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久しぶりに小説でも書きたくなってしまいました。 なんのオチもなく、面白くもないんだけど、 題名の通り、「思うまま」を重視しました。 これからの発展の余地はあるかも知れない、と道彦を新たな境遇に置きました(笑)♪ 【即興超短篇(41)】 「久しぶりに思うままに」 星ひかる著 道彦は笑っていた。 なにを、か……。 それは道彦にもわからない。 実は、泣いていたのかも知れない。 二年の月日が流れ、みなさんにはお知らせしなければならいことがある。 こんな道彦にも彼女が出来た……。 驚いている人もいるだろう。 あの独りで飲んだくれているしか能のない道彦に、彼女が出来たのだから。 そんな道彦は、いま彼女と同棲を始めたばかりだった。 ひとつの部屋の下に自分以外の他人が居て、しかもそれが異性の女性だという。 自分にとってこれほど正に、異星にいるような心地はない。 ひょっとして、隣で寝ている異性と思った人間は本当に異星から来ている宇宙人なのではないのか、とさえ思うのだった。 腕は二本あるのは確かめた。 でも足は、ひょっとしたらあと六本あるのかも知れないと、寝しなにわざとらしくじゃれあいするふりをしてまさぐってみる。 彼女は知ってか知らずか寝息を立てたまま動かない。 寝返りをうった。 彼女の顔が道彦の前にあった。 道彦はドギマギした。 道彦は布団に顔を埋め、彼女の足を目掛けた。 二本しかないことにほっとした。 そうか考えてみれば俺も四十になったんだった。 女の一人や二人居てもおかしくない年齢に達していた。 いままでの自分が、独りよがりを生きるがために、女というものを寄せ付けて来ないでいた。 でもそこには、彼女の寝息を微笑ましく見て取れる自分もいた。 いま自分の前には、可愛い顔をしている彼女がいる。 自分には勿体無いほどに思える彼女だ。 明日朝起きたら、彼女に、なんで僕と一緒になろうとおもったか、と聞いてみようか……。 そんな野暮なことを聴く男も自分だけだろうな、とは思うけど、聴いてみるか……。 道彦は、目が覚めた。 寝息を立てている彼女の顔を覗き込んだ。 額に手を充てて軽く髪を掻き上げてみる。 反応はなかった。 道彦は、煙草を一本だけ吹かし、さっき自分が掻き上げたときのままの彼女の広い額をそのままに、いつものようにいつもの時間に家を出て仕事に向かった。 道彦は思った。 自分の人生は、またここからスタートなんだな、と。 <了> . |
即興超短篇
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道彦が歩けば、物語が始まる。 【即興超短篇(39)】 「生まれた日」 星ひかる著 五月九日の朝、道彦は目が覚めた。 目が覚めたからには新しい一日が再び始まる。 仕事に行きたくない、と独り駄々をこねたところで「行かないで!」と悲しむ者もなければ「行きなさい!」と叱咤してくれる者もいない。 なにを思おうが、生きて命あるうちは、仕事に行かないとなにも始まらないのだった。 生活費もなくなるし、お金が無ければ、大好きなお酒も遊びも、なにもかも出来なくなる。 そうなのだ。生きて朝起きたからには、道彦に限らず誰しも、己の行く道、運命の一日は始まるのである。 道彦は、小さなリビングで煙草を一吹き二吹きする。 いつもの朝と同じだ。 換気扇の電源も忘れずに点ける。 独りでいるから煙なんか気にならないはずなのに、未だ妻がいた頃からの習わしとして身に付いた、煙草を吸うときは換気扇を回す、という一連の流れとなっていた。 洗面台の鏡に向かって歯を磨く。 鏡の向こうの寝起きのぼさぼさ頭は黒かった。 見慣れぬ自分の風貌を凝視する。 若い頃から白髪混じりだったから、年相応に多少白髪が増えたとて別段気にすることもなかったのだけれど、最近、歳を重ねすぎたか、髪が伸びると一段とみすぼらしくなってゆく自分の姿に失望するようにもなり、とうとう、今年になって染めてみた。 飲み仲間からは「なに色気付いてるんだ」と、からかわれるが、満更、嫌な気はしない。 案外、似合っているのではないかと独り感じるときもある。 そうはいっても黒髪の自分の姿に、違和感を覚えてはいる。 