【中編連載小説】
だいぶ間が開いてしまいましたので……。
〈前回までのあらすじ〉
私は、妻に内緒で十四年勤めていた証券会社を辞めた。
妻には転勤になったと嘘を付いて、独り東京から奈良へ引っ越してきたが、妻も勤め先に転勤願いを出し、あとから追ってやって来た。
私は、暇を持て余し奈良の観光をして過ごしながら、わずかばかりの株式の運用で生活費を稼いでいたが、それにも限界を感じるようになる。
なにかしなければ動かなければと日々考えることが多くなっていた。
そんな矢先、立ち寄った本屋で「起業」という文字が目に入る。
それ以来、私は、起業して動き出す自分の姿を思い描くようになっていた。
「ちぎれ雲 〜起立編〜」第二十六話
星ひかる著
自分の今後の向かうべき道のみえてきた私は、心も落ち着いてきた。
きょうは妻と外で食事でもしようと思い立った。
妻にも話さなければならない。
きょうという日がそのときだと感じた。
私は、意を決して、妻に電話をかけた。
「いま、どこ」
「あら、早かったのね。ちょうど学園前に着いて、これからバスに乗るところよ。お腹すいたでしょう。もう少し待ってて」
と妻の透き通る声だった。
私は、大丈夫だよ、と電話を切った。
急いで、ボロボロのジーンズを履くと、タンスの引き出しの一番上に乗っかっているシャツを掴んで着る。
これだけでは寒いだろうと、これまた別の引き出しの一番上にあったセーターを着て、最後に冬物のジャケットを羽織った。
このジャケットももう何年目になるだろう。
袖口は擦れに擦れ、糸もほつれ、ところどころ下地が見えていたりもする。
特別気に入っているわけでもないのだけれど、いつの間にか寒い日にはこれしか着なくなっていた。
妻には、いい加減新しいの買ったら、と幾度となくいわれてきたが、最近はいわなくなった。
私は、外に出た。
バス停で妻を待つことにした。
辺りはすっかり暗くなっていて、その分寒さも身に沁みた。
バス停に近づくにつれ、寒さに慣れてはくるが、時折吹き荒ぶ風が首もとに巻き付いてくる。
マフラーをしてくれば良かったと、後悔した。
バスが到着した。
「あら、どうしたの」
妻のビックリした顔をみるのは久しぶりだった。
あの話をしたら、どんな顔になるのだろう、などと他人事のように考えていた。
「いやね、奈良に来て、まだ一度も外で一緒に食事もしてなかったな、って思ってさ、すぐそこに居酒屋があるから行こうか」
奈良に来て初めての外食というのに、なんの愛想もない大将しかいない居酒屋を選ぶ私のセンスはどうなのか、と自分でも思うが、近くにはその店しかないのだった。
他に洒落た店がないわけではないが、駅まで戻らないとならない。
無愛想な店でも鍋料理くらいは出来るだろう。
きょうは、妻に自分の現状を告白しよう、と思い立ったわけだが、そのときが近付いているのか、と改めて考えを巡らしていると、急に緊張してきてしまう。
寒いはずの風がいまの私には反って心地好くもあった。
それほどまでに汗が全身から吹き出ていた。
どうやらマフラーをしてこないで正解だったようだ。
「あなた行ったことあるの」
妻が聞いた。
「一度だけね」
私は、妻の鞄を受け取りながら答えた。
「目の小っちゃな大将しかいない、なんの取り柄もない普通の居酒屋なんだけどね」
私は、こう続けて、鍋くらいはあるでしょ、と笑った。
「そうね、寒いから鍋いいね」
そういって笑顔をみせた妻は鼻を赤くしている。
東京とは違う底冷えする奈良の寒さを二人で初めて経験する。
雪国育ちの妻であるが、奈良の昼と夜の寒暖差には驚いたようだ。
居酒屋へ着いた。
古びた引き戸を開ける。
「へい、まいど」
威勢の良い声が店中に響き渡った。
八席あるカウンターは、満席だった。
