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人生初の腰痛

ごめんなさいね、冗長な文章です。



初めて腰痛になりました。

2・3週間前からです。


放っておいたら、鎮まるかと思っていたら、
次第にひどくなってきました。

うむ。
これを、腰痛と言うのか・・・。

慢性化しそうです。


加えて、睡眠障害もひどくなるばかりで・・・。
休日など、20時間以上、寝続けます。
時々、トイレで起き上がることがあったりします。
休日に寝だめする一方で、普段の熟睡感はありません。




もう、ボロボロ。


健康管理を問われれば、
明らかに、鉄分不足の食生活です。


肉とか魚とかは、ほとんど食べません。
理由は、面倒だから。
食べたいと思ったら、食べるのでしょうが、食べたいとは思いません。

先日の飲み会、
刺身の盛り合わせが余っていて、
もったいないので、食べましたが、
思えば、赤身を避けてしまった・・・。
赤身こそ食べるべきなのに・・・。
赤身が嫌いなわけじゃないのに。。。



食欲と健康管理が一致していません。



体重は、たぶん、増えました。


筋肉が減って、脂肪が増えたのでしょう。




    老化だぁ・・・・・・・・・・



接骨院とか、行ってみようかな。
どれくらいの費用がかかるのだろう?

職場のバレンタインデー

私を含めて、ほとんどが非正規社員の職場。

非婚率の高さといったら、ものすごいもので、95%以上。
しかも、恋人いない歴20年以上=95%?
ってなくらいであります。


こんな職場なので、
バレンタインデーごときで、
胸騒ぎなんてことはないはずなんですが、

例年、女従業員から、男従業員への、
プチ・バレンタインデー・プレゼントをやっています。

今年は、私が、購入担当となりました。
担当するのは2回目なので、結構、面倒だということは知っていての、引き受けです。

 個包装のチョコレート菓子を
 100円ショップで売っている、
 透明袋につめて、
 会社のプリンタで印刷したメッセージ紙片と一緒に詰めて出来上がり。

というプレゼントです。


予算やら、諸々を、購入以外の担当女子と相談しましたが、
彼女が、「ファミリー・パック的なのを5セット買えば足りる」とか言うので、
そうしましたら、


  足りなかったよ〜!!!!!


思えば、前回担当の時には、中身の個数を数えて、買っていたっけ。。。
余裕もって、もう1袋買っておくべきだった。。。

 私って、ダメな奴。
 
 あー、面倒くさ・・・。

 明日、買い足さなくちゃならないし、
 「まだ、出来上がってないの?」とお局に言われちゃうよ。
 

 安請け合いするんじゃなかった・・・。


でもね、
彼女いない歴=年齢or20年の同僚男性従業員たちは、
結構喜んでくれるんです。

だから、ちと、頑張りますわ。
■なぜ課長はアンケート用紙を渡したのか 「役所の常識」は非常識
2/5(火) 8:13配信 _ITmedia ビジネスオンライン

 千葉県野田市で小学4年生女児が父から日常的に暴力を受けて亡くなった事件で、野田市教育委員会・学校教育部次長兼指導課長の「対応」が厳しい批判にさらされている。

 女児は小学校で実施された「いじめアンケート」で、父からの暴力を相談していたが、そのアンケートのコピーを、この課長の「現場判断」で、事もあろうに「加害者」である父に手渡していたことが明らかになったからだ。

 当初、教育委員会は「娘のアンケートを見せろ」という父の要求を突っぱねていた。しかし、「大きな声でどう喝され、威圧的な態度に恐怖を感じ」たことに加え、子どもの字で書かれたような「同意書」を持参してきたことからコピーを差し出したという。

 このアンケートには「ひみつはまもります」と書いてあった。だからこそ、女児は安心して自分の名前を明記したうえで、「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」という相談ができたのである。

 その信頼が「現場判断」によって裏切られてしまった。しかも、それだけではなく、この軽はずみな行動によって、事態が悪化した恐れもあるのだ。

 ストーカーやDV男は相手が警察や専門機関へ駆け込むのを知ると、逆上して暴力がエスカレートするケースが多い。さらに強い恐怖や痛みを与えて、「二度とおかしな気を起こすな」「今度チクったらこんなもんじゃ済まないぞ」と脅して、「口封じ」をするためだ。