テレビはいつも点けっぱなしになっている。 朝、画面を観ることは殆んどない。 余裕がない、といった方が良いかもしれない。 十数分で身だしなみを整えないとならないからだった。 ニュースを伝えるアナウンサーの声だけ聴いている。 いいや聴き流し、そして靴下を履く。 靴下は左足から履くと決めている。 間違って右足から履いてしまったら、全部脱ぎ、左から改めて履き直す。 もうかれこれ二十年来の癖である。 一種の験担ぎであるが、良いことが起こるのか、といえばそうでもなく、悪いことが起こらなければそれで良かった。 こうして、道彦のいつもの一日が始まる。 「きょうは五月九日です。牡牛座の運勢は……」 聴き流していたテレビからの声だった。 (五月九日か……) 道彦は、はっ、とした。 (ああ、きょうは誕生日だったんだ。とうとう五十か……。) 道彦も半世紀を生きた。 ほんの十年前まではいつも死ぬことしか考えていなかった自分がいたことが嘘のような日々をいまは送れている。 道彦は、自分がなんの病気もなくここまで生きて来られたことには、生んでくれた親に感謝の言葉しかない。 先天的な病に苦しんでいる人のことを考えると、少しばかり罪悪感を感じないわけではなかった。 生きたくとも死と隣り合わせにいる人もいるのに、自分は己の身勝手から、死も考えていたわけだし、いまこうして日常を送ることの出来る自分は、一体、なんのためにこの世に生を受けたのか、ようやく考える時期に来ていると思えた。 正に天命を知らなくてはならない、と感じた。 「みなさん、昨日の母の日は如何お過ごしになられましたか。それでは次のコーナーは……」 聴き流しているテレビの声が再び狭い部屋に響いた。 (あっ! そうだったか。きのうは母の日だったんだ……。) 親に感謝とは言葉だけで、母の日に実家に顔も出さず、連絡すらしていない自分を道彦は恥じた。 天命を知ることなんか出来るのだろうか。 せめて今週末くらいは実家に顔を出そう、と決めた。 母の顔をみれば、己の天命を少しは知ることが出来るのではなかろうか。 道彦は、間違って右足から履いていた靴下を左足から履き直しながら、生まれた日から五十年後の朝、なんとなく、そう感じていたのだった。 〈了〉 |
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【即興超短篇(38)】 「バンくん、逝く」 星ひかる著 二十二年と一ヶ月。 ぼくは猫としてヒカルンのうちにやってきた。 優しいおじいちゃんと、おばあちゃんとも出逢えた。 少し恐かったけどヘレンお姉ちゃんと、怒ったのをみたことない白いふわふわのロンお兄ちゃんとも出逢えた。 ヒカルンの彼女にも、確か……二人、出逢えた。 ヒカルンに抱かれて観るベランダからの景色が大好きだった。 ちょっと煙草の煙が目に痛かったけど。 夜は、お星さまを眺めた。 昼には、雲を見詰めていた。 ヒカルンは時々、睫毛を濡らしていた。 ぼくがいつも舐めてあげていたんだ。 おばあちゃんがヒカルンのご飯を一生懸命作っていた。 フライパンの音が軽やかで耳に心地好く聴こえてくるんだ。 ぼくもお腹すくから、ヒカルンの隣で一緒に食べていた。 おじいちゃんとは、いつもテレビを観ていた。 おばあちゃんは、おじいちゃんの病気の看病でいつも疲れていたから、ぼくが横に並んで眠ってあげていた。 でもね、ぼく……、そろそろ行かなきゃ。 ヘレンお姉ちゃんとロンお兄ちゃんのところに行かなきゃ。 もう少し居ても良かったけど、みんなが元気なうちに行くね。 ヒカルン、おじいちゃんとおばあちゃんを大切にするんだよ。 エリカさんとミーちゃんを幸せにするんだよ。 悲しませたらぼくが承知しないよ。 夜には、ぼくのお星さまを探してね。 昼には、ぼくは雲になってみんなの前に来るから見付けてね。 約束だよ。 二十二年も、ありがとう。 ぼくは、幸せでした。 みんなに出逢えて、幸せだったよ。 じゃあ、ね……。 〈了〉 |