代わりに、先日サラリーマン四人が飲んでいた席が空いていた。
「はい、お二人さん、そちらへどうぞ」
と指された席は、その四人席だった。
前回来たときと雰囲気の違う明るい大将の声に私は、面食らったが、妻はそそくさとコートを脱ぎ片方の椅子に置いて着席していた。
「あら、賑やかなお店じゃない」
店の中も暖かいし嬉しいわ、といってメニューを開いていた。
「どうぞ」
と、おしぼりを持ってきたのは、年配ではあるが目鼻立ちのしゅっとした顔の女性だった。
私は、瓶ビールを頼んだ。
「大将、やっぱ女将さんがいると違うね」
カウンターの独りの客人が声をあげた。
大将は、頭を掻きながら照れ笑いを浮かべ、焼き鳥の煙を煽る。
「そうさなあ、女将さん元気に戻ってきてよかったって、なあ大将」
大将がさっきより余計に煙を煽るものだから、店中が煙だらけになった。
女将が、瓶ビールとグラス、そして付き出しを持ってきた。
小皿ではあるがよく煮込まれた肉じゃがだった。
先日のなんの味気もない、なんの野菜かも知れないお浸しとは雲泥の差だった。
男って奴は、古今東西、わかりやすい動物と生まれついているようだ。
二本目のビールを飲むころには、寄せ鍋がガスコンロと一緒に運ばれてきた。
私は、火を点けた。
その手は少し震えていた。
妻にどこから話したらいいのか考えれば考えるほど頭の中は真っ白になってゆく。
きょうは、もう、ただの食事会にしてしまおうか、と思っていると、
「わたし、梅酒もらおうかしら」
妻は、ほんのり頬を赤くしていった。
決して美人ではないが、私は、そんな妻のほろ酔いでみせる笑顔は特に好きだった。
「きょうのあなたは、おとなしいのね」
妻に見抜かれているのかもしれない。
「そうかなあ、少し疲れてるかも」
私は、妻の目を見ることが出来ぬままグラスに残ったビールを飲み干していた。
「はい、お兄さん、これうちの大将から」
と女将が鮪とイカの刺身を盛り付けた皿を持ってきた。
「この間、なんも出来なかったお詫びなんやて。ほんに堪忍なあ」
大将をみると笑顔で手を振っていた。
小さな目は更に小さくなっていた。
妻も梅酒を美味しそうに飲んでいた。
私もビールを追加で注文した。
よし、いまだ、いましかない、と妻の顔をみた。
だが、妻の顔は、鍋から沸き立つ湯気に包まれて見え隠れする。
優しい笑顔で、女将と談笑している。
いまそこに私の話の加わる余地は見当たらない。
ついには、二人の姿は、霞んでみえなくなっていた。
はしゃぐ声だけが響いていた。
私は、夢でも見ている気分だった。
空になったグラスをただ、見詰めるだけだった。
〈第二十七話へ続く〉
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やっぱり才能あるよ〜〜次楽しみにしてます•( ◜◡‾)(‾◡◝ )ね!
2015/12/14(月) 午後 2:08
まいまいさん、三連続こんばんは♪
マジで、照れるなあ……( ̄▽ ̄;)
意思と根気がもう少しあればなあ……。
自分でいうなんて……(;゜0゜)
一話書く毎に、次への展開が二つも三つあって、どちらへ誘導するか決めるのが難儀なんです。
頑張って書きます!
いつもありがとうございます♪♪♪
2015/12/14(月) 午後 4:32 [ ホシヒカル ]
いつまでも楽しみに待っていますよ〜・・



優しい奥さんですね〜・・
夫婦って同じ魂の持主だって・・ヒカルンも優しいものね〜・・
のんびり待とう〜・・
2016/2/2(火) 午前 10:32
まいまいさん、こんにちは。
月曜日に書き出して、きのう揚げようと思ったら、あんなことがあって……。
すみません!
いつもありがとうございます。
2016/2/3(水) 午前 11:31 [ ホシヒカル ]