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次の日、職場には、家事都合のためといい、三日間休みをとった。そして、自分の思い出の場所をゆっくりと訪ねてみようと思った。当時(30年前)のわたしであれば、そんな大胆な発想はわかないが・・・今の自分には精神的なゆとりが持てるのである。両親には、少し疲れているので、休みをもらったとよ〜く説明して、理解してもらった。 まず、私が行きたかったのは弁財天のある社である。そこは、小さいとき、父といっしょに出かけたり、亡くなった姉やいとことお参りにいったり、現在の嫁さんおよび息子と願かけにいったりした思い出の場所である。 弁天様へ近づくにつれ、幼いころ、父がいった言葉を思い出した。「弁天様というのはな、女の神様で、学問や商売繁盛などに御利益があるんだぞ。だから、おまえは、しっかり勉強できますようにって、祈るんだぞ。」「それから、女の神様だから、彼女といっしょにいくと、ちょっとばかり、やきもちをやくそうだ。大きくなったら、ひとりで来るか、息子と来るといいかもしれないな。」という言葉であった。 私は、幼い頃から、弁天様にあこがれを感じていた。お嫁さんにするなら、あの弁天様のような人がいいな〜と密かに思っていたのである。なぜなら、みんなを幸せにしてあげる方だから。今度は、私が弁天様を幸せにしてあげたいな〜と考えたのである。こんなことを書くと今の奥さんとは、上手くいっているのかな?と心配してくれる読者もいるかもしれない。でも、だいじょうぶと言いたい。妻とは、自然体で過ごしていける。自信とか希望とかいうのでは、ない。本当に無為自然な思いなのである。 いろいろな思いを胸に歩いていると、大きな鳥居の下の階段を上がっていた。20段くらいのぼると、平たんな場所にでて、右手に出店が四軒ほど並んでいた。愛想のいいおばさんが「いかがですか、七福神の置物、あなた様にぴったりですよ。」と話しかけてきた。笑顔で先を急ぐことを伝え、その場を通り過ぎた。 そこから、10メートルほど行くと、大きな沼が見えてきた。沼のほとりまでいき、よく見ると、大きな鯉がゆったりと泳いでいた。社務所で、鯉の餌を買い、餌をちぎって、水面に投げた。そうしたら、一斉に水底から、大きな鯉が集まりだした。私の餌を得ようと、大きな口を開けて、必死な様子で押し合っている。鯉の色も白や赤や灰色など様々である。よほどお腹が空いているようである。一つの餌に十何匹が集まる状況である。まるで、餌を与えている自分が殿様にでもなった気分である。まわりは、だれもいない。しかも、目の前に大きな沼がひろがり、鯉に餌をやっている。まさに、非日常の場面なのである。なお、この沼の鯉は、昔から神様の住む池なので、捕獲してはならないというお上からの通達があり、代々守られてきたのである。だから、鯉がとても大きいのである。それらがひしめき合い、バシャバシャという水音が秋の静かな空気に響いていた。 餌を与えているうち、必死に餌を得ようとしている鯉を見て、はっと思った。もし、餌を与える人が神様で、鯉が自分だとしたら、まるで現実世界を見ているような気がしたのである。瞬間、瞬間を精一杯何かを得ようと必死になっている自分と、餌を得ようと口をぱくぱくさせる鯉と、一瞬、同じように見えたのである。 まわりに目をやると、水面には、色づいた周囲の木々がきれいに映しだされていた。岸には、色とりどりの葉が錦絵のように浮いていた。まさに、秋の風景である。しかも、天気がこの上なく良くて、空を見上げると、雲ひとつない青空がどこまでも続いていた。沼の奥には、鴨の一群が陣取っており、その中の一羽が静かに毛繕いをしたあと、ゆったりと沼を横切っていった。 あわただしく生きていると、何気ない季節の変化にも気づかずに時は過ぎていく。しかし、今、立ち止まって、自然と共に生きていると感じられるこの時間こそ、最上の幸せなのかもしれない。 教秀/書道 ブログ ◎ 書道 教秀 チャンネルへようこそ
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こんにちは^^
TBさせていただきます<(_ _)>
2010/5/24(月) 午前 11:55 [ 川 島 孝 ]
TB おおいに 歓迎いたします。こちらこそ ありがとうございます。
2010/5/25(火) 午前 4:11