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立てなくなっちゃった……。 おばあちゃんの身体、温かいなあ……。 【即興超短篇(37)】 「ぼく、バンくん♪ 二十一の冬」 星ひかる著 きょうは、妙に眠いんだ。 身体もだるくて、動けないの。 お腹もすかないし、一日中、ずっと夢をみているみたいなんだ。 ヘレンお姉ちゃんとロンお兄ちゃんが、さっきから、ぼくの傍でずっと見守ってくれているのは知っている。 いつもは恐い顔して、ぼくを追い返すのに、きょうのお姉ちゃんとお兄ちゃんは、優しいんだ。 おかしいなあ。 なんだか、ぼく、気が遠くなってきたよ。 だんだんと身体も、ふわふわしてきたよ。 おばあちゃんが、大声でぼくに向かってなにか叫んでいるみたいなんだけど、聞こえない。 ぼくの背中をずっと擦りながら、なにかをいっている。 ときどき咳をするみたいな仕種をみせて、顔をくちゃくちゃにして、やっぱりなにかを叫んでいるようなんだけど、なにも聞こえない。 とても静かなんだ。 背中だけは、おばあちゃんの手のお蔭でぽかぽかと、気持ちよくなってきて、ぼくはいつの間にか、本当に眠ってしまっていた。 ん? このドタドタした階段を駆け上がる音は、ヒカルンじゃない? あれ? さっきまでなんの音も聞こえなかったのに。 夢か……。 ぼくの手をムニムニと触ってくる人がいる。 肉球と肉球の間に指を入れてくるんだ。 これ、くすぐったくて気持ち悪いから嫌なんだよ! 誰だよ! やめてよ! こういうことするのヒカルンしかいないんだけど……。 ぼくは、目が覚めた。 ぼくの目の前には、ヒカルンがいた。 そう、やっぱりヒカルンだった。 でもどうしたの? ヒカルン。 目を真っ赤にして、なにしてるの。 ヒカルンは、なにも語らなかった。 ぼくは、ヒカルンの真っ赤になっている瞳をひたすら見詰めた。 ヒカルンもぼくの目を見詰めてくれていた。 ぼくの手を握ったまま離さない。 肉球もときどき触る。 くすぐったくて本当は嫌だけど、きょうは何故かしら気持ちいいんだ。 「よく頑張ったね」 ヒカルンの声だった。 ぼくは、ミャー、と声になったかわからないけれど、啼いた。 ヒカルン、来てくれたんだね。 夢でもいいんだ、嬉しいよ。 こうしてヒカルンと一時間も見詰め合うことなんて、いままでなかったね。 一時間もぼくの手を握らせることもなかったけど。 肉球を触るのはときどきだから許してあげる。 おばあちゃんが、ヒカルンのご飯を作り始めたみたいだ。 なにかをフライパンで炒める音が聞こえた。 いつもの時間だ。 いつもの音が、また聞こえるようになった。 夢じゃないんだ。 おばあちゃんのヒカルンを呼ぶ声がする。 おじいちゃんが観ているテレビの音も聞こえた。 ああ、良かった、またいつもの音がする。 いつもの時間が流れている。 ぼくもご飯が欲しくなったよ。 ヒカルンと一緒にご飯が食べたいよ。 また、ヒカルンの隣でご飯が食べたいよ。 明日も明後日も、その次の日も、ずっとずっと一緒に居たいよ。 ご飯を食べ終えたヒカルンが、ぼくを抱き上げてくれた。 ベランダに出て、夜の空をみせてくれた。 きょうは、たくさんのお星さまが、キラキラと光ってるね。 こんなにも溢れ落ちて来そうなくらいに光り輝くお星さまを見るのは初めてかもしれない。 ぼくが、あのお星さまになったら、ヒカルンと毎日会えるんだね。 ヒカルン、下を向いたら駄目だよ。 上を向いてくれないと、ぼくと毎日会えなくなるからね。 泣いてばかりでも駄目だよ。 滲んでボヤけて見えなくなるからね。 ぼくはヒカルンに拾われて、二十一年間、本当に、本当に、幸せでした。 おじいちゃん、おばあちゃんが、本当に大好きでした。 みんな仲良く元気で、上を向いて、ぼくを探してね。 隣には、ヘレンお姉ちゃんもロンお兄ちゃんも一緒にいるからね。 ねえ、ヒカルン、ぼく、なんだか、眠くなってきたよ……。 ヒカルン、ありがとう。 ……おやすみなさい。 〈了〉 いまバンくんは、懸命に生きております。 ねずみさんがコメントくれたように、一日一日が勝負で正念場であります。 きょうは、私といっぱい会話して、腰は立ちませんが、なんとか、 ライオン座りは出来るようになりました。 つい先日会ったときは、本当に元気で居てくれたので、きょうの容態急変にはビックリしております。 身体の匂いも臭くなく、寧ろ、いい匂いです。 完全なる老衰の状態です。 顔はしっかりとしてますが。 二十一年も生きることは、彼にもいろいろな苦労があったと思いますが、 そんな愚痴一つ吐いたのを聞いたことがありません。 私が先日、詰まらぬことで愚痴ったことを怒っていることでしょう。 バンくんに教えられました。 元気に前を見詰め上を向いて、バンくんと共に生きて参ります。 今後とも、よろしくお願いいたします。 バンくんの余命は幾ばくか知れませんが、生きることしか考えていないことは、彼をみて、思い知らされます。 どうぞ、バンくんを見守ってあげてください。 ではね。 きょうの夜空には、たくさんの星が瞬いておりました。 あと何回、バンくんと観られるのだろう。 では、ではね。 |
