フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

「能」という文字は、白川静によれば、水の中の昆虫の動きだという。それまでの芸能を取り入れ、「能」としてまとめあげるとき、観阿弥、世阿弥には独特のイメージがあったにちがいない。地球は、宇宙では特殊な、水をまとった天体であり、昆虫は、その機能から宇宙からやって来たのではないか、と考える学者もいる。さすが世阿弥、天才のイメージとはこういうもんだろう。
西平直『世阿弥の稽古哲学』によれば、世阿弥の伝書は、禅の公案の「隻手の音声」を語っているのではないか、という。禅の公案の「片手の音」ではなく「両手の音」。
音は、手が離れたままでも、合わさったままでも出ない。両手が出会って、離れる瞬間にいい音が出る。その基本は単純である。子供が無邪気に澄んだ音を出す。それを芸にしたとたんに複雑になる。
手を意識した途端、気負いや欲が出てくる。それをいかに子供のように無邪気に、無心に演じることができるか工夫がいる。世阿弥の伝書は、「無心」だけでなく「工夫」だけでなく、その両方が出会った瞬間にいい音が出る。世阿弥は、その一瞬を解き明かそうのしたのはないかと西平は考える。なるほどこれはまさにフラメンコのパルマにもつながる考えだと思う。
「両手の音を極めるためには片手の音を聴かなければならない。片手の音を聴くことなしに両手の音を極めることはできない。しかし稽古は両手で行え、両手の音を工夫せよ。両手の音を極めるとき、その只中に、片手の音が聴こえてくるはずである。」

さて今夜はヤミ市。セビジャーナスの小芝居のために役作り中(^^♪

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事