フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

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 池川寿一フラメンコ・ギター教室の発表会にいってきました。一年に四回発表会があるという。出来上がったものをすぐに本番にのせることで、いっそうのテクニックの身体化を目的にしているようだ。いろいろなレッスンのパターがあるけれど、本番に勝るレッスンはないだろう。もちろんリスクもあって、本番の失敗をいかに処理できるかという精神的なレベルもある。この精神的なレベルを先生から弟子に教えるのが一番難しそうだ。がんばって練習すれば身につくものではないのだから。他の教室を知らないけれど、女性のギターさんが多いのが目につく。フラメンコの楽しさを感じつつテクニックを身につける。そんなわがままなレッスンを可能にしているのは池川さんの人徳なのだろう。

 今年の新人公演に出るという方のブレリア。ニーニョ・リカルドが、一番大切なフラメンコ・ギタリストの心得を聞かれて「ガッツから弾くことさ」と答えたらしいけれど、そのことをいきなり思い浮かべました。オリジナルのブレリア。新人公演では楽しみにしています。

 で、最後は教室のギターさん全員でのセビジャーナス。飛び入りで躍らせていただきました♪音にあふれた温泉に入ったような心地よさ。シギリージャを踊った美女と今週は立て続けに二つのライブをこなしたゲームマニア?のマリポさん。終わってから、踊り、よかったです♪と声をかけられました(笑 普通の発表会ではありえないよな(笑

 建築史家の井上章一によれば、桂離宮に、磯崎新はマニエリスムに通じる美を見、黒川紀章はバロックの精神を感じ、丹下健三は、桂離宮に、縄文と弥生が、創造的世界で統一されていると考える。建築について知るつくした三人ですら、結局は桂離宮を通して自分自身を語っているようなものになっている。個人だけでなく、時代の精神も同じで、桂離宮は、二十世紀初頭までは、手のこんだトリッキーな意匠が特徴だと考えられていたが、1930年代当たりから、簡素な日本美があり、わび、さびににも通じると言われるようになった。それが1960年代に入って、最初にあげた三人のように、以前のトリッキーだという視点に近づいていく。

 評価は、個人や時代によって変化する。まして現在も生きているフラメンコの評価となると様々だろうけれど、結局は、フラメンコを通して自分自身のことを語っているわけだ。そしてそれは自分自身のフラメンコの環境に大きく影響を受けている。というか棲み分けていく。個人的なレベルでは、フラメンコラジオで、様々なフラメンコを聴くことで、自分自身のフラメンコの考えを相対化していった。マニアになる必要はないけど、すぐにフラメンコとは○○だと結論を出す前に、もっとフラメンコを聴けばいいのに、とあらためて思う。

 科学者で俳人の寺田寅彦はおもしろい。「天災は忘れた頃にやってくる」で知られている。
 昭和十年の随筆には、大津波がくるとひと息に洗い去られて生命財産とともに泥水の底に埋められるに決まっている場所で繁華な市街地が発達して何十万人の集団が利権の闘争に夢中になる。いつ来るかわからない津波の心配より金儲けの方が現実的だからだろう、と書いている。この部分を3・11以前に読んでもそれほど注目することはなかっただろう。さすがに寺田寅彦の視線は鋭い。ほかの随筆もいま読んでもおもしろい。肝心なのは、知識ではなく、問題を解くプロセスにあることがわかる。災難をなくすことはできない。われわらは災難によって養い育まれてきたということを自覚すること。それは個人的な人生にもいえることなのかもしれない。

 スペイン建築。イスラム建築の細かい装飾。たとえばサマランカ大学の正面は、建築の構造と関係なく精緻な浮き彫りによって壁が覆われている。基本的な構造に細かい飾りつけは、フラメンコの歌にも共通するだろう。譜面に出来ないような細かい音。そう考えると、ギターのラスゲアードも、ある意味、細かい飾り付けのように聴こえる。ロシオ・モリーナの細かい動きについて日記に書いたけれど、彼女の細かい振り付けは、スペイン建築的な美的な構造をふくんでいる気がする。建築という三次元の空間表現を四次元の時間的表現への変換ともいえるだろうか。建築という古い構造が、踊りにおいて新しい構造を獲得ようだ。

 語源は難しい。ジプシーという民族名も、もともと「エジプトからきた」という誤解からきている。自分達にとって異文化である民族の場合、客観的であることより、とりあえず名前をつけることで、納得しておきたいという力が働くものだ。そのことが極端になれば、異文化の民族をたとえば鬼と呼んだりする。その意味でフラメンコという名前も、客観的な語源はたぶんこれからも発見されないだろう。
 
 ロマ。映画評論家の四方田犬彦は、セルビアの首都ベオグラードでロマの楽団に出会う。ジャズとも西洋音楽とも異なり、素早い旋律と複雑なリズム。陽気で祝祭的なようでいて奇妙にくぐもった印象をもったらしい。
 
 四方田は、ベオグラードの大学生にロマについて尋ねる。小学生の頃には、たいていし三、四人のロマの子供がいたという。たとえばリンゴと桃はどこが似ているか、という質問に、セルビアの子供だと、果物だとか植物だと、問題を抽象的に答える。ロマの子供たちは、どちらも蔕(へた)があるとか、自分の観察に基づいて答える。もし家から煙がでていたらどうする?という質問に、セルビアの子供なら消防署に電話するとか大人を呼ぶと答えるが、ロマの子供たちは、火事を防ぐために煙突を掃除し、薪は決められた場所に置かなければならない、と答える。つまりその発想は徹底的に具体的であり、現実の生活体験から獲得されたものなのである。

 このことはフラメンコでも同じだということがわかる。新しいフラメンコになじめない人たちは、音楽という抽象的なレベルから構成されるフラメンコに納得できないわけだ。といっても徹底的に現実的なフラメンコの人たちは、逆に音楽的なものを取り入れていくだろうけど。カンテからでなく、ギターのリズムからフラメンコを発想すると音楽的になるのは必然だろう。考えてみれがヒターノたちの生活が激変しているのだから、フラメンコも変容するのも当然だけど。


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