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道彦が歩けば、物語が始まる。
今回の道彦は、だいぶ遠くへ行っていたようだ。 【即興超短篇(36)】 「母の声」 星ひかる著 道彦は久しぶりに母の声を聞いた。 「道彦、元気にしてんのかい……」 それは、留守番電話に録音された母の短い声だった。 道彦が奈良にいた時代、両親には散々心配を掛けてきた。 そのときのことが甦ってしまう。 そのときと同じ、寂しげな母の声だった。 十年を超えて連れ添った妻と別れたのも、この奈良でのことだ。 そして借金苦の道へと突き進むこととなる。 父が脳梗塞で倒れたのも、ちょうどそんな苦しいときだった。 馬鹿な道彦のことが心配で気を揉んでいたことが大半の原因に違いなかった。 父は道彦には優しかった。そして母も。 二つ下の弟が羨むほどに。 道彦に、母の元へ帰る決心をさせた弟の一言が、これも耳から離れない。 「兄さんでなきゃ駄目なんだ……」 いまにしてみれば、父が倒れて尚、帰ることに不安を抱える道彦へ、 痺れを切らし発した弟の気持ちの現れた言葉だったように思う。 弟は、道彦の気持ちがわかっていたのだろう。 母の声を聞きたくて聴きたくて、そして会いたくて逢いたくて仕方ないくせに、 体裁だとか世間体だとか、本来生きる上でなんの役にも立たないものに拘っている馬鹿な兄の気持ちを。 いいや、馬鹿な兄は阿呆の兄と諦めて、単に、父と母のためにしたことだったのかも知れない。 道彦が、足掛け九年いた奈良での最後の年は、母への思慕との戦いだった。 電話を掛けて母の声だけでも聞きたい。 けれども、そんなことをして、本当に母の声を聞けば、その場で泣き崩れてしまうに違いなかった。 道彦は懸命に我慢をした。 成功を目指して興したはずの事業も、思う通りには行かず、日々の生活に追われる毎日を繰り返すばかりになり、 当たり前に借金もこさえた。 そしてそれは嵩んでいった。 いっそのこと死ぬか……。 道彦は、いつしか死に方を考えるようになっていた。 己の死に様に相応しいものはなにかを、そればかりを思って過ごした。 思い当たる総ての死に様という死に様は、想像をし尽くした。 もう考えるのも嫌になった。 どうせ死ぬなら、その前に全部投げ出して、母の元へ帰ろう、せめて最後に母の顔だけでもみよう、と思い始めていた。 父が倒れたのは、正にそんな矢先だったのだ。 その知らせを受けても尚、帰ることに躊躇する道彦がいた。 「どうせ俺なんかが帰ったって……、迷惑なだけだ……」 そして、あの弟の言葉が発せられた。 「兄さんでなきゃ駄目なんだ」 いま道彦があるのは、父が命を張ってまで道彦を母の元へ戻そうとした結果である、と思っている。 道彦は、弟の言葉に促され、父そして母の元へ帰った。 病院に着いたとき、母と弟は既に到着していた。 ベッドに横たわる父がいた。 目は虚ろで覇気はなく、両手を広げ、指先を見詰めているだけだった。 父が父でなくなっていた。 道彦のことが道彦と、息子とは、わからないでいた。 道彦が、お父さん、と呼び掛けても目は虚ろで、 あんた誰だ、あんたみたいな親不孝な息子は知らんよ、といわれているようだった。 だが、そうではなかった。 道彦だけでなく、母のことも弟のこともわからない、失語症という脳梗塞の後遺症だったのだ。 「あれ、なんでこんなところにいるんだろう……」 集中治療室でみた父は、何度も何度もこの言葉を繰り返していた。 「お父さん、道彦が帰ってきたんだよ」 もう一度、母が虚ろな目をした父に向かっていった。 父は、道彦と目を合わそうともせず、なんの反応もみせない。 