自然と人が集まった「団体」なら好きです。それと、エンターテイメントとしての宗教や神社仏閣も好きです。

あとそうそう。人の弱みにつけ込むという意味では、いわゆる「宗教」は「詐欺の道具」とも思ってます。古くは民を戦にかり出して「死ねば成仏できる」とか、最近だと「壺を買えば幸せになる」なんてのが典型例ですね。

2018/8/16(木) 午前 4:33 [ こーじぃ ]

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「一所懸命〜一生懸命は誤用〜」の言葉が示す様に洋の東西を問わず争いの争点は土地=場所、中東の何時果てる共知れない争いは「宗教」の大義名分を借りた土地争いですね。
イエスがキリスト=救世主と呼称される様になったのは彼の死後、当の本人はそもユダヤ教徒、彼の生存時。説いていたのは「オレのユダヤ教」だったと思います。
お経を記したのは釈尊の弟子達、釈尊は形に残る書物等は一切残して居りません。

最初期のお経「スッタニパータ」には「〈われは考えて、有る〉という〈迷わせる不当な思惟〉の根本をすべて制止せよ」と云う「我思う、ゆえに我あり」と真向対立する言葉が出て来ます。私とは詰まる処、脳である、魂なとは存在しないと云うのが現代の脳医学の立場だと思いますが、遥昔、仏陀が辿り着いた結論は同じものの様な気がします。此処まで来ちゃうとそも「宗教」と云う体が保てないでしょうけれど…

今の宗教の在り様を見た時に仏陀もイエスも口を揃えて「此れは私の説いた事では無い」と云うと思います。

2018/8/17(金) 午前 11:40 [ light ]

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こーじいさんのご意見拝聴しました。
「宗教」とは間違った使い方をされるととても危険と云うご意見には賛成です。けれどあくまで人の「使い方」の問題であって「宗教」と云う「道具」のせいでは無い、例えば「ジハード」とは「信仰の為の努力」を云うのであって「聖戦」を意味しないと1番嫌な思いをしているのはイスラムの人々だと思います。

「信仰すると幸せになる」「信仰しないから不幸になる」これ等はカルトの考え方であって私は「宗教」と「カルト宗教」は別物と考えています。
そも仏教はカースト制度の最下層、スードラを対象として始まったモノ、教育水準処か牛馬に等しい扱いの彼等に解く為には「物語」は必要だったと思いますが、そも真っ当な宗教はオカルトとは無縁のものです。本来「寺」とは出家の修行の場所、霊的な意味は介在しません。そも私は「宗教」については中立者、信仰と云う意識では無く知識にだけ興味が有る者、そも擁護者にはなり得ないんですけどね。
「宗教」に限らず「行き過ぎた信仰」はとても危険だと思います。サラリーマンが入信しなければならない「会社」と云うモノ、そこでの教義が「カルト」であったなら…

2018/8/17(金) 午後 0:03 [ light ]


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