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■戦犯リストから消えた「天皇」 米国追随と共産化防止
〜 蒋介石が早期決定・中国 時事通信 8月2日(日)15時29分配信 日本との戦争最終局面の1945年6月、当時中国を統治した中華民国・国民政府が作成した日本人戦犯リストのトップに「日皇裕仁」(昭和天皇)が掲げられたが、終戦直後の9月のリストからは消えていたことが分かった。 蒋介石主席の意向で決まったもので、連合国・米国に追随する方針のほか、共産主義の拡大防止という背景があった。米スタンフォード大学に保管される「蒋介石日記」でも同年10月下旬、「日本戦争犯罪人を既に裁定した」と記されており、終戦後の早い段階で 「天皇免訴」が決定していた。 時事通信が中華民国の外交文書を公開する台湾の「国史館」や国民党史料を所蔵した「党史館」で入手した複数の戦犯リストや内部文書のほか、「蒋介石日記」の記述で判明した。 国民政府は終戦前から、戦犯リスト策定に着手しており、45年6月に軍令部が「侵戦(侵略戦争)以来敵国主要罪犯(犯罪人)調査票」を作成。戦犯トップに「陸海空軍大元帥」として「日皇裕仁」を掲げ、「侵略戦争の主犯・元凶」と明記した。日本の軍国主義による侵略の根源が天皇にあるとの見方は中国で根強く、議会に相当する民意機関「国民参政会」も7月17日、「天皇を戦争犯罪人に指名する」決議を可決した。 これに対して蒋介石は「日記」で9月21日、「当面の急務」として「戦争犯罪人(決定)」を挙げ、10月8日には「外交急務」として「日本軍戦争犯罪人の決定」と記した。同月14日に東条英機(元首相)ら12人を「特務工作の悪事を尽くした」として戦犯指定した。「日記」からは蒋介石の意向が選定に反映されていたことが分かり、9月の戦犯リストから天皇の名前は除外されていた。 蒋介石が「戦争犯罪人決定」を「急務」とした10月8日、国民参政会の決議に対し、戦犯問題を調査した司法行政部と外交部は天皇の戦犯認定について「蒋主席とトルーマン米大統領が、日皇の運命は日本の民意が自ら選択すべきであると共に表明した」と否定的な方向に傾いた。また当初、天皇を戦犯リストに掲げた軍令部は「皇室は将来的に日本の侵略国策を復活させる源泉だ」としつつ、「同盟国(連合国)によるポツダム宣言の円滑な命令執行と、共産主義勢力拡大の防止」のため、天皇免訴が必要だと方向転換した。 最終的には蒋介石の統括する国防最高委員会が45年12月28日、「日本問題処理の意見書」を決定。「同盟国の誤解と日本人の反感を回避」するため、「天皇と天皇制存廃の問題は、原則として同盟国の共同意見に従い処理する」との方針を確定した。 蒋介石政権は46年5月からの極東国際軍事裁判(東京裁判)に向け、東条ら計32人の戦犯リストを2回に分けて連合国軍総司令部(GHQ)に提出した {{{: ■「敵」と「友」の日本観=日中揺さぶる「戦争責任」 〜軍指導者追及、天皇制は尊重 時事通信 8月2日(日)17時28分配信 中国は第2次大戦の「戦勝国」である一方、日本軍から甚大な被害を受けた。 抗日戦争を指揮した蒋介石(中華民国・国民政府主席)は日本を「敵」と位置付けたが、日本に留学した経験から近代化など学ぶべきものは多いと捉え、日本を「師・範」であり、「友」とも見た。こうした複雑な日本観を持った蒋介石は、日本の軍・政治指導者の戦争責任を追及したが、それと区別して国民や国民を統合する天皇・天皇制を尊重した。しかし、戦後70年を経てなお、戦争責任をめぐる問題は両国を揺さぶり続ける。 ◇日記につづった「雪辱」 「きょう、最大の敵国・日本が横浜港でわれわれ連合国に無条件降伏した。(日清戦争と下関条約以来)50年来の最大の国辱と余(私)個人が長年受けた侮辱は、これをもって恥をそそぐことができた」。蒋介石は、敗戦した日本が東京湾に停泊中の米戦艦ミズーリ号で、連合国との降伏文書に調印した1945年9月2日の「日記」にこう記した。 