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花園橋

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みなさま こんばんは

よく友達から 『お前、車買わないの?』 と聞かれるのですが 『今は要らねぇ』 と答えています(^_^;)ナンノコッチャ?


さて、先日も悪友との用事を済ませたあと、市内を徘徊し立ち寄ったのが花園橋です☆









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現在の花園橋は3代目









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かつて、この花園橋が架かる前は『第一水天宮裏隧道』があり、現在のような’切り通し’になったのは

※明治26年頃で、それと同時にトンネルの上にあった道路の代わりに初代花園橋が架けられています。


(※市立博物館に展示している明治24年の地図を見るとトンネルと道路が描かれていて、明治26年の

地図にはトンネルは見当たらず、水天宮へ向かう道路が描かれている。)



さらに、明治43年から昭和18年まで手宮線の方が複線で、現在の函館本線は単線という歴史もあり

昭和39年完成の高架工事に伴って、函館本線が複線に手宮線が単線という現在の姿になっています。









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花園橋は明治26年頃の初代にはじまり、大正12年8月と昭和37年12月の2度の架け替え工事を経て

現在に至っているのですが、この橋も今年で56歳









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じっくり観察すると、厚さ15mmほどの鋼板を幾重にも重ね、それを無数の鋲(リベット)で組み合わせた

構造になっていますので、陸地で完成させた橋をクレーンで架けたのでしょうね。









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橋の欄干の一部は鋼板を曲げて仕上げていて、かなりの技術と労力を費やしたことが容易に想像できます。

(↑「熱と力は角に集まる」の法則に従って丸くしたのかも知れませんね・・・)









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高温に熱して赤くなった鋲を丸く窪んだ型で一つ一つ打ち付ける作業を繰り返して鋼板を組み合わせる

のですが、ざっと観察したなかで数個の鋲に手元が少しずれた痕跡があるだけで、その他は見事な球体に

打ち付けています。









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花園橋入り口に建てられたガードレールの支柱には、コンクリートの基礎柱に御影石の平板を貼り付け

水天宮の参道として劣らない立派な作りに仕上がっていたのですね・・・









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風雪にさらされ少々傷みも目立ちますが、これもまた歴史を感じる’味’の一つ


ちなみに、数人の知人に取材をしたのですが、架け替え工事の様子を覚えている人は居ませんでしたが

昭和31年に色内小学校で発生した大火(石山中学を含む216戸焼失)の様子が、ここ花園橋からはっきり

見えたので、ずっと見ていたそうです。


『今みたいな立派な橋ではなく、当時は木造の’ただの橋’って感じだったよ』









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最後に、歴代の花園橋に比べ、現在の花園橋は少し道幅が狭くなったと想像できます。


写真でも解るように、道幅を絞る様なガードレール、そして橋の向こう側にある一段低くなった

花園交番の地形を見ると、高架工事に伴い橋の高さを増しての架け替えが必要になったという

理由までもが見えてきました。








〜おまけ〜

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完全に蛇足ですが、光るモノに反応してしまう習性がありますので(^^ゞオヤスミナサイ

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ちょっと歩くだけで趣きのある風景があるのは素敵ですね。
車など乗り物に乗っていると見過ごしてしまう景色ですね。

2017/6/12(月) 午後 9:22 てぃこま 返信する

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てぃこまさん!小樽は明治から劇的に発展したので
あちこちにその痕跡が残っているのですが、かなり
マニアックな世界ゆえ、観光ネタには厳しいかと(^^ゞ

小樽の町を歩きつつ、20年ぶりの小樽の移り変わりを
更新しながら、今後もちょいちょい特集記事を投稿します☆

2017/6/15(木) 午前 0:14 hkotsw 返信する

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