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ごめんなさいね、冗長な文章です。 |
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職場のバレンタインデー 私を含めて、ほとんどが非正規社員の職場。 非婚率の高さといったら、ものすごいもので、95%以上。 しかも、恋人いない歴20年以上=95%? ってなくらいであります。 こんな職場なので、 バレンタインデーごときで、 胸騒ぎなんてことはないはずなんですが、 例年、女従業員から、男従業員への、 プチ・バレンタインデー・プレゼントをやっています。 今年は、私が、購入担当となりました。 担当するのは2回目なので、結構、面倒だということは知っていての、引き受けです。 個包装のチョコレート菓子を 100円ショップで売っている、 透明袋につめて、 会社のプリンタで印刷したメッセージ紙片と一緒に詰めて出来上がり。 というプレゼントです。 予算やら、諸々を、購入以外の担当女子と相談しましたが、 彼女が、「ファミリー・パック的なのを5セット買えば足りる」とか言うので、 そうしましたら、 足りなかったよ〜!!!!! 思えば、前回担当の時には、中身の個数を数えて、買っていたっけ。。。 余裕もって、もう1袋買っておくべきだった。。。 私って、ダメな奴。 あー、面倒くさ・・・。 明日、買い足さなくちゃならないし、 「まだ、出来上がってないの?」とお局に言われちゃうよ。 安請け合いするんじゃなかった・・・。 でもね、 彼女いない歴=年齢or20年の同僚男性従業員たちは、 結構喜んでくれるんです。 だから、ちと、頑張りますわ。
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■不良しながら麻布→東大→興銀 仕事3つかけ持ち、51歳で「人は変われる」と悟る
1/29(火) 6:11配信 NIKKEI STYLE ヤフーアカデミアでのリーダー育成のほか、スタートアップ支援、プレゼンテーション指南の三本柱で活躍する伊藤羊一氏(51)。意外なことに、自身の人生に真に目覚めたと実感したのはつい半年前だという。麻布中学・高校(東京・港)から東京大学、日本興業銀行(興銀)と、華やかに見える経歴からは想像しにくいが、高校からの約10年は鬱屈とした日々を過ごす。しかし、この時期があってこそ、「人は変われる」「フラットな関係」という2つの揺るぎない価値観を築けたと話す。 高1のとき、得意だったテニスから離れた。 麻布中学ではテニス部に入りました。それとは別にテニススクールのジュニアチームや地元のクラブにも入って毎日テニスをしていて、けっこう強かったんです。全国大会にも出ました。ところが学校のテニス部は10分ぐらいしか打てなくて、あとはずっとボール拾いなどであまり面白くない。週に2〜3回出なければいけないところ1回しか出なかったんですね。そしたらテニス部をクビになっちゃった。高1のときのことです。自由な学校でしたが、チームとしての規律は守れ、ということでしょうね。 さらに間が悪いことに地元のテニスクラブで一緒だった彼女にふられるんです。大ショックで、競技から離れてしまいました。このときから何となく落ちぶれていく。要は不良になっていくわけです。 高校でバンドはやっていましたが、これも中途半端。遊びに行ったり女の子をナンパしたり。その瞬間は楽しいけれど、刹那的ですよね。どこか斜に構えて、真面目に生きることを放棄してしまったという感じです。中高時代は勉強にしろスポーツにしろ遊びにしろ、熱中することが大事なんでしょうが、それすらあきらめてぼーっと生きていました。本当に「無」ですね。 成績も落ちてきて一浪しました。さすがに浪人時代の1年は狂ったように勉強しましたが、このときも人生について深く考えることはありませんでした。東大を受けたのも「周りの友達が受けているから」というだけで、何のためにとかは考えなかった。就職したのもちょうどバブル絶頂期の1989年。斜に構えたままで社会人になれたわけです。 でも「やってらんねーよ」なんて言っていられるのは学生まで。新卒で興銀に入った後、そのままでは当然、ついていけなくなります。3年ぐらいかけてじわじわと傷んできて、26歳のときにとうとう会社に行けなくなりました。そのときは、たまたまお付き合いのあった取引先の案件があって、周りの助けで何とかやれた。それで運よく立ち直れたんです。ようやく「真面目に生きないといけないんだ」と目覚めました。その後は遅れを取り戻したいという気持ちもあり、求められた内容の120%の結果を出そうとがむしゃらに仕事をしました。 与えられた仕事をひたすらこなす時期を経て、「志」が見えてきた。 仕事の実績もできてきて、30代半ばで縁あって(文具大手の)プラスに移りました。銀行で企業の後方支援をやったので、今度は事業そのものをやってみたかったこともあり、まったく経験のない物流を担当します。このとき訳のわからなかった物流の構造を一から学んで、半年くらいかけて自分なりに整理して「見える化」したんです。これが結果的に物流のコスト削減やシステム作りに役立って、評価された。この経験が自信につながったと思います。 自分の経験に基づいて血肉にして、それを人に伝えれば説得力を持つ。