ただ、 「なんで俺は、こんなところにいるんだろう」 というばかりだった。 容態急変の恐れもない、という医師の診断もあり、 病院に父一人残し、道彦と母は、弟の運転する車で自宅まで送ってもらうことになった。 その道すがら、助手席に座る母には珍しく、独りで喋っていた。 「まあ、お父さん死ななくて良かったって」 道彦は頷くだけだった。 「お父さんね、私たちのことは誰だか解んないんだけど、 ヘレンとロンとバンの写真を見せるとね、解るんだよ。 名前、ちゃんと言えるの」 「本当に?」 と弟が返す。 「私らは、お父さん放ったらかしにし過ぎたから、忘れられたんよ」 と無邪気に笑った。 道彦は、車窓の流れる景色に目をやりながら、 いまではもう亡くなった、愛猫ヘレンとロンを思い出していた。 ヘレンもロンも、道彦と弟が中学生の頃に拾ってきた捨て猫だった。 飼う条件に、あんたらがきちんと面倒みるのなら、 と父とも母とも約束して飼った猫たちだった。 いつしか月日の流れと共に、道彦も弟も大学、社会人と成長し、家を出ていった。 その後、三匹の猫の面倒をみてくれたのは、父だった。 大人になった父の息子二人は、勝手に独りで大きくなったような顔をし、 父を煙たがるばかりで、碌に話もしない。 きっと父も寂しかったに違いない。 結局、父の善き話し相手は、三匹の猫、ヘレンとロンとバンしかいなかったのだ。 「お父さん……」 道彦は、目を伏せた。 声にならない声をあげた。 「道彦、あんたのせいじゃなか」 母の怒ったような声が車のエンジン音と共鳴し、狭い車内に響き渡った。 「兄さん、引っ越しのときは手伝うから、遠慮なくいってね……」 弟の絞り出した声も震えていた。 「お母さんなんだか、お腹すたわね。 二人ともなんも食べてないでしょ。 久しぶりにお母さんのご飯食べて行きなさい。 バンも寂しがってるから……」 男二人はコクりと頷くだけだった。 車は、夕暮れ時の少し冷えた風を切って、このときばかりは静かに流れて行った。 「道彦、元気にしてんのかい……」 母の声が道彦は大好きだ。 母の元へ戻って八年が過ぎた。 父も脳梗塞で倒れて八年が経つ。 失語症の後遺症は残るが元気でいる。 道彦はいま、実家から近くのアパートを借りて独り暮らしを始めている。 独りの道彦を心配した母の声。 これ以上、悲しませるわけにはいかない。 道彦は外へ出た。 秋の澄み亘る夜空を見上げた。 四つの大きな星が、ほろほろと瞬くように輝いてみえた。 ヘレンとロンに見守られているようでもあるし、道彦の家族の象徴の星であるようにもみえる。 道彦はきょう、父と母の待つ家へ帰る日と決めた。 留守番電話の声ではない、母の声を笑顔と共に聞きたかったから……。 〈了〉 道彦も長い旅に出掛けていたようで、前回の35話から、だいぶ間が開いてしまいました。 母を語るのは、いわば私の真骨頂なわけですが、今回は難産でした。 もう少し楽に書くつもりが、どんどん深みに嵌まってゆく感が強く、 少し書いては止めて、読み返しては閉じての繰り返しでした。 書き始めたのが、9月28日。 この即興超短篇を書き始めて丁度一年目に当たる日に合わせていたのです。 深みに嵌まると同時に、仕事で忙しくなったり……、 いいえ、遊んでたり、飲みに行っていたり……。 書けない理由をいちいち考えていました。 そんな最中で、 「最近、道彦さんはどうしてますか?」 なんて、道彦の登場するのを待ちわびてくれている方も幾人かいてくれたりして、 これはいかん! と、なんとかかんとか、手を入れてみて、 また止まり、また読み直し、その繰り返しでした。 この短篇の趣旨の「即興」とはほど遠いものとなってしまいました。 最近、人手不足が止まらず、仕事面では、相変わらず忙しい日の続くことと覚悟しておりますが、 ほんの少し夜のお仕事(?)を抑えて、書いていきたいと思います(笑)。 もう四十代残り少なくなりましたしね(爆)! 今回の超短篇も7時半に家に帰ってから、少しずつ最後の仕上げを行いました♪ いまこの時にしか感じられないものが必ずあるはずですから、 それを少しでも綴っていきたいと思います。 ではね。 追記 さて、これから缶ビール1本だけ飲んでもいいかな……。 ( ̄▽ ̄;) では、ではね。 |




