おきらくごくらく徒然日記

ALOHA! 文鳥たちと海とに癒されています。

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祖母の思い出

あまりにも久し振りすぎて、いろいろ勝手が変わっていてどうしようかと思いました。

皆様、本当にお久し振りです。

先週、母方の祖母が帰天し、見送って参りました。
私が看護学校に入学したころから少しずつ認知症の症状が出始め、東京に就職した頃には自宅での生活が困難で、老健を転々としていました。その後、特養に入所し、少しずつ認知症が進行しながらもそれなりに元気に暮らしていたのですが、転んで骨折してから一気に認知症が進行したように思います。
2年くらい前に白内障がもとで失明してからは、食事を一人で摂ることができなくなって、胃ろうを造設しました。
認知症の初期からあった行動・心理症状は、結局動けなくなっても改善することはなく、祖母はいつも苦しかったり辛かったりしたのに、誰にも分かってもらえなかったんだなぁと切ない気持ちになります。

9月に遅めの夏休みを取って帰省するその前の日に、祖母の危篤を知らされ、だけど一旦持ち直して、そこからなんと1ヶ月も頑張ってくれました。

確実にこれが最後の面会だ、と思いながら、友人たちとの約束を全部キャンセルさせてもらって、帰省中は毎日入院先の病院に通ってきました。病院の先生をはじめとするスタッフの皆様には非常に良くしていただき、心から感謝しています。

祖母に面会に行った時、施設の看護師の対応に非常に憤りを感じたのですが、実際、自分も意図せずそんな思いをご家族に抱かせているかもしれないなぁと反省もしました。そんな思いをする人が一人でも減りますように。

関東に戻る前に、もう私の顔さえも覚えていなかったはずの祖母が、「また来てや」と笑った顔を私はずっと忘れることはできないでしょう。

認知症がどんなに進行しても、ちゃんと記憶の引き出しのどこかに家族の思い出はしまわれているんだなぁと感じた瞬間でした。


あれっきり会いに行かなくてごめんね、おばあちゃん。





認知症の祖母がいても、私はあまり認知症について深く考える事もなく、長年漫然と看護師として働いてきました。そんな自分の生き方がどうだったんだろうと、祖母を喪ってから考えているところです。今更考えても遅いかもなぁと思いつつ、考えないよりはマシだと信じたい。

認知症の人が最期まで自宅で過ごすことの難しさと、認知症の人と暮らす家族が、実は一番大変なのは末期ではなくて初期から中期であることを、これからはいろんな人に伝えていきたいなぁと改めて思います。

閉じる コメント(5)

ご冥福をお祈り申し上げます

2014/11/3(月) 午後 11:36 GLASS LOVE 返信する

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帰天ってカッコイイ表現っす(゜-゜)

2014/11/4(火) 午前 10:13 侍・ハリケーン・パニ夫 返信する

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> GLASS LOVEさん
ありがとうございます。実家に頻繁に帰る理由がなくなってちょっと心に隙間ができた気分です。

2015/1/8(木) 午前 2:35 はに 返信する

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> 侍・ハリケーン・パニ夫さん
カトリックでは天に召されることを帰天というのです。
今、カトリック系の病院で仕事をしているので使ってみました(笑)

2015/1/8(木) 午前 2:37 はに 返信する

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> col*rcy*u*32tさん
コメントありがとうございます。
相談事、なんでしょう?

個人のアドレスでやり取りはしないようにしておりますので、ゲストブックの方に書き込みしていただけると助かります。
前向きになれたのなら幸いです。
頑張って生きましょう。

2015/4/15(水) 午後 11:48 はに 返信する

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