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『本朝画人伝』 村松梢風
葛飾北斎は、宝暦(1760年)江戸の本所に生まれる。
浮世絵の勝川春章、西洋画を司馬江漢、漢画を堤等琳、土佐派を住吉広行に学ぶ。
彼は、一生涯、絵をかき続けることを誓い、朝は暗いうちから、人が寝静まるころまでかき続けた。
その後で読書をした。
彼は、空腹になり、蕎麦を二椀食べて眠った。この習慣は一生続いたという。
北斎は、酒も飲まず、煙草も吸わず、美食もしないが、一生貧乏のままだった。北斎は、金が入って
も、あるだけ払ってしまうのである。
北斎は、若いころから引越しを繰り返した。
隣が、煮売りの居酒屋のときは、三食ともその居酒屋からとり、家には食器がなかったから、お客が来
ると、隣に頼んでお茶を入れさせた。
北斎は、引越しは道楽だといっていたようだが、もう一つの理由は、掃除ができなかったのである。
いつも垢だらけの着物を着て、ホコリが積もり、いよいよ堪えられなくなると引越しをするのである。
お栄という三女と二人暮らしをしていた。
北斎は「美人画では、俺はお栄にかなわない」といった。
その彼女も貧乏を少しも気にしなかった。
つぎの楽しいエピソードがある。
あるとき北斎は、机によりかかり筆で部屋の隅を指しながら、
「お栄や、昨日の夕方まで、ここに蜘蛛の巣がかかっていたが、どうしてなくなったのだろう。お前払
って落としはしないか」
と心配そうに尋ねた。
「私はいっこう払ったおぼえはありませんが、不思議なことですね」
と父と同じように心配そうな顔をして熱心に蜘蛛のありかを捜していた。
北斎は、版画、肉筆画、風景画、花鳥画、歴史画の分野に傑作を残し、安藤広重とともに浮世絵の最後
の巨匠といわれ、フランスの印象派にも大きな影響を与えた。
嘉永二年(1849年)江戸で亡くなる。90歳。
葛飾北斎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%8C%97%E6%96%8E
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