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冬ごもる病の床のガラス戸の曇りぬぐへば足袋干せる見ゆ 正岡子規
俳句の革新運動をはじめた正岡子規は、短歌の革新運動もはじめる。万葉集をよりどころにして、写生によることを主張した。
斉藤茂吉によれば「病の床のガラス戸の」と「の」で続け、「ぬぐえば」と転じるところは、万葉集の研究の成果、だという。
歌によまれているガラス戸は、高浜虚子が贈った物。いまでは当たり前の光景だが、ガラス戸は当時高価なもので、一般にはまだ普及していなかった。珍しい光景をあっさりと写生している。
上の写真は、再建された子規庵。子規は、ガラス戸から世界、宇宙に想像力を膨らませていった。
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部屋の中からも 外の景色や光が届くように ガラス戸を贈ったのでしょうか 心配りなんでしょうね
身体は自由でなくても 子規の心は自由にガラス戸を通りぬけられたのかな と思いました
2007/9/16(日) 午前 10:04
いい歌だと何気なくよんでいましたが、斉藤茂吉の解説にせよ、ガラス戸の持つ意味等多くをはらんだ歌だったのですね。縁側にガラス戸をはめ込んだ住形式、そのもたらしたものにも何かありそうだ。光と影。内と外。
2007/9/17(月) 午前 9:20
nazieさん。虚子は、心遣いの天才ですね。障子のままだったら、子規の俳句もずいぶんと変わったでしょうね。
2007/9/17(月) 午後 3:08 [ まに ]
緑の森さん。そういえば高橋是清邸が現在でも残っていて、その家はガラス戸で光があふれている建物でした。最先端のガラス戸は、その当時の人の心を動かしたのだと思いました。
2007/9/17(月) 午後 3:12 [ まに ]
病で家に閉じこもっているからこそ、今まで何気なく生きていた外の世界までも宇宙のごとく広い世界に見えてくるのかもしれませんね。
2007/9/18(火) 午前 1:08 [ さとぱい ]
昔の‥空気の気泡が入って、完全に平板じゃないようなガラスが入ってる戸を見ると魅力を感じます。サッシが木なのもいいですね。。今ではあまり見かけない光景になってしまいましたね。。
2007/9/18(火) 午後 11:00 [ - ]
この窓の外に真っ白の雪が・・って
ちょっと想像しました。
もっとステキかも?
木枠の窓って最近見かけないですよねー。
2007/9/24(月) 午前 8:16
木村さん。限定された世界のほうが、よりイマジネーションが膨らむのかもしれませんね。
2007/9/25(火) 午後 10:28 [ まに ]
よつばさん。ガラスと木の組み合わせは、面白いですね。完全に平板じゃないと、まるで芸術のようですね(笑)
2007/9/25(火) 午後 10:31 [ まに ]
ひなたさん。子規は、そんなイメージも俳句にしています。木枠は、絶滅したんですかね。
2007/9/25(火) 午後 10:32 [ まに ]