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【中編連載小説】
「ちぎれ雲 〜起立編〜」第十六話 星ひかる著 出来ることなら、神坂には私と同じ道を辿ってほしくはなかった。 「で、お前、いまその投信いくらやってるんだ」 私は、一先ず話しを他へ持ってゆくことにした。 神坂の気持ちは痛いほどわかるが、いまのこの状態で詳しく話しをしてもいられない。 「三千万円くらいでしょうか」 「凄いじゃないか、このご時世で」 私は心底思った。 対面営業での投資信託販売において、しかも株式型の投資信託に限っていえば、顧客から買いたい、といってくることは皆無だ。 昔からそうなのだが、投資信託販売ほど、顧客との繋がりが大切な商品はない。 元々株好きの顧客が多いわけで、彼らは自ずと幾十と銘柄を保有しているから、それだけで投資信託みたいなものなのである。 株式なら銘柄を問わなければ顧客自ら買いにゆく注文は当たり前にあるが、その顧客が率先して株式型の投資信託を買うなんてことがあるわけないのである。 新聞やテレビでは、いかにも投資信託が売れているかのような言葉と共に宣伝しているのを見掛ける。 だがそれは証券会社の営業員がせっせと顧客に奨めて買ってもらっているからである。 いいや、ノルマ化されて無理矢理にでも買わせているから、といった方が当たっているかもしれない。 営業員が何度も何度も足繁く顧客の自宅に通って、或いは幾度も幾度も電話して奨めて、 「あんたがそんなにいうのなら買うか」 といってくれるのだ。 これのどこに顧客のニーズがあるといえるだろうか。 私はこの投資信託こそが必要悪な商品だと思っている。 「今回も岩谷さんにお願いしてしまいました」 「おお、良かったじゃないか。あのお婆ちゃんに気に入られたのなら大したもんだ」 岩谷さんとは、御歳八十を過ぎたお婆さんで、資産家として有名な顧客だった。 私も困るといつも岩谷のお婆ちゃんのところへ行っていた。 「いまから行ってもいいですか」 「いいよ」 岩谷のお婆ちゃんと私の電話での会話は、いつも短かった。 「いまから行ってもいいですか」は、こちらになにか奨めるべく商品がある、というサインであり、「いいよ」は、いまお金あるよ、のサインだった。 「まあ、お茶でも飲みなさいよ」 私が家に着くと、岩谷のお婆ちゃんは、そういって私の顔を覗き込んでニコッと笑うのである。 「で、きょうはなにを奨めに来たの」 岩谷のお婆ちゃんは、嫌な顔ひとつせず、私の話を聞いてくれた。 昔は、こういう顧客が多かった。 証券というものがまだ特殊だった時代は、信頼関係だけが営業の頼りだった。 現在のように、誰も彼もが株や投資信託をやるようになると、顧客と営業員の間柄も段々と希薄になってくる。 ネット取り引きが台頭して、営業員の意見なんか関係ない、情報だけが先んじる時代になった。 当然の流れなのかもしれなかった。 信頼関係で利益が挙がるのならそれもいいだろうが、これだけ情報が氾濫してしまうとそういうわけにもいかなくなる。 情報だけなら個人も証券会社も垣根はなくなった。 対面営業の行き詰まりを感じる瞬間である。 いまの時代、岩谷のお婆ちゃんのような顧客は貴重な存在であるが、何れこういうタイプの人間は、証券会社の顧客からも、他の業界の顧客からもいなくなることだろう。 その私の顧客だった岩谷さんが神坂を気に入ってくれたことも嬉しかったが、なによりも元気でいてくれたことが、私には一番嬉しかった。 〈第十七話へ続く〉 |
ちぎれ雲 〜起立編〜
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続きに期待しています♪(#^.^#)
2015/11/10(火) 午後 6:45 [ 夏樹 ]
夏樹さん、こんにちは。
ありがとうございます♪
期待に沿えるがんばります♪♪
2015/11/11(水) 午後 4:00 [ ホシヒカル ]