フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

短歌

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今日の和歌 西行

 願 は く は 花 の 下 に て 春 死 な む 

             そ の き さ ら ぎ の 望 月 の こ ろ    西行

 【歌意】願うことは、桜の花のさなかに死にたいということだ。あの釈尊の涅槃の日、二月十五日の満月の頃に。『和歌の解釈と鑑賞事典』笠間書院

 命の終わりを詠んでいるので、晩年の作だと思われていたが、最近の研究では、かなり若い頃の作品だ

ということがわかっている。

 西行は、1190年の二月十六日に亡くなっており、まさに歌のとうり如月で、願いどうりだった。

 西行といえば、俳句では、角川書店を設立した、角川源義のつぎの句を思い出す。


  花 あ れ ば 西 行 の 日 と お も ふ べ し



西行
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E8%A1%8C

松岡正剛の読む西行
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0753.html

 

 

 『赤光』の誕生  岡井隆  

 
 『赤光』(しやつこう)は、斉藤茂吉の第一歌集である。

 大正二年(1913年)に出版された。

 このとき茂吉は、満で三十一歳である。

 なぜ茂吉は、この年に『赤光』を出版したのか。

 当時の茂吉の気分を知るために、簡単な年表をあげる。

 
 1896年(明二十九) 樋口一葉死。

 1897年(明三十)  ホトトギス創刊。

 1904年(明三十七) 日露戦争はじまる。

 1910年(明四十三) ハレー彗星が地球に接近。

 1911年(明四十四) 幸徳秋水ら処刑。

 1912年(明四十五) 石川啄木死

             明治天皇、逝去
      
 1913年(大正二)  伊藤左千夫死

             『赤光』出版

 岡井隆は、『赤光』は、死臭に満ちた歌集だという。

 歌集の構成は、師の伊藤左千夫の死をよんだものが最初にくる。

 日露戦争の死者は厖大であった。

 まるでこの歌集は、それぞれの死が後押しをして生まれたが如くである。

 
 岡井は、『赤光』がその当時の歌集といちじるしいのは、ドイツの教養小説の匂いだという。

  
 『赤光』は多分、明治末期の、田舎出身の上京組の中の一人が、あちらこちらと寄り道をしながら、一人前の歌人、一人前の医師となって行く姿を、はじめてはっきりと打ち出した歌集だったのである。そこが、それまでの歌集とちがった新しさであり、自然主義全盛期の時代に適合していた。

 この本は、岡井隆が、自分の私生活を交えながら『赤光』を、結論を急がずに、よんでいくプロセスが

書かれており、楽しませてもらった。

 また、時代の気分に、独立して歌は成り立たないという、あたりまえだが、大きなヒントをもらった気

がする。


斉藤茂吉
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E8%8C%82%E5%90%89

樋口一葉
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E4%B8%80%E8%91%89

石川啄木
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E5%95%84%E6%9C%A8

伊藤左千夫
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%B7%A6%E5%8D%83%E5%A4%AB

明治天皇
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%A4%A9%E7%9A%87

ハレー彗星
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%83%BC%E5%BD%97%E6%98%9F

日露戦争
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89

 

 

今日のうた 春日井 建

 大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき  春日井 建

 二十歳にもならない作者の歌集『未青年』に、三島由紀夫が序文を書いている。そこで、現代は、新古今集の時代に似ており、われわれは一人の若い定家をもった、というである。

 童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

 火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり

 白鮫がたしかに目前よぎりたりベットサイドにシャツ投ぐるとき

 ボクシングに潰せしといふ耳たぶのピアスきらめく夜のしじまにて



松岡正剛の読む春日井健
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0298.html

歌枕の冒険

 『歌伝枕説』 荒俣宏 世界文化社

 歌枕とは、なんだろう。

 辞書では、和歌で用いられる「歌の名所(などころ)」を意味する、とある。

 荒俣宏は、現代では、それは演歌のご当地ソングのようなものではないか、と推測する。

 また、歌枕は、パソコンの検索ソフト、あるいは、インターネットの「リンク」そのもではないか、と

いう。つまり、歌枕の先に、ほとんど無数のイメージや情報がつながっており、歌を詠むものは、いわば

「アイコン」として歌枕を記憶すればいいのだ。

 そう推測しながら荒俣は、東北の歌枕の旅に出る。

 そこで大きな問題にぶつかる。

 どこに行っても「歌枕」の現場が、存在しないのである。

 歌枕に詠まれた名所、白河関など歌に詠まれているが、この世に存在する場所ではなかったのである。

 歌枕の謎は深まるばかりである。

 正岡子規以降、われわれは、写実主義になれていて、歌は自然の中での体験を詠むと思っているが、も

ともと歌は、都の中にいて、机の上で作るものだったのである。

 歌枕は、現地に行かなくても現地の雰囲気が出せる所名(ところな)として選び出した言葉ではない

か、と荒俣は考える。

 東北の歌枕を旅して名作を数々残した西行の後を追った芭蕉の旅は、この世に存在しない場所を巡る旅

だったということになる。

 先の白河関では、芭蕉は一つも句を残さず、同伴者の曾良(そら)の句を『おくの細道』にのせてい

る。

 整理してみよう。

 情報を多く含んだ地名を総称して、歌枕とよぶ。つまり、歌枕は、現地に行く必要がないほど情報化さ

れた土地のこと、である。

 歌枕は、和歌に興味がなくてもスリリングで面白い言葉なのである。


荒俣宏
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%92%E4%BF%A3%E5%AE%8F

歌枕一覧
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/utamaku.html

 

今日の短歌 梅内美華子

    生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ   梅内美華子

 男の女々しさについて考えていたら、たまたま目についた歌。
 小高賢によれば、「君」の転位がここで打ち出されている。近代短歌以来の「君」がまったく新しい文脈のなかで、生き返ったということができる。相聞というより、他者を認識していこうとする構図が描かれている。

    「今日は笑わないから」という友のいて昼のカレーにコロッケ落とす

    わが胸のガラスの魚を誉めつつも今日より君は君を守れよ

    「悪いけど」を必ずつけて頼む君月草の瑠璃とんぼに食わす

    蜜蜂が君の肉体を飛ぶような半音階を上がるくちづけ

  

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