蒋介石は28年5月、山東省に出兵した日本軍と自らが率いる国民革命軍が衝突した「済南事件」以降、ほぼ毎日、日記の冒頭に「雪恥」(恥をそそぐ)とつづり、日本など列強に対する雪辱に決意を込めた。極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯7人が処刑された翌日の48年12月24日の日記には「50余年の中国侵略の結果であり、対日国辱は清算したと言える」と記した。 ◇「知日派」と米国の影響 一方、蒋介石は若い頃、中国人留学生向け軍事養成学校「振武学校」(東京・新宿)に入学し、新潟県高田(現上越市)の陸軍第13師団に士官候補生として入隊した。明治維新で近代化に成功した日本を評価し、武士道精神も信奉した「知日派」であり、34年には「日本は敵か友か」という文章を公表した。 蒋介石が主導して45年9月に作成された日本政治指導者の戦犯リストでは、日中全面戦争につながった盧溝橋事件当時の首相だった近衛文麿をトップに据えるなど、戦争を主導した政治・軍部指導者に厳しい姿勢で臨んだ。一方、日本での天皇制の重さも理解し、43年のカイロ会談ではルーズベルト米大統領に対して戦後の天皇制の存廃に関し「日本国民が自ら決定するよう任せるべきだ」と力説した。 蒋介石の天皇制尊重の背景には、連合国の大国・米国の大きな影響もあった。横浜市立大学の山極晃名誉教授の研究によると、広島に原爆が投下された直後の45年8月8日、当時のバーンズ米国務長官は、「日本通」のグルー国務次官の提言を受け、国民政府の拠点・重慶駐在の米大使に向けて「(中国で戦争犯罪人として天皇の名前が記載される)問題が提起されれば、不幸なことと考える。未然に防ぐため、慎重に努力を尽くすよう望む」と訓令を出した。 実際にそれに先立つ同年6月、国民政府軍令部の作成した戦犯リストの陸軍トップには、天皇が記載されていた。グルー次官らは天皇が中国の戦犯リストに載り、これが日本に伝われば、早期降伏の弊害になると考えた。米政府はその後も、天皇制が廃止されれば戦後日本が混乱すると懸念したほか、日本に共産主義化の波が押し寄せると危惧した。蒋介石はそれに追従し、国民政府の戦犯リストから天皇の名前は削除された。 日本軍に侵略された蒋介石率いる中国。念願の日本敗戦も、共産主義勢力という新たな敵が発生。身内だったはずが敵。主導者は大きな決断を迫られる。 歴史って、こんなことが少なくない。 (この記事で書くことではないけれど)それにしても、中国共産党がこんなに長生きして、経済的にもビッグになるとは・・・。
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★大震災 記事スクラップ★
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■原発より強かった 東北の地熱発電所
(オルタナ 2011年4月18日) 東日本大震災では、大きな地震と津波に襲われた福島第1原発が重大な事故を起こした。一方で、同じ揺れに見舞われた東北電力の地熱発電所3カ所(岩手県、福島県、秋田県)は無事だった。地熱発電のCO2排出量は原子力発電の1KWh当たり20gに比べて、同13g(電力中央研究所調べ)と少なく、温暖化対策にも有効なことが分かっている。地熱発電は、ポスト原発の有力候補になる可能性を秘めている。 東北電力の地熱発電所は、秋田県の「澄川」(出力5万KW)、岩手県の「葛根田」(1,2号合計出力8万KW)、福島県の「柳津西山」(出力6万5千KW)、秋田県の「上の岱」(出力2万8800KW)の4カ所。3月11日は、点検中の「上の岱」を除く3カ所が稼働中だった。いずれも大震災発生で自動停止したが異常はなく、2日以内に運転を再開した。 ★原油の高騰にも耐えられる 日本地熱学会は4月6日、内閣府の日本学術会議に「今こそクリーンな安定電源である地熱発電の促進を」という意見書を提出した。地熱発電は、原子力発電よりもライフサイクル二酸化炭素排出量が少ないほか、化石燃料も使わないので原油の高騰にも耐えることができる。