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			<title>「ミネルバの梟」通信（松田博）</title>
			<description>イタリアの思想家Ａ．グラムシや社会思想史、文化論などに関する短評、随想、雑記などのブログです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>「ミネルバの梟」通信（松田博）</title>
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			<description>イタリアの思想家Ａ．グラムシや社会思想史、文化論などに関する短評、随想、雑記などのブログです。</description>
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			<title>自由民権運動と現代（２）</title>
			<description>&lt;div&gt;自由民権運動と現代（２）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　松沢祐作『自由民権運動』（岩波新書）読後感の補足です。著者は文末でつぎのように述べています。著者は近年の多様な市民運動の発展について「運動の季節」としながらも同時につぎのように記しています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「運動のなかには、運動内部でしか通用しない論理を振りかざし、運動内部と外部を切断してしまうような言辞を吐く人々がいるように思われた。本来、そうした運動にシンパシーをもっていてもいいような人々を遠ざけ、むしろ運動の潜勢力を失わせているように見えた。そうした現在進行中の運動のあり方が、自由民権運動の敗走の過程と重なって見えなかった、といえば嘘になる」。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　私も市民の一人として多様な市民運動の発展を応援したいと思い、各種集会に時々参加するようにしていますが、今後も応援したいと思えるような快い催しもあれば、「内部と外部を切断するような言辞を吐く人々」を目にすることも少なくありません。このような人々は、民主主義とは個々人の多様な意見に耳を傾けることから始まるという基本的な視点が不足しているように感じます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　本書には「戦後デモクラシーの敗走の過程」について再考する貴重な視点が含まれていると考えます。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/35690407.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Jun 2018 06:13:03 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
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			<title>自由民権運動と現代</title>
			<description>&lt;div&gt;　松沢祐作『自由民権運動＜デモクラシー＞の夢と挫折』（岩波新書、2018）の読後感。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　明治維新から150年。日本近現代史を俯瞰するうえで「自由民権運動」の実像と遺産を知ることは「明治維新とは何だったのか？」を考えるうえで不可欠でしょう。同書はその全体像を知り、またその「歴史遺産」の意味を考えるうえで優れた視点を提供してくれる好著と思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　著者は同運動を「戊辰戦後デモクラシー」と特徴づけています。この視点は、近代日本の「デモクラシー」運動が大きな戦争の後に生まれていることに注目した優れた政治史学者である、三谷太一郎氏によるものです。日露戦争、第一次世界大戦の後の「大正デモクラシー」、第二次大戦後の「戦後デモクラシー」がそうです。同書は運動の形成期から後半の「激化事件」による暴力的運動の実相、運動の終焉まで丁寧に描かれ、運動の全体像を理解するうえで大変有意義でした。著者は文末でつぎのように述べています。「自由民権運動は、すでに終わった過去の歴史的出来事である。そのことを踏まえたうえで、それでもなお運動が追及した課題のなかに、今日なお終わっていないものがあるとするならば、それは安楽な暮らしを待ち望み、その意味での「憲法」を待ち続けた秋田の一農民の夢なのではないだろうか」。自由民権運動のなかで多くの「私擬憲法」つまり「マイ憲法」が作られたことは、新井勝紘『五日市憲法』（岩波新書）に詳しく述べられていますが、「憲法」と「私」との近さを両書から実感しました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　「私の夢」と「憲法」との距離は？と自問自答すると「近からず、遠からず」です。その間に魑魅魍魎の奇怪、醜悪な「忖度」族が繁殖していることもその一因です。私たちのささやかな「夢」も忖度族によるルール無視の「悪質タックル」によって壊されていると感じます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　両書および三谷氏の『日本の近代とは何であったかー問題史的考察』（同）で著者が伝えたかったことを「忖度」せずに熟考するつもりです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/35688653.html</link>
			<pubDate>Mon, 04 Jun 2018 05:43:40 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
