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大観山についてから、
どうやって帰ろうか? 箱根によって御殿場ICから 東名高速に入るか 箱根ターンパイクで小田原方面に 出るか 悩んだ末、箱根ターンパイクで小田原に 行くことにしました。 小田原といえば、北条氏の小田原城と 言うことで、お城に行きました。 お城の中は戦国時代の甲冑や やり、刀、鉄砲や 江戸時代の産業の展示があり、 ゆっくり見ていて、時間がたつのを 忘れます。 展望からの眺めです。 ちょうど前日に行った真鶴半島でしょうか? 小田原からも大島が見えました。 反対の山側です。 小田原駅が見えます。 思っていたよりも大きな駅です。 見えている山は大山と丹沢連山です。 帰りは厚木で渋滞に巻き込まれましたが 大渋滞というほどでもなく、 楽しい旅行となりました。 |
神奈川県
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しとどの窟を見た後、椿ラインをどんどん
進んでいくと、箱根大観山に着きました。 標高が1,000メートル以上あるんですね。 ずいぶんと登った感じです。 芦ノ湖と富士山が見えました。 富士山は残念ながらちょっと雲がかかっていました。 時間をあけてから再び富士山を撮りましたが、 雲はずっと富士山頂付近に居座ったまま 動こうとしませんでした。 |
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不動滝を見てから
椿ラインという道路をどんどん進んでいきます。 椿ラインは道路の側面に椿の木がずっと続いています。 ちょうど椿は咲き始めのころで2月、3月には見ごろに なると思います。 結構な山道でどんどん標高が高くなってきました。 しばらくすると駐車場があり展望がひらけました。 海に浮かんでいる島は初島です。 駐車場からは土肥城跡へ行く道としとどの窟へ 行く道があります。 土肥城へは50分と書いてありましたので 行くのはあきらめて、 しとどの窟へ行くことにしました。 歩いてトンネルを抜け脇道を下っていきます。 くねくねと細くて曲がり道が多く、下りが急で 帰りがつらそうです。400メートルほど下りました。 平時の乱に敗れ伊豆に流されていた源頼朝は 土肥実平らの助力を得て、平家打倒の兵をあげました。 が、石橋山合戦で大庭景親に敗れ 山中の洞窟に隠れていました。 九死に一生を得た頼朝はこの後、安房(千葉県南部)へ船で渡り 再起をはたしました。 実際に行ってみるとほんとに深い山奥です。 窟には石仏がたくさんありました。 関東大震災で入り口が崩れた為、奥行きが浅くなっているそうです。 よく、こんなところに隠れてたなあ と頼朝の執念を感じました。 |
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真鶴半島に寄ってから
宿に泊まり、ゆっくり温泉に入りました。 次の日は湯河原の観光です。 宿のそばに福泉寺というお寺があり、 そこに、首大仏とよばれる大仏がありました。 確かに、首から上しかありません。 胴体はどこにいったのか不明らしいです。 不思議な大仏でした。 次に向かったのが五所神社です。 車で駅のほうへ向かって進みます。 ずいぶんと古い神社のようで 800年のイチョウの木や、600年のくすのきが あります。 でも本殿はわりと新しかったですけど・・・ 海沿いを通ると車が渋滞しそうだったので、 椿ラインと呼ばれる道路を通り、箱根方面へ 向かいます。 川沿いにたくさんの滝があるのですが、駐車場がありません。 唯一不動滝という滝は駐車場がありました。 不動滝の横から温泉が湧いていて、湯気が上がっていました。 滝は落差10〜15メートルくらいでした。 滝の右側に出世大黒尊が祭られており きっちりお参りしてきました。 |
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貴船神社に寄ってから
さらに半島の先端まで行きました。 真鶴半島の先端は、 幕末の砲台の台場の跡がありました。 幕末に外国船の来航に備えていたんですね。 真鶴半島の先端は三つ石という珍しい岩が あります。 先ほどの砲台跡から下って海岸へ出ました。 昔は笠島という島でしたが、 砲台からの演習の標的になり 今のような三つ石になってしまったそうです。 三つ石といっても大きい岩が2つに見えます。 もうひとつは???でした。 大きな二つの岩にはしめ縄が渡してありました。 三つ石の全景です。 ちょうど引き汐だったので渡れそうな気がします。 ただ近づくと石がぬれていて滑ります。 行ってから汐が満ちてきて、帰れなくなると困るので、 渡るのはあきらめました。 天気はとてもよく眺めは最高でした。 写真の右上に見えるのが伊豆大島です。 地球はやっぱり丸かったと実感できるくらいの 眺めの良さでした。 |




