Spark
Scale:1/43
Ford Galaxie #21
1963 NASCAR Grand National Series Rd.7 Daytona 500
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スパーク から リリース された
1963年 NASCAR グランド・ナショナル・シリーズ デイトナ 500 参戦マシン!!
『 フォード・ギャラクシー #21 』 を紹介します。
紅白で縁起が良いねぇって思うのは日本人だけ、いやいや私でけ?
NASCAR グランド・ナショナル・シリーズ 1963年シーズンは全55戦で開催されました。
このミニカーは 第7戦目 フロリダのデイトナ・ビーチにあるデイトナ・インターナショナル・レースウェイで
2月24日に開催された デイトナ 500 での 優勝マシン です。
カッコ良いでしょう。。。どこがって言われそうなんですが、私が好きなので良いんです。
フロント・ウィンドウの脱落防止ステーはオミットされてしまいましたが、
ボンネットにはボンピンが3ヵ所再現されていますね。
ナスカーのマシンはヘッド・ライトが無い為、目隠し状態が再現されています。
赤白のツートーン・カラーにブラックのホイールが私好みでカッコ良いと思います。
フロントをアップにしてみました。
グリルって別パーツでは無く、モールド処理された型抜きなんですね。
塗装時にグリル部分をマスキングせずに赤で塗装後、シルバーを軽く吹いただけって感じで、
シルバーがしっかり乗っていませんね。
なので凹部に赤が残っちゃってて、仕上げ的には残念です。。。
他もそうなのか?個体差なのか?マイナーな車両のミニカーで入荷数も少ないでしょうし、
そもそも何人くらいが購入したのかな?っていうレベルだと思いますからね、
なので見比べる事が出来ないのが悩みですねぇ。。。
気が向いたら黒でスミ入れしてあげ様かな、きっとフロント・マスクが締まりカッコ良くなると思いますよ。
このアングルからだと更にグリルの仕上げの悪さが目に付いちゃいます。
シンプルだけどもカッコ良いカラーリングだと思います。
ボンネットにはエンジンの最高出力 410H.P. の表示がされています。
そして、ルーフのでっかいゼッケンも含めて私好みなんです。
台座にプリントされている車名が微妙に間違っていますねぇ。。。
Ford Galaxy は1998年から販売されているミニバンの車名で、
Ford Galaxie がこのミニカーの本来の車名になります。
1959年〜1974年まで販売されていたセダン&ハード・トップの車なんですが、
何故、英語表記では無くドイツ語とフランス語で使われる Galaxie にしたのかなぁ?ってね。
かつて英語表記にしなかった理由が未だにわからないんです。。。どなたか知りませんかね?
車名は間違っていましたが、ドライバー名は問題ナシです。
”Tiny” Lund さんて方、でもこれって本名じゃないんですよ。
実はニック・ネームなんです、 ちっちゃなルンド さんって呼ばれていました。
そんなニック・ネームを台座に記載する辺りはスパークも好きなんでしょうね、昔のレース事情を。。。
ニック・ネームとは正反対で、本人は大柄な体格の持ち主さんだったんですよ。
本名は デワイン・ルイス・ルンド さん。
NASCAR に於ける 偉大なドライバー50人(NASCAR'S 50 Greatest Drivers)の一人。
スゴイ方なんですよ。
そんな方がドライブしたこのマシンは、
実は タイニー・ルンド さんがドライブするはずでは無かったんですよって話。。。
そこにはドラマが有ったんです。
タイニー・ルンド さんは友人である マーヴィン・パンチ さんが参戦する
デイトナ 250 マイル・レース の会場に来ていたんです。
予選から本戦まで観戦予定だったのかなぁ?
でも、事故は予選の最中に起きちゃいました、
詳細は判りませんが、マシンが炎上する程の大クラッシュ。。。
クラッシュ時に タイニー・ルンド さんは観客席からコースに飛び入り、救出活動するんです。
無事に救助された マーヴィン・パンチ さんは入院する事に。
危険を顧みずに救助するなんて、スゴイですねぇ。
そんなこんなで、退院し復帰するまでの代役として、ナスカー・レース に7戦参戦する事になりました。
そして代役での参戦2戦目のレース デイトナ 500 で見事に 優勝 したんですよ。
それがこのミニカーなんです、ねぇドラマになりそうな話でしょう。
そんな事を思い浮かべながら、リア廻りを見ていきましょう。
リア・タイヤの前え辺りに黒い箇所が有りますよね、これってマスラーなんですよ。
両サイドにマフラーが出ています。。。サイド出しマフラーも私的には弩ストライクな仕様。
タイニー・ルンド さん
ストックカー・レーサーとしてナスカーにデビューしたのが25歳の年1955年でした。
デビュー・イヤーは1戦のみの出場だった事も有り、年間ランキングでは217位だったんです。
翌年1956年では年間ランキングを19位に上げ、以降1968年までの13年間に渡り、
上位ランキングを維持していましたが、誰しもピークは過ぎてしまうもの。。。
39歳の年1969年から一機にランキングを落とし、3ケタ順位に。。。
そして、ナスカー人生最終年になってしまった1975年の事、
第19戦目 タラデガ 500レース が最後のレースになってしまうとは。。。誰も思いませんでした。
スタート後、間もなくですね6周目のストレートで他車と接触、
そして後続の2台を巻き込んでのクラッシュ。。。病院へ搬送されるもそのまま他界されました。。。
NASCAR参戦20年目の45歳、8月17日の事でした。
スパークはミニカーを企画する際に、最後に搭乗したマシンでは無く、
ケガをした友人の代走で出走したレース、それも優勝したマシンを商品化するなんて
ニクイなぁって思う反面、偶然かも?って気もしないでもないんですが。。。
それでも、今迄になかなか商品化されてこなかった NASCAR のマシンがミニカー化された事は
私的には喜ばしい事で、多少仕上げで不満が残っても許せちゃうんですよね。
と言う事で、大好きな NASCAR のミニカーでした。
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