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			<title>アイ　インザ　スカイ</title>
			<description>&lt;div&gt;　映画の冒頭にギリシャ悲劇の代表的作家アイスキュロスの言葉「戦争の最初の犠牲者は真実である」が出てくる。この秀作のメッセージはこの言葉に尽きるといってよいだろう。国家による「正義の戦争」の定義が真実に反するどころか真実そのものをいかに蹂躙したうえで成立しているかを、名優たちの抑えた演技によって見事に映像化している。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　ハイテクの結晶ともいうべきドローン兵器の不気味さがそれを増幅している。ドローンはそれが「平和利用」されれば、災害救援など多様な分野で活用できる技術であり、各分野で実験が行われていることは周知のことである。ハイテクによって「正義の戦争」のステレオタイプ化がますます進行していくであろう。ステレオタイプは時間も空間も「凍結」し、現実と虚構の境界を消去してしまう。国家的仕掛けとしてのステレオタイプ化の不気味さを、この作品は雄弁に示してくれる。アイスキュロスが描いたギリシャ悲劇の世界はけっして過去のものではない。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/35101221.html</link>
			<pubDate>Sat, 14 Jan 2017 19:33:04 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
		<item>
			<title>清水慎三さんのこと</title>
			<description>&lt;div&gt;気鋭の論客であった清水慎三さんが他界して20年になる（1913-1996）。私は同氏の『日本の社会民主主義』（岩波新書、1961）や編著『統一戦線論』（青木書店、1968）は鋭利な問題提起の書であり、半世紀前の著書であるが、今読み返しても同氏の鋭敏なセンスに感銘を受ける書である。同氏が存命であれば、最近の我が国の社会・政治動向をどのようにとらえていたであろうか？という思いを込めて随想を『現代の理論』デジタル版、第9号（２０１６・８）に寄稿した。関心のある方は同誌HPをご覧いただきたい。 &lt;a href=&quot;http://gendainoriron.jp/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://gendainoriron.jp/&lt;/a&gt;　　（2016・8・8）&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/34844840.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 Aug 2016 08:36:17 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
		<item>
			<title>読後感　ノーマ・フィールド『小林多喜二』</title>
			<description>　ノーマ・フィールド『小林多喜二－２１世紀にどう読むか』（岩波新書　０９年）を読んで&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　多喜二（１９０３～３３）が最近再注目されている『蟹工船』を発表したのは、８０年前の１９２９年、彼が２６歳のときであった。それから４年後の３３年２月、彼は特高警察に逮捕され拷問によって殺されたが、まだ２９歳の若さであった。著者は、『天皇の逝く国で』などの印象深い作品で知られる日本研究者であるが、本書執筆の動機を、多喜二にたいする「無関心が関心に転化する時点に出会ったから」と述べている。彼女は「規制緩和をくり返し実施してきた日本の指導者たちが造りだした社会は、今やあなたの代表作『蟹工船』の世界を彷彿とさせるものになっています」と多喜二に語りかけている。また彼女は「多喜二探しの旅」は「私の人生を変えました」とも述べている。「人はだれでも、あなたのように本気で生きてみたいと、一度は思うのではないでしょうか。そういう意味では、たとえ今のブームがつかの間のものであっても、あなたは何度もよみがえる必要があるでしょう」と彼女は「あとがき」で述べているが、２１世紀初頭の激動の時代を「本気で生きる」とはどういうことか、を多面的に考えさせる好著といえよう。「本気で生きる」とは？を「本気で考える」ことを摩滅、衰弱させるような時代閉塞状況が続くかぎり多喜二の作品は生命力を失わないといえるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/9324104.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Jan 2009 17:00:10 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
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			<title>浮世絵の魅力</title>
			<description>　所用で市内に出かけたついでに時間を作って「浮世絵　ベルギーロイヤルコレクション展」を見てきました（京都高島屋、１月１９日まで）。「江戸時代の感動が、ベルギーからの里帰り」とパンフにありますが、本邦初公開作品を含む充実した展覧会で満足しました。写楽の力強さ、歌麿の情感、北斎の動感、広重の繊細さはじめ春信、国貞、国芳などの名品に堪能しました。私の祖母は「眼福」と言っていましたが、まさに「眼福」の時間でした。惜しむらくは人が多くてゆっくり鑑賞できなかったことです。しかしながら百貨店がこのような充実した美術展を行うというのは興味ある現象です。「デパート」が同時に文化発信の「広場」としての社会的･文化的役割をもっていることの一例と考えます。いいかえれば公的な美術館、博物館などの空間の弱さを代位しているともいえるでしょうが。比較的安い料金で充実した作品を見れて得した気分になったことは確かです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/8132151.html</link>
