今日は仕事をやりくりして14時26分に黙祷してて、ヒトによって「もう3年」と言う方と「まだ3年」と言う方がいるコトを思い出していました。復興がまだまだだという意味で「もう3年」と言うのならともかく、まるで思い出のように「もう3年」と言う上役がいるのが情けなかったんです。
阪神淡路大震災の経験を、もう忘れたのかと。とはいえそういう私も、昨年の5月に宮城に行ってなかったら、もしかしたら「もう3年」と思い出のように言ってしまっていたかもしれません。
ずっと大阪に住んでいて、やれグランフロントだやれハルカスだと浮かれているのも事実です。なので、昨年とても書くことができなかった被災地の様子を、私自身のために書き留めておきます。
2013年5月4日〜5日は、石巻駅からマンガロード、石ノ森萬画館、ホエールランド、また移動途中の数え切れない場所に積み上げられた瓦礫と、まだまだそこかしこに残る災害の痕跡を見る度に、やりきれない思いでいっぱいになっていました。
4日の石巻。基礎だけが残っている区画は数え切れないほど。すっぽりと1階が無くなっている建物もあちこちにありました。明らかに支え合っていただろう隣家が無くなってしまった建物もあったり、その壁に、赤スプレーで無造作に書かれているのは整理番号なんだろうな。。。萬画館のすぐ近くの欄干が曲がっているのもたぶん津波の影響によるものだろうと思われました。
過去、阪神淡路大震災でも、2年目や3年目なんてまだまだ「復興」なんて言葉とはほど遠い状況でした。だから、石巻もまだまだこれからなんだろうなとは思っていましたが、やはり目の当たりにすると、地震だけではない被害の大きさに、やりきれない気持ちが出てきてしまいます。
でも、震災復興の仕事に携わって調査していた当時の須磨・長田・灘よりも、石巻の方が、街も人も活気はあるように感じました。
なんだか、現実を受け止めた上で乗り越えていこうとしているような、力強さや頼もしさまで感じました。しょげていた私の方が元気づけられたように思います。
5日は、震災前から行ってみたいと思っていた「おしかホエールランド」に行きました。クジラって好きなんですよ。和歌山・太地町の「くじらの博物館」にも行ったくらい。
残念ながら廃止が決定したとのことですが、だったら今の姿だけでも見ておきたいと思ったんです。でも、到着した瞬間から言葉が出せなくなってしまいました。
所狭しと お店があったという場所
この位置から、右上の捕鯨船は見えなかったそうです
廃止が決まって取り壊し中のホエールランド
周囲に張られた目隠し幕の隙間から
海側の看板は剥がれ落ち、建物周辺のアスファルトはひび割れ、ガラス越しですが2階廊下の天井まで被害があったのがわかります。割れたままの窓から見える内部はスッキリしていたので、もう整理し始めていたんだと思います。
湾に2本ある、波の上でクジラが泳いでいるモニュメント。遠目には綺麗に見えたのですが、近づくとけっこう上の方にまで、普通の経年変化では見られない傷がありました。写真では撮れてませんが、やはりダメージを受けたんだろうと思います。
ただこれでも、かなり整理されていて平地になっているだけでも・・・後日、震災翌日の同じ場所の写真を見たのですが、文字通り瓦礫を乗り越えていかなくてはならなかった状況からすると、まだ「移動できるだけいい」のかもしれません。
ここでもしょげこみそうになりましたが、金華山へ渡ろうとする方々の船便待ちの行列や、賑わっていた屋台から元気を頂きました。もう皆さん、よく喋ること(笑)あとむすび丸ARカメラの花壇も見つけましたし(このときはケータイがスマホじゃ無いので試せませんでした)
行き帰りの道程でも、平地は更地で少し高台にだけ家があるという風景ばかりでした。山間を走ると、広場には必ず、うずたかく積み上げられた瓦礫がありました。
呆然としたり、落ち込んだりしてばかりでした。今は、このときよりも少しでも復興が進んでいてくれればと思います。私も、阪神大震災のときのように頻繁に伺ったり支援したりはできませんし、情報も主にTVや個人のブログなどで知るしか手段がないのが心苦しいです。
復興が順調に進めばいいなと思います。