どうすれば仕事の結果を出せるかも分かり始め、しかもこの結果というのは対象の人が幸せになることなんだ、という気づきもありました。この後、東日本大震災が起き、毎日決断を迫られるなかで「リーダーシップとは何か」を学ぶ、という経過をたどりました。 26歳の最初の気づきからいくつか段階を経てきたわけですが、自分の人生に本当に目覚めたのは半年前、51歳になってからです。2015年にヤフーに入社して、今はリーダーシップ開発とスタートアップのサポート、プレゼンテーション指導の3つが仕事の軸になっていますが、始めた経緯はそれぞれバラバラです。 リーダーシップ開発は、グロービス(経営大学院)のMBAプログラムでリーダーシップ科目を教えていたらヤフーアカデミアを作るから来てくれと言われ、スタートアップのサポートはプラスで新規事業を担当していろんなところに呼ばれるようになりました。「自分はこれだ!」と言ってやってきたわけではないんですよね。 それが半年前、ある人から「羊一さんのやりたいのってこれじゃない?」と言って「ステーションF」というフランスの実業家が出資して作った、世界最大級のインキュベーション施設の写真を見せられたとき、3つの軸がビビっとつながったんです。リーダーシップ開発で自身が目覚め、それをインキュベーションで形にし、プレゼンで伝える。これは一連の流れなんだ、と。 僕がやりたいことはまさにこれだと感じた瞬間、「あ、志ってこういうことなんだ」と分かったんです。そうすると何が起きるかというと、朝起きる時間が変わるんです。 これまで、一生懸命仕事はしているけど目覚ましが鳴って「今日あの会議の後あれやって、これやって。体力持つかな」とか考えると、起きるのが嫌になってもっと寝ていたくなった。だから、まず寝床で犬猫動画とか見て「ああ、かわいいな、かわいいな。さあ癒されたから起きるか」って起きてました。 10分か20分ぐらい見てましたね。それが自分の志が見えてからは、犬猫動画を見なくても5時に起きちゃう。今日が始まるのが楽しみ、という感覚です。51年生きてきて「いや、こんな楽しく生きられるって、もう。早く言ってよ!」みたいな(笑)。 自身の経験から、多くの人に「どうにかなるよ」と伝えたい。 高校のときから20代までダメな自分だったのが少しずつ変わっていって、いま大事にしている価値観は「人は変われる」ということと「フラットな関係」です。成長したいと思いつつ、もがいている人がいたら「人は変われるよ」と伝えて、エネルギー、必要なスキル、想いを蓄える手伝いをしたい。もしも高校時代の自分にいま会えたら「大丈夫だよ」と言いたい。迷っている時期に相談に乗ってくれる人がいたらよかったというのが、自分の経験からあります。だから、あれこれ教えるのではないけど、寄り添うということは大事にしています。これは究極の自主、自由だった麻布とはちょっと違うところかもしれません。 フラットな関係というのは、上下なく、相手のありのままを受け入れるということです。自分が落ち込んで仕事ができなかったとき、めちゃくちゃに怒られたり馬鹿にされたりという経験がありました。仕事についてはきちんと評価すべきですが、人間性とは関係ないはず。麻布でも、遊んでいる人が勉強している人を「ガリ勉」と馬鹿にすることはないし、成績優秀な人ができない人を馬鹿にすることもない。それぞれの軸をお互い尊重していました。 自分が経験したから「人は相当変われる」と言えるし、人の痛みも、フラットな関係が大事だともわかる。過去という材料、過程があるからこそ今の自分があると思っています。ヤフーアカデミアのウェイ(理念)を「Free、Flat、Fun」という言葉で定義していて、これは自由に学び、偉い人もそうでない人も対等で、楽しい、ということです。 考えてみると、これって麻布そのものなんですよね。高校を卒業して30年以上経って、また戻ってきている感じです。当時の先生に「今頃分かったか」とか言われそうで、なんか悔しいですけどね。でも、麻布の経験がなかったら人生変わっていただろうな、と思います。 (ライター 高橋恵里)NIKKEI STYLE 自分のありのままを受け入れる。 偉い人もそうでない人も対等。 自由に学んでよい。 私も楽しめる。 自分を尊重できるかな。 私は、 大人になってから、 数多くのコンプレックスに気づいてしまった。 身体的なことや育った家庭環境のことなど。 自分はダメなんだということが、日増しに見えてくる。 そして、何年も経過。 近頃の口癖は、 「子供の頃は、私だって、幸せだったのに。」 でも、 この、記事を読んで、少し勇気が湧いた。 身体的な不具合は、仕方のないこと。 病気になってしまった人や、 事故で大きな後遺症を持ってしまった人だっている。 私の身体的不具合なんて、 顔に個性があるのと同程度かもね。 経験的コンプレックスも、 別に、悪影響ばかりじゃないのかもしれないし。 こう書いても、 この記事が、なぜ、私の心を打ったのかは、 はっきりしないね。 なんだろ・・・。 まぁ、とにかく、 私も、大丈夫かもしれないってこと。 |

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新年 明けまして おめでとうございます |

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