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第83代 土御門(つちみかど)天皇
諱(いなみ) 為仁親王(ためひとしんのう)
建久(けんきゅう)6年12月2日(1196年11月3日 平安の宮で誕生
父は、後鳥羽(ごとば)天皇
母は、源在子(みなもとのざいし)
父は、藤原盛実(ふじわらのもりざね)の実子で僧侶(そうりょう)で能円(のうえん)は、
盛実(もりざね)は平清盛(たいらのきよもり)の正室、平時子(たいらのときこ)の異父弟であったために、
法勝寺に預けられ。
母の範子(のりこ)は後鳥羽(ごとば)天皇の乳母を務めていたが、
平家(へいけ)が壇ノ浦で滅んだ際に能円(のうえん)も没し、
範子(のりこ)は源通親(みなもとのみちちか)と再婚して後に、
通親(みちちか)は在子(ざいし)を養女にしたのです。
中宮は 藤原麗子(ふじわらのれいし)
天皇は4歳で即位したのですが、性質温雅で、争いを好まず、16歳で退位したのです、
父上上皇の討幕計画には無関係であったのですが、
孝行心が厚く、承久の変(じょうきゅうのへん)後は、
自ら望んで土佐に流され、阿波で没したのです。
寛喜3年10月11日(1231年11月6日 37歳
阿波池谷陵(火葬塚)
長岡市京市金ケ原 金原陵(かねはらのみささぎ)
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