長期間の運転が可能で、事故の危険性も少ないとされている。 天候や昼夜を問わず安定的に発電できるのも強みだ。太平洋に浮かぶ八丈島(東京都)には、東京電力が運営する八丈島地熱発電所があり、全発電量の約3割を地熱で賄っている。ベース電源として地熱が2千KWを安定供給し、残りの約7割を、需要の増減に応じて内燃力(火力の一種)とわずかな風力で調整している。震災の影響はなく、現在も稼動中だという。 日本はインドネシア、米国に次ぐ世界3位の地熱大国で、地熱発電の歴史は約50年ある。しかし、地熱発電所が作られたのは1966年から1999年までで、全国18カ所のみ。設備容量の合計は約53万5千KWにとどまる(火力原子力発電技術協会「地熱発電の現状と動向 2009年」)。 その要因として意見書は、 (1)他のベース電源とのコスト競争 (2)国立公園の開発規制、 (3)温泉事業者からの反発 を挙げている。 資源の8割以上が眠る国立公園での開発を制限され、国の補助を受けられる「新エネルギー」指定から外されて、地熱開発は停滞した。2008年にバイナリー方式(*)の地熱発電だけ新エネルギー指定を受けたが、大規模開発は対象外だ。地熱発電の基礎調査から稼働までは約10年かかり、政府の後押しがないと進まない。意見書では、開発を促進する「地熱法」制定を提案している。 ★世界最大出力の地熱発電所は日本製 環境省は2010年に、36年ぶりに国立公園での地熱開発に譲歩した。日本地熱開発企業協議会によると、2011年3月には、規制区域外から公園敷地の地下に向かって斜めに地熱井を掘り進める開発2件が許可され、2011年夏に着工予定だという。 資源エネルギー庁が2008年に設置した「地熱発電に関する研究会」によると、国内の地熱発電所が温泉に悪影響を及ぼした例はない。しかし、温泉の枯渇を懸念する事業者らの反発を受けて頓挫した開発事業もあったため、温泉業界との協調も普及のカギだ。 「3.11」の午前中に閣議決定され、4月5日に通常国会に提出された「再生可能エネルギーの全量買い取り制度」は、地熱発電も対象となる。今はまだ、地熱エネルギーは国内の発電の0.2%に過ぎない(火力原子力発電技術協会「地熱発電の現状と動向 2009年」)。しかし、世界最大出力を誇る「ナ・アワ・プルア地熱発電所」(14万KW)は、実は日本製である。富士電機が2010年にニュージーランドの国有電力会社に納めた(*2)。既に技術はある。日本国内の地熱の飛躍に期待したい。(オルタナ編集部=瀬戸内千代)2011年4月18日 ↑東北電力 澄川地熱発電所(秋田県) ↑ナ・アワ・プルア地熱発電所 (*1)水より沸点の低い媒体(アンモニア、ペンタン・フロンなど)を地熱エネルギーで蒸発させてタービンを回すシステム (*2)富士電機は1、970年代から、インドネシア、フィリピン、ニュージーランド、アメリカ、アイスランドなど世界各地へ地熱発電設備を納入。ニュージーランドには、合計4件の納入実績あり。(富士電機HPより) 富士電機以外にも、日本の企業では、三菱重工や東芝なども海外で地熱発電の設備を受注している。日本では、地熱発電はさほど推進されてはおらず、規制があって導入しにくいのかもしれない。 ↑三菱重工のHPより ■東芝 ニュージーランドの地熱発電所向け発電設備を受注
環境ビジネスニュース2011/04/05 東芝は、ニュージーランドにおいて、コンタクトエナジー社が建設を予定しているテミヒ地熱発電所向けの設備を受注した。同社がニュージーランドで地熱発電所向け設備を受注するのは初めて。今回受注したのは、2基の8.3万kW級地熱タービン、発電電動機、復水器で、2012年に納入する。製品の設計・製造は同社の京浜事業所で行う。 テミヒ発電所はニュージーランドの北島、タウポ火山帯に位置する。地熱発電は、再生可能エネルギーである、主に火山活動によって熱せられた熱水と水蒸気を利用する発電方式。CO2の排出量が少なく、天候や気象条件に左右されないため、近年世界的に地熱発電の開発が進んでおり、現在、世界の地熱発電設備容量は約1,000万kWに達している。東芝は、1966年に岩手県松川地熱発電所に設備を納入したのを皮切りに、北米、東南アジア、アイスランドなど世界各国で52台の設備を納入。設備容量では世界シェアトップを誇る。 なお、今回の契約は豪州現地法人である東芝インターナショナルオーストラリア社がマッコーネルダウエル社、エスエヌシーラバリン社、パーソンズブリンカーオフ社によるジョイントベンチャーと行った。 ■事業仕分けされてしまっている
