フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

俳句

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

旅のような連載

イメージ 1

薦(こも)着 て も 好 き な 旅 な り 花 の 雨  田上菊舎



 薦は、目のあらいむしろのこと。薦を着るとは、乞食になること。

 たとえ乞食になろうとも旅が好きだ、という。なんとも気丈夫ではないか。

 菊舎は、江戸後期の女性。


 この句は、大岡信の三十年近く続いた最終刊の『新折々のうた9』の最後にある。
 最後にこの句をおいた意味を考え、大岡は、この連載をまるで旅のようだったとふりかえる。

 そして、この句の一つ前には、


 毀(こわ)す 家 に 手 合 わ す 童 木 の 芽 雨  塩原傳(つたえ)



 という句がある。

 この長期にわたった連載と家がダブって感じないだろうか。

 大岡信さん(上の写真)お疲れ様でした。

わたしが飛んでいく

渡 り 鳥 み る み る わ れ の 小 さ く な り  上田五千石



 人は昔から飛ぶ鳥を眺めながら色々なイメージを浮かべてきただろう。

 気がつけばそんな精神がいつの間にか鳥と一緒に飛んでいる。

 人は、対象に潜入する能力がある。

 相手の立場から自分を観察することができるのだ。

 うえの句は、そんな人の詩的な能力が存分に発揮されている。

「ん」ではじまる俳句

 そういえば「ん」ではじまる俳句は、あるのかな?

 
 たとえば幼児語だとか方言を使ってありそうな気がする。


 アフリカには「ん」ではじまる言葉があるらしいけれど。

 知っている人がいたら教えてください。



 「ん」 の 字 を 水 に 浮 か べ る 生 御 魂    hkt

俳句と映画

 月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり




 松尾芭蕉の『奥の細道』の書き出しである。

 この部分だけでも十分に鑑賞できる。

 まるでこれから長大な映画がはじまろうとするような書き出しである。

 事実、映画のエイゼンシュタインは、俳句を自らのモンタージュ理論に取りあげている。

 映画は、事実を、その時間と空間を、そのまま描くのではない。

 断片と断片をつなぎ合わせて、物語をつむいでいくのである。

 それが俳句と映画の共通点である。



 上の絵は、与謝野蕪村の描いた松雄芭蕉である。

北斎の辞世の句

 ひ と 魂 で ゆ く 気 散 じ や 夏 の 原     葛飾北斎


 「気散じ」は、気晴らしのこと。

 この句は、北斎の辞世の句。

 お化けの絵をたくさん描いた北斎だけあって、死の床にありながらユーモアさえ感じる。

 こんな楽しそうな人魂なら、出会ってみたい気がする


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事