 今回の女児も同じように追いつめられていた可能性は否めない。

 このトラブル後、女児の学校は同様の「アンケート」が2回実施されているが、彼女が父の暴力について記すことは二度となかった。が、1月24日、自宅で亡くなった女児の遺体には、複数の皮下出血があり、首には擦り傷もあったという。父の暴力は亡くなる直前まで続いていたのだ。

 どうにかしてと誰かに助けを求めてもすぐにお父さんにバレてしまう――。そんな絶望に打ちひしがれ、たったひとりで暴力に耐えなくてはいけなくなったのだ。


 自分たちで解決できなければ「評価」が下がる

 という話を聞くと、「こんな愚かな現場判断を下す課長は、きっと子どものことなど何も分からない素人に違いない」と思うかもしれないが、どうもそうではないらしい。

 野田市に問い合わせをしたところ、課長の経歴などは詳しく明かせないものの、「教育委員会の仕事は教職員経験がある者がなり、この課長も教育現場でそれなりに経験がある」という。ちなみに、野田市内の中学の公式Webサイトをみると、課長と同姓同名の人物が2014年(平成26年)から3年間、校長を務めている。

 では、「それなりの経験のある教育者」が、なぜ素人でも分かるようなひどい対応をしてしまったのか。なぜ上司に報告をせず、学校や児童相談所とも連携して対応をしなかったのか。どう喝で恐怖を感じたというのなら警察に相談するなどの選択もあったはずだ。

 「この課長の人間性の問題でしょ」「明石市の市長が怒鳴っていたみたいに、仕事しないでサボる役所の人間が多すぎるんだよ」など、皆さんさまざまな辛辣(しんらつ)なご意見があることだろう。

 ただ、これまで何人かの市長や地方公務員の方たちの著書を手伝った関係で、いろいろな役所の裏側を目の当たりにしてきた立場から言わせていただくと、この課長のやったことは、世間的には非常識だが、行政組織の中ではそれほど驚くことではない。

 役所の人間というのは総じて、トラブルを自分だけで抱えこみがちだ。他部署と連携して解決するのを極度に嫌うカルチャーがあるのだ。

 なぜかというと、まず、自分たちのところで解決できなければ評価が下がる。そこに加えて、他部署を動かすことは、関係各所へ事前に綿密な根回しが必要となる。役所内の人間関係やパワーバランスを考慮しなくてはいけないので、とにかくめんどくさいのだ。

 だが、中でも最も連携を嫌う理由が「責任」だ。


 役所で生きる人々の「連携を嫌い、問題を抱え込むセクショナリズム」

 他部署と連携してトラブルが解決できればよいが、もし連携をしたものの望むような成果が得られなかったら、誰が責任を負うのかという問題がある。他部署になすりつけるわけにはいかないので当然、言い出しっぺが負わねばならない。場合によっては「面倒な話に巻き込むな」とお叱りを受ける場合もあるのだ。

 「責任」というのは、親方日の丸で定年退職まで安穏と暮らしたい役所の人間にとって、最も避けて通りたい2文字なのだ。

 今回の小学4年生女児のアンケート問題に関しても、我々外野の人間からすれば、「そんなもん警察を呼んでガツンと対応しろ」とか「教育委員会にあげて対応を協議しろ」というのがパッと頭に浮かぶが、「役所」という閉鎖されたムラ社会に肩までどっぷり浸かった課長からすれば、なかなかそのような発想は出なかったはずだ。

 親からのどう喝で、教育委員会が警察を動かすことは「大事件」である。警察だって猫の手を借りたいほど忙しい。そんな彼らを呼びつけるわけだから当然、そこには大きな「責任」が生じる。こうなる前に穏便に解決できなかったのか。今後もしこの親との対立が続いた場合、誰が対応をしていくのかなど、「大事件」にした張本人――つまり、担当課長は「戦犯」としてつるし上げられるのは目に見えている。

 そんな袋小路に追い込まれた担当課長が、怒り狂う父に女児のコピーを差し出したのは、個人的には非常に納得感がある。

 日本の学校教育の「現場」で起きるトラブルの多くは、「親と対立しない」「親の怒りを鎮める」ことで、事態の収束を図れることができるからだ。

 つまり、今回の問題の本質は、担当課長の人間性うんぬんというよりも、役所で生きる人々の「連携を嫌い、問題を抱え込むセクショナリズム」にあるのだ。

 「そんなのはお前の妄想だ、ウチの役所は他部署となんでも話し合っていつも連携して、セクショナリズムなんて感じたことがない!」と怒る公務員の方も大勢いらっしゃると思うが、今回の舞台となった野田市の過去を振り返るだけでも、役所という組織がセクショナリズムを克服できないことがよく分かる。


