フラメンコなどつれづれ日記

フラメンコは、自分の限界を感じるところからはじまるものだとおもう。

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奄美大島

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佐野眞一の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』を読む。

そのなかから奄美大島のページで気になったところ。


 奄美は、沖縄に先立って日本に復帰された。

 1949年に中国に共産党政権ができ、翌年には朝鮮戦争が勃発。アジアのこうした劇的な変化にアメリカが驚き、沖縄を基地としたハードな軍事戦略に切り替えることにした。

 そのとき奄美は、山地が多く基地をつくるのには、適していなかった。アメリカの軍事戦略のお荷物でしかなくなったから、奄美はいちはやく返還されたのである。

 それまでも沖縄では、奄美の人間は差別されていたが、奄美の本土復帰によって、差別はいっそう激しいものになる。つまり沖縄では、奄美の人間は、外国人になったのである。

 復帰当時の奄美のエンゲル係数は、82%以上だった。つまり食べること以上に生活費に当てる余裕がなかったのである。

 これをさかいに、沖縄では奄美人からつぎつぎに基本的人権を剥奪した。

 公職からの追放。土地所有の剥奪。公務員試験資格の剥奪。参政権の剥奪など。しかし税金だけは琉球人並みに徴収された。

 電電公社の入社試験では、一番から七十番までがほとんどが奄美人だったが、採用されない。

 奄美の女性は、沖縄人と結婚するときは、出身地を隠した。

 沖縄では食べていけない多くの奄美の男はヤクザ、女はパンパンに零落した。沖縄での現金収入の飲み屋は、奄美人が仕切っていた。つまり、那覇の国際通りの基礎をつくったのは、奄美出身者だった。

 本土から差別された沖縄人が、奄美人を差別する。差別されたものが差別をする。これは繰り返されてきた歴史の悲劇である。


 現在、フラメンコのプロで活躍されている、奄美出身の顔見知りの女性の顔がちらつきながらこのページを読んでいった。彼女の頑固なまでの力強い意志の理由の一端を垣間見た気がしました。

ひもが宇宙を解明する

 日本人のノーベル賞が決まりましたね。

 南部陽一郎さんら三人。

 南部さんは、ひも理論の創始者の一人。

 それはいったんは否定されるけれど超ひも理論によって再び脚光を浴びることになった。

 物理の本をみると小さな「ひも」がそのまま描かれていたりする。

 なぜその「ひも」がすごいのか?

 まず、最小の単位を、無限に小さな点ではなく、一次元の振動するひもとして考える。

  そうすると、重力を記述する一般相対性理論とミクロな振る舞いを記述する量子力学の折り合いをつけることができるらしい。

 日頃、意識できる世界は、ニュートン力学でほぼ理解できる。

 しかし、それが量子の世界になると、そのニュートン力学では、歯が立たなくなる。

 それをいかに折り合いをつけるのかが物理学の最大の問題の一つで、その解明のための理論の構築に貢献したため今回の受賞になったんですね


 この日記を書くときは、南部さんの業績について調べてみましたが、今回の受賞は、素粒子における「対象性破れ」なんですね。ひも理論とどうつながってくるんだろう。勉強してみよう。

フィリピン人の女性と結婚した知り合いにあったときのこと。

 この前、タイ好きの知り合いから、タイ語をすこし教えてもらって面白かったので、フィリピンの言葉をすこし教えてもらうことにした。

 フィリピンの言語は、タガログ語である。それは、フィリピンの言語は、あまりに多様なので、共通の言葉として生まれたものらしい。

 タガログ語入門を見ると、そのなかには英語やスペイン語が混在している。というよりそのままの言葉がタガログ語の一部としてとして使われている。

 これは、フィリピンがかつてスペインとアメリカの植民地を経験しているためである。

 タガログ語は、たとえば韓国語のようにまったく新しく作ったのではなく、まるでブリコラージュのように、手もとにあるものを工夫して組み立てられた言語なのだ。

 言葉って、面白いですね。

 

「純」だけが残った

ずっと純喫茶の「純」の文字に違和感を感じていた。
 
 なぜ、ただの喫茶店ではなく、純喫茶なのか?

 
 永井良和の『風俗営業取締り』講談社選書メチエに、なぜ喫茶店に「純」をつけたのかが書いてあった。
 

 警視庁は、戦前の遊郭を洋風の「特殊飲食店」とすれば、その営業を認めた。それらは、「社交喫茶」とも「特殊喫茶」と呼ばれた。

 これに対して、コーヒーだけを提供する店は、それらと区別するために「純喫茶」と名乗ったのだ。つまりあえて「純」の文字をつけることで、「社交喫茶」と戦っていたわけだ。

 現在では「特殊飲食店」や「社交喫茶」という呼び方をしない。

 純喫茶だけが、かろうじて残った、というわけだ。

 戦う相手のいなくなった純喫茶。

 それが純喫茶の「純」に違和感をもつ理由だったのだ。

幸せの条件

思想家の内田樹(たつる)は、幸せの条件として二つあげている。

 一つは潤滑な人間関係。もう一つは、健康である。

 
 それがうまくいっていれば、結果的に、お金や地位は関係ない、という。

 
 それが世界的に実証されたのが、ブータンだろう。

 
 世界でも、貧しい国であるにかかわらず、あなたは幸せですか、というアンケートで95パーセントの人が幸せであると答えたらしい。

 
 逆に、日本は、世界のトップレベルのお金持ちになったけれど、ちっとも幸せな感じがしない。

 まぁ、これは頭でわかっていても、日本の社会の中で生きていると、やはりお金はあるほうがいい、と考えるけど。


 でも、昔の日本の子供たちの写真をみると、いまよりずいぶん貧しいけれど、みんな幸せな顔をしているけどね。


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