行政も、2008年には経済産業省で地熱発電に関する研究会を発足したり、2010年度には、地熱発電の開発費用に対する国から事業主への補助金を、2割から3分の1程度にまで引き上げることを検討するなど、2008年から2009年にかけては地熱発電の促進が積極化しつつあった。 しかし、2010年5月、民主党政権による事業仕分けにより、「地熱開発促進調査事業」と「地熱発電開発事業」の2事業が 廃止や白紙化を含む抜本的改善をうけることが決定された。コスト高とヒット率の低さが理由だ。このことについて、日本地熱学会は懸念を表明している[20]。 【ウィキペディア『地熱発電』の項より抜粋 一部改編】 |
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■ソフトB孫社長が脱原発財団設立 個人で10億円拠出へ
2011/04/20 18:42 【共同通信】 ソフトバンクの孫正義社長は20日、民主党の東日本大震災復興ビジョン検討チームの会合に出席し、原発依存から脱して自然エネルギーによる発電を推進するための政策提言を行う「自然エネルギー財団」を設立することを明らかにした。 孫氏によると、社長を離れた個人の立場で財団に少なくとも10億円を拠出する。 孫氏は会合で、津波による甚大な被害を受けた地域の復興計画として、太陽光と風力による発電設備を大々的に整備する「東日本ソーラーベルト構想」を提案。自然エネルギーで発電された電力の買い取り制度の大幅拡充も求めた。 孫氏は財団設立に関して「原発事故で多くの国民が不安を抱いている。安心、安全な自然エネルギーを日本にもっと増やせるように、世界の科学者100人くらいの英知を集めたい」と説明した。財団は数カ月以内に設立する。 財団は、太陽光、風力、地熱発電などの研究に取り組む各国の科学者や企業の研究成果を収集・発信するとともに、政府に対して自然エネルギー普及に向けた提言をしていく。 影響力も信頼性もある資産家・起業家が、
「脱原発」の立場を明らかにし、かつ巨額な資金を拠出して財団を作るとは、 孫社長を改めて、尊敬する。 それから、脱原発派でいてくれたのがうれしい。 実行力のある財団になってほしいものだ。 |

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■モンゴル、全公務員に一日分の給料の募金を呼びかけ
産経新聞 3月25日(金)22時9分配信 東日本大震災に対して世界各国からの支援が相次ぐ中、親日国モンゴル(人口約270万人)の政府が全ての公務員を対象に給料1日分の募金を呼びかける異例の対応をとっている。これが一般国民や企業の自発的な募金運動に発展し、すでに1億2500万円以上が集まった。モンゴルは24日に100万ドル(約8100万円)の義援金を日本に送ったが、この募金を元に救援物資または追加の義援金による支援を検討している。 在日モンゴル大使館は日本への募金活動について「日本はモンゴルが市場経済に移行した1990年代、政府開発援助(ODA)で一番支援してくれた。国民みんなが感謝している」と語っている。 一方、同胞が被災した日本でもさまざまな募金活動が進んでいるが、日本政府が「公務員の給与を募金に」と呼びかける兆しは今のところない。 ありがとう。 嬉しいね。 私もやはり、家族が被災した友人に送金して、
それとは別に、どこか信頼できそうな義捐金募金団体に寄付しよう。 |
