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屏風が浦の散策です。 目の前には断崖が広がっています。 太陽の光を浴びて、地層がはっきり見ることができます。 写真を撮っている私が崖に映っているのがわかりますか? ちょうどカメラを構えているところです。 こうしてみても崖が10メートル以上あるのがわかります。 前の写真では崖の上部がわからないので、 全体を写してみます。 上の方は草が生い茂っています。 低い木も生えています。 崖には海の侵食なのか、人が掘ったのか、大きな穴が開いています。 ワインの貯蔵庫とかに利用できそうな感じです。 壁にそって更に進みます。 遊歩道の様子です。 綺麗に整備されているとはいえないのですが、 一応、歩けるようになっています。 波が強いときは通れなくなってしまいそうです。 屏風ヶ浦はこのような崖が10キロにわたって続いています。
過去50年間に40メートルも侵食されてしまったそうです。 先端の岬はもっと沖まで続いていたそうです。 鎌倉時代には、岬の先端に佐貫城というお城がありましたが、 現在は水没してしまっています。 |
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はじめまして 新着から遊びに来ました。
綺麗な岩場ですね。散歩コースには楽しい場所ですね。
2009/2/11(水) 午後 1:44 [ - ]
toipuooさん…
はじめまして。こんにちは。
銚子の屏風ヶ浦は雄大な風景が広がっています。
散策はたのしいですよ。
2009/2/11(水) 午後 5:03
屏風ヶ浦の長く伸びる崖はホント見事ですね。hideさんの陰と比べると崖の高さが分かりますね。ポチ!
2009/2/11(水) 午後 5:22
ziroさん…
夕陽のあたる屏風ヶ浦はみどころがありました。
日が沈むまで歩きましたが、先端まではいけませんでした。
10キロもあるそうなので、厳しいです。
2009/2/11(水) 午後 6:04
なんか日本じゃないみたいですね。
自然の芸術ですね。
2009/2/11(水) 午後 10:40
大きな赤壁ですね。
私は、レッドクリフを連想しました^^
2009/2/11(水) 午後 10:48
屏風岩というような優雅の名前が、信じられないような切り立った男っぽい景色ですね。
2009/2/11(水) 午後 10:53
上の写真、面白い!!解ります!!
エジプトのカルナック神殿みたい(3年前、行きました)。
2009/2/12(木) 午前 1:13 [ - ]
屏風ヶ浦は、元銚子有料道路沿いから以前、降りる道がいくつかあったのですがこの前、通った時は、全て封鎖されていました。
やはり危ないからでしょうか!
下のテトラポットの上を何回か歩きましたが波が掛かりそうなこともあってちょっと冷や冷やしたのを覚えています。銚子マリーナの方から行くと見学出来そうですね!
2009/2/12(木) 午前 8:01
きらりさん…
波が何万年もかけて大地を削り取ってできた地形です。
水の力はすごいですね。
2009/2/12(木) 午後 7:13
埼玉花だよりさん…
夕陽を浴びて赤く見えます。
まさにレッドクリフの世界ですね。
2009/2/12(木) 午後 7:19
kattinさん…
10キロにわたってこのような崖がつづいています。
見ごたえがあります。
2009/2/12(木) 午後 7:25
ま〜さん…
カルナック神殿ってこんな感じなんですか?
エジプトに行ってみたいです。
2009/2/12(木) 午後 7:37
Presarioさん…
有料道路は車がたくさん通ってました。
銚子マリーナから行くととゆっくり見ることができます。
夕方は引き潮だったのか、砂浜が見えて、波の心配はありませんでした。
2009/2/12(木) 午後 7:42
これって
日本なんですか
2009/2/13(金) 午後 11:28
ファミリー農園さん…
もちろん日本ですよ。銚子に行くとすごい風景を見ることができます。
2009/2/14(土) 午前 9:59
はじめまして、屏風ヶ浦を検索していて訪問させて頂きました。
屏風ヶ浦いいですよね。銚子有料道路から降りる道を整備すべき
だとずっと思ってます。とっても素敵な観光地になるのに。。
2009/10/11(日) 午前 2:10 [ ニシヤン ]
屏風ヶ浦の高さ60mに及ぶ岸壁は、かつては海底であった層(砂岩質の岩の部分)の上に関東ローム層の赤土(火山灰が積もって鉄分が赤く酸化したもの)が堆積したものである。
崩落した岩を見ると、貝殻などの化石や、かつてそこで生活していた生物の痕跡が残っている。
崩落した石は潮流に乗って九十九里浜へと流れて行き、海岸に打ち上げられる、九十九里では飯岡石と呼ばれている。砂岩質の土壌が弱いのと、打ち寄せる波の強さもあって、有史以来数キロに渡って岸壁は削られている。
鎌倉時代には片岡常春の居城であった佐貫城があったと言われているが、遺構は既にはるか沖である。
2018/9/17(月) 午前 10:56 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]