フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

短歌

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ ]

今日の短歌 荻原裕幸

 剥がされしマフィア映画のポスターの画鋲の星座けふも動かぬ   荻原裕幸

 荻原は、現在の膨大な情報量の中、ほとんどの声がノイズと化してしまうことに危機感を感じた。それは短歌においても同じだという。その苦闘において、1994年の『世紀末くん!』以後、歌集は出ていないようだ。

 「きみはきのふ寺山修司」公園の猫に話してみれば寂しき

 フランスパンほほばりながら公園の愛猫と憲法九条論じあふ

 しみじみとわれの孤独を照らしをり札幌麦酒のこの一つ星

 ああいつた神経質な鳴り方はやれやれ恋人からの電話だ

イメージ 1

 俵万智の歌集が三百万部売れて、社会現象になったあと、28歳の穂村弘は第一歌集『シンジケート』を出す。この歌集は、俵の千分の一ほどしか売れなかったが、短歌界では、ある意味、俵以上の衝撃が走ったといわれる。
 題名は、<子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」>からとられた。
 この年、1990年に60才だった歌人の石田比呂志は、この『シンジケート』を激しく非難する。

 「穂村弘の歌集『シンジケート』に私は何の感興も湧かない。そんなはずはない、同じ人間の作ったものがわからんはずがないと心を奮いたたせるのだが、力めば力むほどチンプンカンプンで歯が立たぬ」

 関川は、この「怒り」を、石田のパーソナリティーの問題だけではなく、短歌界特有の現象かもしれないと考える。
  
 石田が、「もしかしたら私の歌作りとしての四十年は、この一冊の歌集の出現によって抹殺されるかもしれないという底知れぬ恐怖感に襲われた」というくだりを読んだ穂村弘は、「ショックで頭の中が白くなった」という。

 石田比呂志の短歌の原点は石川啄木である。
 関川は、啄木も当時は、短歌界では反逆児であり異端ではなかったのか。いわば「明治末年の穂村弘」ではなかったか、という。

 ハーブティにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり 穂村弘

 石田比呂志はさらに罵倒する。
 「人間としてだめだ」「死んでも認めない」こんな歌こんな歌人が主流になるなら、「私はまっ先に東京は青山の茂吉墓前に駆けつけ、腹かっさばいて殉死するしかあるまい」とまでいう。

 しかし、高橋源一郎は、次のように書く。

 <穂村弘は新しい「言文一致」で書こうとしている。だが、その言葉もまた歴史的なものにすぎないこと、そしてそこで獲得される「素顔」もまた「仮面」の一種にすぎないことを彼は熟知している>
 
 言葉というのも「制度」である。
 高橋源一郎は、「制度」からの離脱への衝撃という流れに、穂村弘を置くのである。
 さらに、

 「俵万智が三百万部売れたのなら穂村弘は三億部売れてもおかしくない」「みんなわかっていないね」

 とつづける。
 
 僕の短歌への関心は、この関川夏央の『現代短歌そのこころみ』からはじまっている。
 短歌に興味ある人も、そうではない人もお勧めの一冊。
 


穂村弘
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%82%E6%9D%91%E5%BC%98
 

 

今日の短歌 中条ふみ子

 追いつめられし獣の目と夫の目としばし記憶の中に重なる   中条ふみ子

 彼女の、わずか32歳の短い一生は、現代短歌の世界において、スキャンダルと栄光に包まれていた。
 実際の活動は、四ヶ月だけだったのだが・・。
 タイトルの『乳房喪失』は、川端康成の序文とともに、当時センセーショナルであった。

 新しき妻とならびて彼の肩やや老けたるを人ごみに見つ

 もゆる限りはひとに与えし乳房なれ癌の組織を何時よりと知らず

 失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ

 遺産なき母が唯一のものとして残しゆく「死」を子らは受取れ

 

今日の短歌 寺山 修司

 ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし   寺山 修司

 寺山 修司は、高校時代は俳句に熱中した。そして、ふるさとに俳句をおいたままにして、その俳句のイメージをモンタージュ的に構成した短歌で華々しくデビューするのである。

 向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

 売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき

 人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ

開く トラックバック(1)

今日の短歌

 「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」 穂村 弘

 短歌界では、あの俵まちさんの登場より、この穂村弘の登場に驚いたという。確かに一度読んだら忘れられない歌である。ある歌人は、彼の歌は死んでも認めないといったらしい。

 「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」

 ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

 サバンナの象のうんこよきいてくれだるいせつないこわいさみしい

 惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたのゆめばかりみる」

 「妹のゆゆ、カーテンのキャロライン、なべつかみの久保、どうぞよろしく」

 本当のおかっぱにって何回も云ったのに、意気地なしの床屋め

 はい、と頷いて、しばらく考える、イェーイの方がよかったかしら

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 前のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事