 判断が難しい」というのは、役所内の話法

 一般の人にはちょっと分かりにくいかもしれないが、ここに出る「判断が難しい」というのは、役所内の話法である。

 「私の責任問題に発展してしまう恐れがあったので、めんどくさい判断はしたくなかった」ということをオブラートに包むとこうなる。

 このようなセクショナリズムが13年経過した今も野田市に脈々と受け注がれているのは、今回の「担当課長」の言動からも明らかである。

 野田市だけでもこの有様だ。ということは、日本中の市町村でも多かれ少なかれ似たような構造的問題があると考えるのが自然なのではないか。

 マスコミが瞬間風速的にわっと騒いで、忘れられていくことの繰り返しなので、このように行政に見殺しにされる児童虐待を、何やら最近の現象と勘違いしている人が多いが、実は戦前からこういう問題は繰り返されている。

 親に「しつけ」の名目でボコボコにせっかんされた子どもが「助けて」と訴えながら死んでいく。そのたびに、手を差し伸べなかった役所は、「難しい判断だった」なんてしおらしい態度を見せるが、セクショナリズムを打破するような組織づくりには着手しない。

 世間も悲劇の直後は「もっと連携を」「届かなかったSOS」とか感情的に叫ぶが、喉元過ぎればなんとやらで、なぜ全国の役所で同じような悲劇が続発するのかを、真剣に検証しようとしない。

 この繰り返しが延々と続いてきたのである。


 虐待問題の専門機関を設けること

 なぜ「助けて」と訴える子どもたちがいつまでたっても救われないのか。なぜ「連携」を呼びかけても、いつまでたっても実行されないのか。

 問題の根っこに、「連携を拒否する」という公務員カルチャーがあるのは明らかだ。ということは、やるべきことは、個人を糾弾したり、連携強化を呼びかけたりするのではなく、「組織」に目を向けるべきではないのか。

 つまり、この問題を解決するのに必要なのは、「関係機関の蜜な連携」ではなく、「関係機関のセクショナリズムを打破できる強い権限を持った組織」である。

 もちろん、その権限は、「親が子どもをどう育てようが勝手だろ」と、子どもを所有物のように扱う者たちの親権を上回る強さがなくてはいけない。

 専門家の中には「こども省」のような独立機関を設けて、全国を統括して虐待問題の専門部署をつくるべきという人がいる。筆者も全く同感で、今回のように、沖縄から千葉へ高飛びするような「越境虐待」にも対応できる。

 ということを主張すると、やれ人手不足だ、やれ人材育成が難しい、予算はどうしたとか、家庭の問題に行政が口出しするなんてとか、あの手この手で反対が入るが、子どもが減っていく今の日本では、子どもを守ること以上に重要なことがあるのか。

 行政のセクショナリズムが起こした人災を、「届かなかったSOS」みたいなふわっとした話で片付けるのはもうやめにしないか。

(窪田順生)ITmedia ビジネスオンライン


 心愛さんには、何の落ち度もない。
 きっと、出来うる限りのすべてのことをしただろう。
 なのに、この社会は、助けなかった。
 
 1度でなく、何度も何度もチャンスがあったにもかかわらず、
 解決とは反対の方向に、対応されてしまったことが、悔やまれる。


 さて、この記事の視点、
 役所全体、日本社会全体の体質に目を向けている点に、同感である。


 「責任を取りに行くことがカッコイイ」

 ではなくて、

 全く逆の、

 「責任を取ってまで わざわざ新しいことするのは 周囲に迷惑」

 という考え方。

 学生の頃は持っていたかもしれない「使命感」なんて考え方は、
 もはや忘却の彼方。


 私の職場にもある。
 思えば、私の親も、そういう考え方だった。


つまり、この問題を解決するのに必要なのは、「関係機関の蜜な連携」ではなく、「関係機関のセクショナリズムを打破できる強い権限を持った組織」である。


もちろん、その権限は、「親が子どもをどう育てようが勝手だろ」と、子どもを所有物のように扱う者たちの親権を上回る強さがなくてはいけない。

 
 こういうことの実現には、カリスマ的な指導者が必要なのかもしれない。

 
■不良しながら麻布→東大→興銀 仕事3つかけ持ち、51歳で「人は変われる」と悟る
1/29(火) 6:11配信 NIKKEI STYLE


 ヤフーアカデミアでのリーダー育成のほか、スタートアップ支援、プレゼンテーション指南の三本柱で活躍する伊藤羊一氏(51)。意外なことに、自身の人生に真に目覚めたと実感したのはつい半年前だという。麻布中学・高校(東京・港)から東京大学、日本興業銀行(興銀)と、華やかに見える経歴からは想像しにくいが、高校からの約10年は鬱屈とした日々を過ごす。しかし、この時期があってこそ、「人は変われる」「フラットな関係」という2つの揺るぎない価値観を築けたと話す。


