【中編連載小説】
「ちぎれ雲 〜起立編〜」第十九話
星ひかる著
私は以前、投資信託の運用者に喰って掛かったことがある。
相場が、リーマンショックなどのように、明らかに下がるとわかっている場合、運用している株式を一旦売却して現金で持っていれば損失はある程度防げるのではないか、と投資信託の約款上、出来ないのを承知で訊ねる傍ら、助言めいたことをいった。
そのときの投資信託の運用責任者が三十に達しているか否かの若造にみえたのも、私をそうさせたのかもしれない。
私たちが苦労して集めた顧客からの資金なんだ、この世界に入って数年の素人に毛の生えたも同然のどこの馬の骨とも知らぬ人間に好き勝手されてたまるか、の思いも強かった。
まして、若手の運用投資の実験台をするみたいに扱われては堪らない、という感情もあった。
現に、彼の投資信託の運用方法の説明を聞いていて、その色を強く感じた。
そんな若い運用者の私の問いに対する答えは、
「投資信託は、その資産総額の七割以上を運用していないとならない取り決めがある」
株式型の投資信託ならば株式を、債券型の投資信託なら債券で、決められた割合分運用していないとならない。
それ故、全資産を売却して現金で保有することは出来ない、というものだった。
若造だろうがベテランだろうが、誰に訊ねても、結局のところ、わかりきった答えしかないのだった。
これらの決まり事は、全くもって投資家の側に立って考えられていないルールである。
投資信託というものが、如何に証券会社と信託会社のためだけに存在しているものなのか、思い知らされた。
こんなことなら、金のある投資家は、自分自身で運用した方が断然得策だと思った。
少ない金でも、ミニ株もあるわけで、いくらでも分散投資出来るのだ。
やはり株式全体がこれから上昇も望めず下げてしまいそうなときは、投資信託だって売らないとならないはずである。
少なくとも株式であれば当然の行為であるはずなのに、投資信託は長期保有しなければならない、というルールがあるがために、投資家がいつも馬鹿を見てしまうのだ。
私は証券会社在籍時、この投資信託の短期売買に関する行為で、金融庁の証券営業に対する査察を受けたことがある。
商いが違法行為なくなされているか、取り締まるに相当する商いを行っている営業員はないか、会社全体に査察が入った。
疑わしき行為の目立った私は、呼び出された。
その事情聴取は警察張りで、一日がかりだった。
何故売却したのか、から始まり、顧客の注文かこちらから誘導、奨めたものなのか等、同じことを何度もしつこく聴かれた。
電話の着信発信履歴まで取られた。
中には、投資信託を解約して、銘柄は違うとはいえ、また投資信託を買っていたのもあったから、正合性はあるのか、どういう理由でそうしなければならなかったのか、事細かに理由を求められた。
ノルマが厳しかったから、は言い訳にならない。
頻繁にこんな行為が行われていることが明らかになれば、それは営業員個人だけの処分では済まされず、営業停止等、その手は会社全体に及ぶ。
厳しいノルマを営業員に課して営業を続けていた結果起きた違法行為であれば、その責任は会社が取るべきである。
だがその行為そのものが禁じられていることは営業員の誰もが知っていることである。
営業員は免許制であるから、違法行為をすれば、会社ではなく先ずは営業員自身が罰せられる。
私の他にも十数人が査察取り調べの対象にされたが、みな商いを頻繁にやっている者たちであった。
取り調べが終わって、漸く外に出られた頃には、辺りは真っ暗であった。
冷たい空気に触れて薄ぼやけた月を見上げた。
自分はなにをやっているのか。
虚しさしかなかった。
その夜、家に帰って妻に査察取り調べの話を聞いてもらったが、妻はなにも語らず、冷蔵庫へ向かうと、冷えた缶ビールを持ってきた。
妻と二人、グラスに分け合い、一緒に飲んだ。
妻も元営業員だ。
多くを語らずとも理解してくれていた。
まあ気にするなよ、そういうこともあるさ、きょうはお疲れ様、と言いたげな顔をしていた。
この世界、数字を挙げたその分だけ、魔物は忍び寄って来ているのだ、ということを知った。
〈第二十話へ続く〉
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数字を挙げた分だけ、魔物が忍び寄る…。
そうかも知れませんね。
2015/11/19(木) 午前 7:43 [ ねずみ ]
ねずみさん、こんにちは。
魔物に取りつかれた人間を幾人もみてきました……。
すべては金のなせる業です……( ̄▽ ̄;)
いつもありがとうございます。
2015/11/19(木) 午後 0:05 [ ホシヒカル ]