フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

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今日の俳句 高浜虚子

 流れゆく大根の葉の早さかな     高浜虚子

 かつて澁澤龍彦は、上の句と「石ころも露けきものの一つかな」の二つだけでも、十分に高浜虚子の世界を論じることができるといった。その生涯を通して二十万句作ったともいわれる句を前にして。
 それも俳句の運命のようなものかもしれない。膨大な句の中から多くの人に親しまれるのは、ほんのわずかにすぎないのだから。

 黄金虫擲つ闇の深さかな

 桐一葉日当たりながら落ちにけり

 川を見るバナナの皮は手より落ち

 遠山に日の当たりたる枯野かな

■Cuand siento una guitarra
me da ganas de llorar
porque me acuerdo de Espana
la tierra por mi sonada.

ブエノスアイレスの場末の寂しい雰囲気の歌を、スペインに持ち帰りフラメンコになった。アントニオ・チャコンらの歌い手によって、しだいに変化した。自由なリズムやルンバのリズムで歌われることもある。短調の物悲しい雰囲気が特徴。

 ギターの音を聞くと
 泣きたくなる
 夢に見る故郷の
 スペインを思い出すから

 歌詞の内容は、悲しいドラマのようなものが多い。



タンゴのミロンガ
 http://homepage2.nifty.com/mitsu-sa/tangoprimer_9.htm

絶滅寸前の季語 行水

 行水は、もともと信仰による心身を清めるためのもので、特に夏におこなうというものではなかった。

 かつてどこにでも見られる風俗であったが、最近は見なくなった。

 そういえば昔、家の前で警察官に、近くのアパートで外の水道を使って行水をしている人をどう思う

か?みたいなことを聞かれて、どうやら住んでいる中国だかミャンマーの人のことらしいが、日本も昔

は当たり前に行水をしていたのにね、というと、それはそうだ、とそままいってしまったことがあった

な。


  行水の湯の沸きすぎてしまいけり     万太郎

  行水や夜髪結びて寝るばかり       和香女

  行水に天の夕焼けしたたれり       遷子

 花火がひとつ打ちあがる。

 浜辺のまばらな人たちを明るくする。

 その花火の余韻が消えるころ、静かな波音が
聞こえはじめる。

 またひとつ打ちあがる。

 波音が聞こえはじめる。

 空には、こぼれんばかりの星空である。

 花火が打ちあがる。

 僕は、この花火大会を、夏の自然と花火のコ
ラボだと言いたい。

 そしてこれが僕が見たかった花火大会だと思
いたい。

 よく数千発、数万発と打ち上げる花火の数を
競うような花火大会が多いいけれど、花火が自
己主張しすぎるのがいまひとつ気に入らなかっ
た。

 花火の数と快感はイコールではないのだ。

 最近、なかなかコラボな花火大会に出会は
ないのが残念だけど。


花火
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%81%AB

 

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