高1のとき、得意だったテニスから離れた。

 麻布中学ではテニス部に入りました。それとは別にテニススクールのジュニアチームや地元のクラブにも入って毎日テニスをしていて、けっこう強かったんです。全国大会にも出ました。ところが学校のテニス部は10分ぐらいしか打てなくて、あとはずっとボール拾いなどであまり面白くない。週に2〜3回出なければいけないところ1回しか出なかったんですね。そしたらテニス部をクビになっちゃった。高1のときのことです。自由な学校でしたが、チームとしての規律は守れ、ということでしょうね。
 さらに間が悪いことに地元のテニスクラブで一緒だった彼女にふられるんです。大ショックで、競技から離れてしまいました。このときから何となく落ちぶれていく。要は不良になっていくわけです。
 高校でバンドはやっていましたが、これも中途半端。遊びに行ったり女の子をナンパしたり。その瞬間は楽しいけれど、刹那的ですよね。どこか斜に構えて、真面目に生きることを放棄してしまったという感じです。中高時代は勉強にしろスポーツにしろ遊びにしろ、熱中することが大事なんでしょうが、それすらあきらめてぼーっと生きていました。本当に「無」ですね。

 成績も落ちてきて一浪しました。さすがに浪人時代の1年は狂ったように勉強しましたが、このときも人生について深く考えることはありませんでした。東大を受けたのも「周りの友達が受けているから」というだけで、何のためにとかは考えなかった。就職したのもちょうどバブル絶頂期の1989年。斜に構えたままで社会人になれたわけです。

 でも「やってらんねーよ」なんて言っていられるのは学生まで。新卒で興銀に入った後、そのままでは当然、ついていけなくなります。3年ぐらいかけてじわじわと傷んできて、26歳のときにとうとう会社に行けなくなりました。そのときは、たまたまお付き合いのあった取引先の案件があって、周りの助けで何とかやれた。それで運よく立ち直れたんです。ようやく「真面目に生きないといけないんだ」と目覚めました。その後は遅れを取り戻したいという気持ちもあり、求められた内容の120%の結果を出そうとがむしゃらに仕事をしました。


与えられた仕事をひたすらこなす時期を経て、「志」が見えてきた。

 仕事の実績もできてきて、30代半ばで縁あって(文具大手の)プラスに移りました。銀行で企業の後方支援をやったので、今度は事業そのものをやってみたかったこともあり、まったく経験のない物流を担当します。このとき訳のわからなかった物流の構造を一から学んで、半年くらいかけて自分なりに整理して「見える化」したんです。これが結果的に物流のコスト削減やシステム作りに役立って、評価された。この経験が自信につながったと思います。

 自分の経験に基づいて血肉にして、それを人に伝えれば説得力を持つ。どうすれば仕事の結果を出せるかも分かり始め、しかもこの結果というのは対象の人が幸せになることなんだ、という気づきもありました。この後、東日本大震災が起き、毎日決断を迫られるなかで「リーダーシップとは何か」を学ぶ、という経過をたどりました。

 26歳の最初の気づきからいくつか段階を経てきたわけですが、自分の人生に本当に目覚めたのは半年前、51歳になってからです。2015年にヤフーに入社して、今はリーダーシップ開発とスタートアップのサポート、プレゼンテーション指導の3つが仕事の軸になっていますが、始めた経緯はそれぞれバラバラです。

 リーダーシップ開発は、グロービス(経営大学院)のMBAプログラムでリーダーシップ科目を教えていたらヤフーアカデミアを作るから来てくれと言われ、スタートアップのサポートはプラスで新規事業を担当していろんなところに呼ばれるようになりました。「自分はこれだ!」と言ってやってきたわけではないんですよね。

 それが半年前、ある人から「羊一さんのやりたいのってこれじゃない?」と言って「ステーションF」というフランスの実業家が出資して作った、世界最大級のインキュベーション施設の写真を見せられたとき、3つの軸がビビっとつながったんです。リーダーシップ開発で自身が目覚め、それをインキュベーションで形にし、プレゼンで伝える。これは一連の流れなんだ、と。