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■客船、大島救う〜孤立危機を回避_気仙沼
毎日新聞 3月24日(木)11時26分 【喜屋武真之介】 宮城県気仙沼市の対岸に浮かぶ大島は、津波で900人乗りのフェリーが壊れるなどして孤立する恐れに直面していた。危機を救ったのは島で唯一船体の損傷を免れた42人乗りの古い客船「ひまわり」だ。船長の菅原進さん(69)は自身も避難所生活を送る被災者だが、地震2日後から毎日、島と気仙沼港を愛船で往復し、人と物資を運び続けている。 菅原さんは中学卒業後、遠洋漁船に乗り込んで世界各地に漁に出た。その後家庭を持ったのを機に、70年ごろ漁業をやめた。だが、大島で生活し始めると、気仙沼港とを結ぶ定期便が1日数本しかなく不便さを痛感した。そこで帰宅の遅い人たち向けに、夜間の臨時便としてひまわりの運航を始めた。島の人たちに欠かせない交通手段として、40年以上利用されてきた。 自宅で地震に遭った菅原さんは、津波から守ろうとひまわりに乗り込み、あえて沖に向かった。すぐに高さ数メートルの津波がやってきた。「逃げたら転覆する。前に進むしかない」。壁のような大波を4回ほど乗り越え海が落ち着いたのを見計らって島に引き返した。 島は沿岸部が津波で壊滅状態で、火災も起きていた。22人が死亡し、22人が今も行方不明になっている。菅原さんの妻と同居の三女、2人の孫は無事だったが、自宅は1階部分が海水につかり住めなくなった。 日中の地震だったため、働き手の多くが島を出ていた。菅原さんは「島民の救出にはもっと多くの人手が必要」と考え、13日、気仙沼港へとひまわりを出した。家族の元に駆けつけたい島出身者や、島からの避難が必要な高齢者らを運ぶため、島と気仙沼港を往復する日々が始まった。 有志の島民の支援も受けて1日2往復の予定で始めたが、それでは間に合わず4往復することもある。避難所では周りの人が休むよう勧めてくれるが「港を出るとき『頑張れ』と送り出してくれる人たちがいるから」と当面は続けるつもりだ。 年季の入ったひまわりは、乗り込むと床の板材がきしみ、操舵輪(そうだりん)にもさびが浮いている。菅原さんは言う。「太陽に顔を向けるヒマワリが好きで名付けた。少々古くてもあの大波を越えることができた。島民がみんなで力を合わせれば、島はよみがえる」 自分のできることを最大限行って、 助け合っているんだね。 ところで、 先日、職場での何気ない会話で、 巨大津波のときに、 船などで沖に出ているのと、沿岸部の陸にいるのとを比べると、 どちらが安全かという問題になった。 私は、 大型タンカーや空母のような船に乗っていれば、 上下方向に起こるであろう大波を乗り越えさえすれば、 それ以外の被害はない。 一方、沿岸部にいたら、否が応でも津波がやってくるのだから、 高い場所に逃げそこねた場合を考えると、危険度が高い。 という見解。 それに対し、同僚の一人は、 津波は、上下運動の波というだけではなく、 水ごと横に、猛スピードで移動するのだから、 まるで、サーフィンをしている状態と同じで、 転覆の危険性が高い。 それよりは、高所という避難場所のある沿岸部の方が、安全だ。 という見解だった。 つまり、 私と同僚との見解の相違点は、 津波は、水そのものの横移動があるかどうか、 ということとなった。 この点では、私も、 言われてみれば、津波は、 水そのものが遠くからやってくるイメージを実は持っていたという、 自分の見解の矛盾に気づいた。 というわけで、考えを訂正し・・・。 それならば、 水ごと横に移動するのだとした場合、 それがぶつかる場所、つまり陸がなければ、 衝撃はないのではないか? サーフィンは海面上部のみの水の移動で、 津波は、もう少し深い部分までの、大きな水の移動なのではないか? だから、サーフィンと違って、 “ザッバーン”と水が波となり、 力が消えるような状態にはなりえないのでは? という見解となった。 どうなんだろう? |





