【中編連載小説】
「ちぎれ雲 〜起立編〜」第十七話
星ひかる著
「神坂、嫌だろうけど、きょうのところは佐伯に謝っておけ」
電話口から神坂の声がしない。
「俺と同じには……、なって欲しくないんだ」
私はそれでも続けた。
「わかりました」
漸く神坂の小さな声がして、私はほっとした。
「でも、今回だけです。次は知りません」
小さくも早口で意思の強さを示す声だった。
「ああ、わかった。彼も俺が辞めて補充人員もなくてイライラしてるんだろう」
私が辞めてもう既に半年を過ぎたが、その間ずっと人員の補充はない。
だからといって支店の目標数字が減るわけでもなく、その分、営業員ひとり一人に課せられる数字だけが増える。
支店を守る名目の支店長にしてみれば、それだけで悩みの種になる。
佐伯にしてみれば、勝手に辞めていった私が憎いはずだ。
必然的に私と仲良くしていた神坂も憎くなってくるというものだろう。
彼らがぶつかった直接の原因がなにかは、聞かなくとも大方の見当は付く。
数字が出ないなら遅くまでやれ、と佐伯が怒鳴り、それに対して神坂が、そんなことしてなんの意味があるのか、こんなに遅くに電話したり訪問したりしたら顧客に迷惑なだけだ、とでもいったに違いない。
挙げ句の果てには、残りの数字はどうするんだ、誰がやるんだ、と佐伯が吼える。
こうして長い長い会議は続けられる。
こうなると詰められる営業員だけでなく、吼えた支店長も苦難を背負うことになる。
佐伯にしたって本来ならみんなと仲良くやりたいはずだ。
支店長としてやって来た当初は、歳も若く元気な明るい性格だった。
合併を重ねるうちに彼の顔付きも変わってゆく。
支店長会議のある度にやつれていくのが端からみてもわかるほどだった。
二度目の合併が発表された翌日に開かれた支店長会議から戻った佐伯は、彼には珍しく支店全員を誘い飲みに連れていってくれた。
「なあ今度の新社名知ってるか。ABC証券だとよ。三社が集まって出来たからそれぞれの社名を並べると長くなり過ぎるし、新たに名前考えるのも面倒だから、ABCなんだと」
佐伯は泣きそうな顔で笑っていた。
佐伯はこの日を最後に、みんなの前で笑顔をみせなくなってしまった。
人間の本来持っている性格までも変えてしまうのが証券会社というところだった。
人が人でなくなってしまう。
そうまでして投資信託を売らねば生きてゆけない証券会社は本当に必要なのだろうか、と感じてしまう。
投資信託こそが必要悪の最たるもの、と私自身この終わりのみえない長い長い会議に参加していた当時感じていたが、
本当の意味で必要悪なのは、証券会社そのものなのではないか、と考え改まった。
神坂や佐伯の苦悩を傍観してみて、尚一層、感じてしまうのだった。
〈第十八話へ続く〉
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