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道彦が歩けば、物語が始まる。 【即興超短篇(39)】 「生まれた日」 星ひかる著 五月九日の朝、道彦は目が覚めた。 目が覚めたからには新しい一日が再び始まる。 仕事に行きたくない、と独り駄々をこねたところで「行かないで!」と悲しむ者もなければ「行きなさい!」と叱咤してくれる者もいない。 なにを思おうが、生きて命あるうちは、仕事に行かないとなにも始まらないのだった。 生活費もなくなるし、お金が無ければ、大好きなお酒も遊びも、なにもかも出来なくなる。 そうなのだ。生きて朝起きたからには、道彦に限らず誰しも、己の行く道、運命の一日は始まるのである。 道彦は、小さなリビングで煙草を一吹き二吹きする。 いつもの朝と同じだ。 換気扇の電源も忘れずに点ける。 独りでいるから煙なんか気にならないはずなのに、未だ妻がいた頃からの習わしとして身に付いた、煙草を吸うときは換気扇を回す、という一連の流れとなっていた。 洗面台の鏡に向かって歯を磨く。 鏡の向こうの寝起きのぼさぼさ頭は黒かった。 見慣れぬ自分の風貌を凝視する。 若い頃から白髪混じりだったから、年相応に多少白髪が増えたとて別段気にすることもなかったのだけれど、最近、歳を重ねすぎたか、髪が伸びると一段とみすぼらしくなってゆく自分の姿に失望するようにもなり、とうとう、今年になって染めてみた。 飲み仲間からは「なに色気付いてるんだ」と、からかわれるが、満更、嫌な気はしない。 案外、似合っているのではないかと独り感じるときもある。 そうはいっても黒髪の自分の姿に、違和感を覚えてはいる。 テレビはいつも点けっぱなしになっている。 朝、画面を観ることは殆んどない。 余裕がない、といった方が良いかもしれない。 十数分で身だしなみを整えないとならないからだった。 ニュースを伝えるアナウンサーの声だけ聴いている。 いいや聴き流し、そして靴下を履く。 靴下は左足から履くと決めている。 間違って右足から履いてしまったら、全部脱ぎ、左から改めて履き直す。 もうかれこれ二十年来の癖である。 一種の験担ぎであるが、良いことが起こるのか、といえばそうでもなく、悪いことが起こらなければそれで良かった。 こうして、道彦のいつもの一日が始まる。 「きょうは五月九日です。牡牛座の運勢は……」 聴き流していたテレビからの声だった。 (五月九日か……) 道彦は、はっ、とした。 (ああ、きょうは誕生日だったんだ。とうとう五十か……。) 道彦も半世紀を生きた。 ほんの十年前まではいつも死ぬことしか考えていなかった自分がいたことが嘘のような日々をいまは送れている。 道彦は、自分がなんの病気もなくここまで生きて来られたことには、生んでくれた親に感謝の言葉しかない。 先天的な病に苦しんでいる人のことを考えると、少しばかり罪悪感を感じないわけではなかった。 生きたくとも死と隣り合わせにいる人もいるのに、自分は己の身勝手から、死も考えていたわけだし、いまこうして日常を送ることの出来る自分は、一体、なんのためにこの世に生を受けたのか、ようやく考える時期に来ていると思えた。 正に天命を知らなくてはならない、と感じた。 「みなさん、昨日の母の日は如何お過ごしになられましたか。それでは次のコーナーは……」 聴き流しているテレビの声が再び狭い部屋に響いた。 (あっ! そうだったか。きのうは母の日だったんだ……。) 親に感謝とは言葉だけで、母の日に実家に顔も出さず、連絡すらしていない自分を道彦は恥じた。 天命を知ることなんか出来るのだろうか。 せめて今週末くらいは実家に顔を出そう、と決めた。 母の顔をみれば、己の天命を少しは知ることが出来るのではなかろうか。 道彦は、間違って右足から履いていた靴下を左足から履き直しながら、生まれた日から五十年後の朝、なんとなく、そう感じていたのだった。 〈了〉 |
即興超短篇
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