			<pubDate>Fri, 16 Jan 2009 15:13:49 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
		<item>
			<title>Xさんへ</title>
			<description>Xさん　コメントありがとう。最近講義の後やメールなどで貴女のコメントに近い内容の感想や相談を受ける事が多くなりました。弱肉強食、優勝劣敗の競争社会や促成栽培的な「成果主義」のなかで、未来という豊かな時間資源が圧縮され（エンデの名作「モモ」に出てくる灰色の時間泥棒が大学にもはびこっています）、本来の若者らしい豊かな感受性が抑圧されていると感じています。&lt;br /&gt;
　「ゆっくり急げ」とあるギリシャの哲学者はいっています。トーナメント方式の競争社会では「最終勝者」はただ一人です。総当りリーグ戦方式（プラス復活戦付き）への社会システムの組み換えを（EUではそのような複線･複々線型社会を模索していますが）当面の重点課題とすることを私は主張しています。人生には超特急だけでなく準急や各駅停車の鈍行的選択肢も必要です。人生を「成果主義」で割り切れば「時間泥棒」にいいように操られてしまうでしょう。&lt;br /&gt;
　「成果」は簡単に実らないし、収穫できません。人間は「ハウス栽培｣出来ないのです。もし研究･教育にそのような短絡的で空虚な「成果主義」が導入されれば、大学の意義である人間形成が崩壊するでしょう。先日ある悩んでいる学生と話したとき私は次のように言いました。「ひとつ嫌な事があれば二つ楽しいこと、嬉しい事をしなさい」と。「時間泥棒」に時間を支配されていると、映画を見たり、音楽を聴いたり、美術館に行ったり、友達とおしゃべりしたり、等々、自己の生き生きした時間まで奪われてしまいます。生きる権利は生きる事を楽しむ権利でもあります。野菜でも最近は「地産地消」の京野菜のようにハウス栽培ではなく、大地の力と太陽のエネルギーをしっかり吸収した力強い野菜が人気です。人間であればなおさらでしょう。まず自分が出来る事を足元から見つめなおしてみてはどうですか。そうすればあせらずいそがず「次の一歩｣が見えてくるはずです。「ゆっくり急げ」です。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/7894382.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 Jan 2009 11:26:31 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
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			<title>随想　</title>
			<description>　ホッブスはその著作『リヴァイアサン』のなかで次のように述べています。つまり「人々が自分自身のつよさと自分自身の工夫が与えるもののほかには、なんの保証もなしに生きている時代」は、「継続的な恐怖と暴力による死の危険があり、それで人間の生活は、孤独でまずしく、つらく残忍でみじかい」（岩波文庫）。最近の「派遣切り」や「内定取り消し」などの深刻なニュースをみると、このホッブスの言葉を思い出します。つい最近まで「史上空前の利益増」といっていたわが国の代表的企業の経営者がの豹変ぶりには怒りを覚えます。雇用を確保するための苦悩や企業家としての社会的責任などすこしも伝わってきません。その意味で湯浅誠さんの大仏賞受賞スピーチ（朝日新聞12月17日）には人間としての優しさ、暖かさがあふれており、人間としての「ノブレス・オブリージェ」を感じる文章で、深い感銘を受けました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/5632812.html</link>
			<pubDate>Wed, 17 Dec 2008 14:17:53 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
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			<title>随想　「就職氷河期」の再来？</title>
			<description>　週三日学部や大学院の講義のため大学に出かけています。紅葉の美しいキャンパスの雰囲気が昨年とはかなり違っています。リクルートスーツ姿の学生が大変多いのです。大学生協の店でも同スーツの展示販売がかなりのスペースをとっています。例年であれば卒業式用の和装セットなどが主で華やかなムードですが、学生にとって「勝負服」「戦闘服」であるリクルートスーツの売り場が年末でも続いているのは四回生用ではなく三回生がすでに例年より早く「戦闘モード」に入っているからです。学内の理髪店のかたも長髪や染め毛を「リクルートカット」にする学生が増えているそうです。三回生用の就職セミナーや企業説明会にも昨年を大幅に上回る学生が参加しているそうです。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私の講義でも就職活動のための欠席届をもってくる三回生が多いのは初めての経験です。従来は就職活動を継続している四回生がほとんどでした。昨年は景気の改善や団塊世代の大量退職などで「人手不足｣時代の到来などといわれ、学生にとって「売り手市場」でした。その前年に卒業した私のゼミOBのところにもある大手企業から「第二新卒で来ないか」という誘いがきたほどです。「就職氷河期」の頃の学生の苦労をよく知る者として、学生の就職問題ほど経済状況の動向を敏感に反映するものはないと実感しています。