フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

俳句

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

日本は俳句の国か

イメージ 1

 『日本は俳句の国か』加藤郁乎(いくや)

 昔なら考えられないような題名ではないだろうか。
 しかし、今日の世界的な俳句ブームの中においてみると、逆に地味な印象がある。

 日本にしか俳句はないのに、日本俳書大系、とするのはおかしいという指摘をしたのは森銑三だった。明治、大正時代にそんな感覚をもつほうが少数派だった。

 加藤郁乎は、ヨーロッパの画家たちに北斎や写楽が、日本の美術界とは比較にならないほど評価されたように、俳句もそうなる可能性もあるのではないかと考える。また、日本ではあまり知られない江戸俳諧が、世界の現代文学の中で生き返る事だってあるのではないか、と夢をみる。

 今日の世界の俳句事情を考えると、十分にありえる指摘だと思う。

 

 

開く トラックバック(1)

泉鏡花の俳句

イメージ 1

五 月 夜 や 尾 を 出 し そ う な 石 ど う ろ      泉鏡花

今日の俳句

イメージ 1

ぜ ん ま い の の の 字 ば か り の 寂 光 土      川端茅舎   

        恋 知 ら ぬ 猫 の ふ り 也 球 あ そ び


     久方の アメリカ人の はじめにし ベースボールは 見れど飽かぬかも 


              俳句、短歌とも正岡子規。

 ベースボールを野球と訳したのは、子規ではないようだけれど、「打者」「走者」「直球」「四球」などは、子規の訳で、現在も使われている。
 それらが認められて2002年に野球殿堂入りをした。

 
   上の写真は、日本の野球発祥の地、学士会館前の碑。

       
          野球殿堂入りした人のリスト
    http://www1.odn.ne.jp/haru/data-list/jpb-dendo.html

          ベースボールの起源
    http://circlechange.com/special/originbb.php

開く トラックバック(1)

飯田龍太

 自然をそのままを俳句にするのは難しい。

 自然はつねに伝統という色付けがなされている。

 季語の解説を読めば、自然はつねに意味づけされて私たちの前に現れてくることがわかる。

 飯田蛇忽・龍太を中心とした「雲母」の俳句の伝統は、そんな伝統に色づけされた自然ではなく、原自 

然というべきもの、失われていく自然の記録を目指してきたのだとおもう。


 鰯 雲 日 か げ は 水 の 音 迅 く     飯田龍太

 
 この句は、同じ体験があるものにとっては、自然がリアルに立ち現れてくることだろう。

 そんな自然の体験が共有される自然がなくなりつつある現在、日本の俳句はどこに向かっているのだろ

う。



 飯田龍太さんが亡くなられました。合掌。


 
 飯田龍太

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E7%94%B0%E9%BE%8D%E5%A4%AA

 飯田龍太の俳句

http://www.haiku-data.jp/author_work_list.php?author_name=%E9%A3%AF%E7%94%B0%E9%BE%8D%E5%A4%AA#result

 






 


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事