 僕がやりたいことはまさにこれだと感じた瞬間、「あ、志ってこういうことなんだ」と分かったんです。そうすると何が起きるかというと、朝起きる時間が変わるんです。

 これまで、一生懸命仕事はしているけど目覚ましが鳴って「今日あの会議の後あれやって、これやって。体力持つかな」とか考えると、起きるのが嫌になってもっと寝ていたくなった。だから、まず寝床で犬猫動画とか見て「ああ、かわいいな、かわいいな。さあ癒されたから起きるか」って起きてました。

 10分か20分ぐらい見てましたね。それが自分の志が見えてからは、犬猫動画を見なくても5時に起きちゃう。今日が始まるのが楽しみ、という感覚です。51年生きてきて「いや、こんな楽しく生きられるって、もう。早く言ってよ!」みたいな(笑)。


自身の経験から、多くの人に「どうにかなるよ」と伝えたい。

 高校のときから20代までダメな自分だったのが少しずつ変わっていって、いま大事にしている価値観は「人は変われる」ということと「フラットな関係」です。成長したいと思いつつ、もがいている人がいたら「人は変われるよ」と伝えて、エネルギー、必要なスキル、想いを蓄える手伝いをしたい。もしも高校時代の自分にいま会えたら「大丈夫だよ」と言いたい。迷っている時期に相談に乗ってくれる人がいたらよかったというのが、自分の経験からあります。だから、あれこれ教えるのではないけど、寄り添うということは大事にしています。これは究極の自主、自由だった麻布とはちょっと違うところかもしれません。

 フラットな関係というのは、上下なく、相手のありのままを受け入れるということです。自分が落ち込んで仕事ができなかったとき、めちゃくちゃに怒られたり馬鹿にされたりという経験がありました。仕事についてはきちんと評価すべきですが、人間性とは関係ないはず。麻布でも、遊んでいる人が勉強している人を「ガリ勉」と馬鹿にすることはないし、成績優秀な人ができない人を馬鹿にすることもない。それぞれの軸をお互い尊重していました。

 自分が経験したから「人は相当変われる」と言えるし、人の痛みも、フラットな関係が大事だともわかる。過去という材料、過程があるからこそ今の自分があると思っています。ヤフーアカデミアのウェイ(理念)を「Free、Flat、Fun」という言葉で定義していて、これは自由に学び、偉い人もそうでない人も対等で、楽しい、ということです。

 考えてみると、これって麻布そのものなんですよね。高校を卒業して30年以上経って、また戻ってきている感じです。当時の先生に「今頃分かったか」とか言われそうで、なんか悔しいですけどね。でも、麻布の経験がなかったら人生変わっていただろうな、と思います。

(ライター 高橋恵里)NIKKEI STYLE


 自分のありのままを受け入れる。

 偉い人もそうでない人も対等。

 自由に学んでよい。

 私も楽しめる。

 自分を尊重できるかな。
 
 
 私は、
 大人になってから、
 数多くのコンプレックスに気づいてしまった。
 身体的なことや育った家庭環境のことなど。
 自分はダメなんだということが、日増しに見えてくる。

 そして、何年も経過。
 
 近頃の口癖は、
 「子供の頃は、私だって、幸せだったのに。」



 でも、
 この、記事を読んで、少し勇気が湧いた。
 

 身体的な不具合は、仕方のないこと。
 病気になってしまった人や、
 事故で大きな後遺症を持ってしまった人だっている。
 私の身体的不具合なんて、
 顔に個性があるのと同程度かもね。
 経験的コンプレックスも、
 別に、悪影響ばかりじゃないのかもしれないし。


 こう書いても、
 この記事が、なぜ、私の心を打ったのかは、
 はっきりしないね。


 なんだろ・・・。


 まぁ、とにかく、
 私も、大丈夫かもしれないってこと。

 
   
 

  新年 明けまして おめでとうございます


  平成最後の新年ですね。


  ささやかな、というか、拙い目標をば。

   1年ほど前からですが、
   老いのせいか、
   熟睡できなくなり、
   暇さえあれば、日中にも眠る為、
   時間の感覚がおかしくなりました。
  
   そんなこんなの睡眠障害が続いていますが、
   春までには、
   つまり桜が咲くころまでには、
   治したいと思います。


  前進できる1年となりますように。


  皆様も、よいお年を。

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