また学生がじっくり学習研究に取り組み、四回生で大学生生活の集約として卒業論文に集中する時期に、膨大なエネルギーと時間を就職活動に割かねばならないのは、学生の知的成長にとっても、さらには企業にとっても大きなマイナスではないかと考えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 かつては「就職協定」があり公的な就職活動が「解禁」されるのは四回生の秋だった、などという「日本昔話」をしても学生諸君はキョトンとしていますが。また四年間の知的集約というべき「卒論」の提出率が年々低下し、今年は五割強ではないかといわれています。それだけ就職活動によるゼミ活動の中断のダメージは大きいといえます。就職活動が長期にわたれば卒論作成が物理的に不可能になるわけで教える側としても残念でなりません。私は「将来結婚して子供が出来、子供から大学で何を勉強したの？と聞かれたとき」のためにも「卒論」は書いたほうが良いよと、苦しい説得をしていますが、なかには「私は結婚するつもりもないし、もし結婚したとしても子供は作りません」という「つわもの」の女子学生もいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　新聞各紙が「新卒内定取り消しの増加」や「非正規３万人失職」さらには「派遣切り」などという冷酷で深刻な情報を伝えていますが「大学は出たけれど」というような寒々とした世の中にならないよう湯浅誠さんが『反貧困－「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書）でリアルに述べているように、雇用（労働）、社会保険、公的扶助の三層のセーフテイネットを「標準装備」した「まともな社会」の再建･強化の諸課題が今後より重視されるべきと考えます。「資本の自由」を最大限保障し、人間にとっての自由や人権を縮小した「新自由主義」ヘゲモニーに対抗する新たな社会構想が求められる時代といえるでしょう。そのためにも「自由なき新自由主義」時代の実態と矛盾について真剣に検討したいと考えています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　グラムシの「市民社会論」も（その含意はファシズムやスターリニズムなどの全体主義的国家主義にたいする対抗思想であったことは明らかですが）、今日的な状況を踏まえて「刷新｣される必要があるでょう。それはグラムシ市民社会論のより深い解明とともに（たとえばアソシエーション論との接合など）「ポスト・グラムシ｣的視点から「グラムシを超えた」市民社会論の豊富化が課題となると考えてます。労働や生活、教育などの多様な次元で「アソシエート（連帯・協同）する力量」形成のためのエンパワーメントの理論的･実践的豊富化が、グラムシのヘゲモニー論や市民社会論との関連でも重要な課題になると考えているところです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/5009951.html</link>
			<pubDate>Sun, 07 Dec 2008 11:36:06 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
		</item>
		<item>
			<title>随想　川柳の魅力</title>
			<description>　新聞の川柳欄が活気がある。というのもそれだけ風刺が命の川柳のネタになることが多い世相だからだろう。以下は「朝日川柳」の近作から（西木空人選）。&lt;br /&gt;
「先読めず心も読めず字も読めず」「ブランドもメッキが剥げる粗悪品」「出版社『首相の品格』書き手待つ｣「宝刀が錆浮いてきた鞘の中」など、これほど「ハンザツ」に川柳欄に登場する首相も「ミゾウユウ」のことだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「その国の国民は、国民の水準以上の政府をもてない」という辛口の箴言がヨーロッパにあるが、三代続いて国民の信を問わないで、派閥のバランスと駆け引きで「選出」された首相だから「国民の水準」以前の問題だろう。国民意識と一国の指導者との「格差」「乖離」がこれほど大きい時代も珍しいのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「もういくつ乱高下するとお正月」「資本主義　君はそんなに脆いのか」、ドルに引きづられあれだけ強かったユーロも大幅下落、その反動での円高、世界経済を圧倒的に支配してきた先進国ブロックの落日がはっきりしてきたといえよう。「党名が同じでどうも沸かぬ国｣「マニフェスト、イエスウイキャンばかり書き」。姑息な駆け引きではなく堂々と政権構想や当面の打開策ばかりでなく中長期的な戦略的政策を明らかにしての解散、総選挙で国民の信を問う、という正道を選択すれば、川柳のネタにされることも少しは減るのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私が川柳の魅力、面白さについて目を開かされたのは、田辺聖子さんの『川柳でんでん太鼓』（講談社文庫）です。そこには戦前命がけで「手と足をもいだ丸太にしてかへし」などの反戦川柳を詠み、官憲に殺された鶴彬や「昭和史のまん中ほどにある血糊」という秀作を読んだ小田島花浪他の作品が紹介されています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　グラムシもトリノ大学では言語学を専攻し、また新聞で演劇などの評論を執筆していたので、民衆の風刺小話（バルゼレッタ）や諺、はやり言葉などに敏感で、獄中書簡でもそのことにふれていますが、「時代の風」を察知するための心眼を研ぎ澄ましたいものです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hmt9664/4184928.html</link>
			<pubDate>Tue, 25 Nov 2008 09:05:29 +0900</pubDate>
			<category>その他社会学</category>
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