インドネシア語☆ハナシ隊

マルチリンガルッ子になりつつあります。子供の耳は素晴らしい。

街の小さな領事館より

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私の仕事は 通称“街の小さな領事館さん” そこで垣間見た「外国籍住民」たちのお話。 彼らの「外国で生きる姿」に、勉強させられるばかりです。   ※プライベート保護のため一部変更してあります。
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お隣のホセさん

お隣のホセさん夫婦はまだ20代の若い夫婦です。
3歳、1歳、3ヶ月の赤ちゃんと5人暮らし。

少しの日本語はできるのですが、読み書きはできないらしく、
我が家のチャイムを押すこともしばしあります。

夜半過ぎに訪問された時はびっくりしましたが、
そういうことを気兼ねなくできる日本人と見ていてくれることは嬉しいものです。

ペルー出身の彼ら、夜10時くらいから音楽を大音量でかけ、子供たちもワイワイと話す声が聞こえてきます。
(ああ、ラテンだなぁ〜。)
などと思っていたのですが、最近は奥さんのどなり声がすごい。

私が里帰りで帰省中も旦那様から「ホセさんが家に入れてもらえないらしくて、玄関の前にいるよ。」
などとメールがきていました。

昼間、奥さんと顔を合わせても元気がない。
(奥さんの様子がおかしいな。)
と、思ってはいましたが、
何も言わずに突然引っ越してしまいました。

旦那様は知っていましたが、どうやら、ホセさんが無職になってしまったらしいのです。

家賃が払えなくなっての引越し??
日本では収入が途絶えるととたんに生活できなくなってしまいます。

二人ともペルー人です。
母国ではないこの日本で、小さい子供を3人抱えての暮らし、
とても厳しいものでしょう。

たしか、親戚も近所に住んでいたはずなので、そちらに身を寄せているのかもしれませんが、
外国人にも安心して暮らせる日本と地域環境が整うことを祈るばかりです。


学力や才能があっても家庭の事情で進学できない子供たちに支援をしている知人がいます。


齢84歳。

年金生活を送りながら、教育支援をしているインドネシアの里子と文通をしています。


里子から送られてくるエアメールは、日本語へ翻訳するために私の元へ送られてきます。


「進学し、日本の大学院へ進みたい。」と、若さと希望があふれた夢が毎回のように綴られています。


教育支援プログラム。

それ自体は素晴らしいことですが、その知人の場合、少し問題があるのです。



事務局等を通じて支援金を送ったり、里子の状況を把握する形ならばいいのですが

直接、里子と文通をするうちに、毎回、色々なものをねだられることです。

翻訳をするために、里子からの手紙の内容を見ているので、判ったことですが、

電子辞書や本、コンピューター関連のグッズ、そして、進学のための大学入学金や授業料まで、ありとあらゆるものをねだってきます。

送金は、個人の銀行口座を指定しているため、直接送金です。


年金生活でここまで支援を要求されていて、自分の生活は大丈夫なのだろうかと、要らぬ心配もしています。



一人の人間を大学まで卒業させるのは、大変なことです。

教育支援をすることは素晴らしい。

私もいつか、そんな事をしてみたいと思っていましたが、自分に置き換えた場合、果たして最後まで面倒をみることができるのか、中途半端な気持ちではできないことだなぁと痛感しています。

新学期。

4月は年度もかわり、学校からのプリントや提出する書類の多い時期ですね。

毎年、この時期になると、外国から来たお母さんたちは大変です。


アパートの住人のほとんどが国際カップル&外国籍カップルという恵まれた(?)環境で、
自宅が“臨時小さな領事館”になります。

日常会話ができても読み書きができない人が多く、
特に漢字には苦労しているようで、
沢山のプリントを前に困っているようです。


学校の先生、児童の親が外国人だとわかっているなら、英語訳をつけるとか、やさしい日本語にするとかできないでしょうか?


せめて漢字にルビをつけたプリントを渡してほしいものです。



でも、学校の先生というのは目が回るほどの忙しさですよね。
やはりそんな時間はとれないんでしょう。


父親が日本人だとはいえ、母として我が子の学校での様子が直接わからないのは切ないですね。



中国系インドネシア人のノルさんの実家はお金持ちで、お嬢様です。

彼女は16年前に日本人の旦那様と結婚し、来日しました。


中学一年生の息子さんと旦那さん、お姑さんと暮らす専業主婦です。

とてもお洒落で、ミニスカートにロングブーツ、茶髪の彼女はとても子持ちには見えません。



「寒いのは嫌い!!」


と、毎年恒例の帰国。今回は、去年の7月からインドネシアに帰っています。

今度日本に戻ってくるのは今年の5月との連絡がありました。

つまり、一年のほとんどを、母国であるインドネシアで過ごしているのです。

彼女曰く

「インドネシアでは、朝9時に起きて、お手伝いさんの作った朝食を食べて、シャワーを浴びてからショッピングとか、映画に行く。夜はディスコに行ったり、カフェでお茶する・・・」

そんな話を聞き、日ごろの彼女の言動から、出会ったばかりの頃は、あまり良い印象を持っていませんでした。

“一人息子を放任し、自分は自由気ままに遊び暮らすお嬢様”
という印象でした。

旦那さんと子供がかわいそう・・・



しかし、彼女と親しくなるに連れて、そんな簡単なことではないのだと思うことに。。。


彼女はイスラム教徒です。方やお姑さんは仏教徒です。

豚肉やアルコールを嫌う彼女は、お姑さんが使った食器類、つまり豚肉を扱った食器類を使いたくないため、別々にしまうのですが、お姑さんが混ぜて使ってしまう。

冷蔵庫にも豚を入れたくないので自分専用のものを使っているのに、お姑さんが使ってしまう。

息子の教育に対し、一々口を出す。(どうやら、彼女の教育方法が気に入らないらしく、彼女と逆の方法を息子さんに言うので、子供が混乱しているとのこと。)

別居をしたいとダンナさんに訴えたのだが、私よりお姑さんをとった。私の訴えは相手にしてもらえなかった。。。などなど、

彼女の悩みを聞いてみると単なる習慣を超えた問題もありそうです。





「あの家は、お姑さんの家。私の家じゃない。」
と、口癖のように言っています。

インドネシアに逃げる、、感じですが、彼女には日本での生活は苦しすぎるようです。


夜の世界で働くフィリピン女性のレイラさんには、1歳になる赤ちゃんがいます。

彼女は同じスナックで働く友人と同居生活をしており、

彼女が店に出ている時、子供は、非番の友人が面倒を見ています。

彼女の友人の何人かも赤ちゃんがいます。

すべて、日本人のお客さんとの間の子供です。

結婚はしていないため、彼女たちはシングルマザーです。

彼女たちの大半はオーバーステイです。

その子供たちは大使館への届けが出されていないために

世の中に存在しない子となっています。


―― なぜ、そんな安易に子供を産んでしまうのか?


彼女たちの間では、次のような噂が流れているのです。


「日本人の子供を産めば、ビザがおりる」


とんだ誤解です。

日本に住むための道具として産んだ子供たち。

あの赤ちゃんは、その後、どういった人生を歩むのでしょうか。

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