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2010年06月30日
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好きな本.時間とうまく付き合えるようになるね〜
この本は時間管理に悩んでいる方に勧める
「良書」です☆
もう1冊.研究者でもどんな人でも「仮説」は無意識に作っている
「学校で難しい話をしたら学生は眠る」など(笑)
そんな風に簡単に「質的研究」について書いてくれる
構造構成主義者の西條さん
この人の影響を去年からモロに受けています.
ブログを始めたのもこの方の影響です |
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今日は空を沢山とって見ました.コメントはおいといてどうぞ〜〜
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氷室饅頭☆
これは金沢らしい生菓子の一つです。
子どもの頃は,7月1日あるいは前日に家に帰ると必ずやこの「氷室饅頭」が用意してありました。 この「氷室」(ひむろ)というのは雪を貯める場所ということです。 冬の間に積もった雪を貯めておき,暖かくなってから,それを使うということです。 もちろん大部分は溶けますが,それでも残ったものは,冷蔵庫などというものがない時代,とても貴重なものでした。 加賀前田家では,7月1日(旧暦では6月1日)に氷室から氷を江戸の将軍に献上していたのでした。 参考図書によれば,庶民もこの日に,寒の中で育った穀物を食べると,病気にならないということで,饅頭を食べたようです。 それがいつの間にか「氷室饅頭」として,金沢では定着していったようです。 うんちくは良いとして旨いです.
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【W杯】誰が駒野を慰めたか
産経ニュース 2010.6.30 07:21 PK戦。駒野のシュートはクロスバーを直撃して大きくはねた。頭を抱える駒野。そして大会からの敗退が決まると、泣きじゃくった。敗戦は、駒野ひとりの責任ではない。誰が、駒野を慰めたか。 バーをたたき、上方に大きく弾んだ自らのシュートに、駒野は天を仰ぎ、頭を抱えた。うつむいてセンターラインの仲間のところへ戻る駒野を抱きかかえるようにして迎え、列の中へ招き入れたのは、大会前にその腕からキャプテンマークを剥奪された中沢だった。 5人目のキッカー、カルドソが決勝のゴールを決めると、歓喜の輪を抜けだし、1人のパラグアイ選手が駒野に駆け寄り、額をすりつけるようにして何かを語りかけた。自身4人目のキッカーとして落ち着いてゴール中央にPKを決めたアエドバルデスだった。おそらくスペイン語だったのだろう。駒野は何を言われているのか分からないはずだが、しきりにうなづいていた。気持ちは通じていたのだろう。 一番長く駒野の肩を抱いていたのは、松井だった。そして駒野以上に泣いていた。何も言わず、しゃくり上げ、ただただ肩を抱き続けていたようにみえた。そして逆の肩を、阿部が抱いた。 サポーターへのあいさつに駒野を背を押していざなったのは、稲本だった。努めて笑顔だった。駒野は笑顔を返すことはできなかった。それでも稲本は笑みを送り続けた。 ロッカ−ルームに引き上げ、ミックスゾーンに姿をみせた駒野は、無言でうつむき、報道陣の前を通り過ぎた。バッジオが、バレジも味わったPK戦の残酷。だが多くの仲間に支えられ、駒野は立ち直らなくてはならない。 駒野友一 中三のときに父親を無くし、 私立初芝橋本高、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島などからスカウトされたが寮住まい出来て経済的負担が最も少ない広島ユースに入る。 休日でも友人と遊びに行かず、寮に残ってトップチームのビデオを見て研究。 プロ契約してから現在まで欠かさすことなく母親に仕送りをし続け 弟の大学の学費まで全額負担している。性格は純朴そのもので、森崎和幸曰く「今時珍しい生き物」。 左膝前十字靭帯損傷の療養中にエコノミークラス症候群にかかり 生命の危機に陥ったが、不屈の闘志で復活。アテネ五輪代表に選出され アテネ五輪ガーナ戦で鎖骨骨折アテネ五輪ガーナ戦で鎖骨骨折、一ヵ月後ブドウ膜炎まで発症し失明の危機もあったが それすら乗り越えて日本代表になった。 |






