【泣き虫社長の投資日記】☆星ひかる☆

【書庫のお知らせ】なんか最近「競馬!」「エセコラ(エッセイ&コラム」「即興超短篇(一枚の写真から物語創作)」

即興超短篇

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道彦が歩けば物語りが生まれる。

きょうの道彦は何処へ。



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【即興超短篇(30)】

『大相撲譚』

星ひかる著



道彦は両国駅に降り立った。

その日はちょうど夏場所の開催日にあたっていたようで、平日の午前にも関わらず、

駅前は多くの人で賑わいをみせていた。

一般人に混じって、まだちょんまげも結えない力士の姿もみえる。

時折、春風に乗って瓶つけ油の匂いがほんのり香る。

道彦にとってそれらは懐かしいものでもあった。

もう何十年と相撲観戦をしていなかった。

テレビでの観戦もリアルタイムではなかなか出来ない。

偶然、早くから居酒屋で飲み始めたときに、後半戦のそれも結び前の二三番を観るくらいのもので、

じっくり腰を据えて最初から観ることもなくなった。

大体が、中入り後の主たる取り組みが、午後四時半から六時の時間帯というのも、

エンターテイメントとしてはどうなのか、とも道彦は思う。

普段の社会生活から考えるに、その時間帯はまだ働いている最中にある人が殆どであろうに。

相撲ファンの高齢化を考えれば、ちょうど良い時間帯なのかもしれなかったが、

大昔の時代からほぼ変わらない興行時間であることは、協会がなにも手を加えて来なかった、ということの真実でもあろう。

道彦が思うには、プロ野球のナイターのように六時から開始するくらいでなくては、

今後若い層のファンも付かないものと感じるのだった。

道彦は相撲が大好きであった。

その切っ掛けを作ってくれたのは、祖父である。

道彦が小学生の頃は、祖父も元気で足繁く福岡から東京へ観光にやって来ていた。

忙しい両親に代わり、道彦は子供ながら、一人で祖父を連れて国技館に案内したものだ。

きょう両国駅に降り立ったのも、電車の車窓から色とりどりののぼりが目に入ってきて、

思わず、電車を飛び降りていたのだった。

祖父を連れていった当時、国技館はまだ蔵前にあった。

電車を乗り継ぎし、一時間程度は掛かっていたと思う。

元気とはいえ、年老いた祖父には、東京の人混みの電車はキツかったろうにと、いまにして思う。

それでも祖父は道彦と行く相撲観戦が東京へ来る毎の楽しみで、

最後には、道彦と相撲観戦するために東京へ来るようにまでなっていた。

この道彦との思い出話しは、祖父の少ない余生で、語り続けられたという。

亡くなる間際も道彦と相撲を観に行きたいと、うわ言のように繰り返したらしい。

道彦は、自分を可愛がってくれた祖父の意思を引き継ぐように、益々の相撲好きになっていたのだった。

いま道彦をここ両国駅に降り立たせたものは、紛れもなく祖父なのかもしれない。

ここ何年も祖父を思い出すこともなかったから、たまにはお墓にこいよ、会いに来いよ、

せめて時々は思い出してくれよ、といっているのだと感じた。

子供だった道彦も人並みに歳を重ねていた。

まだあの当時の祖父の年齢には到底届かないが、いまこの身体全身に浴びている春のそよ風は、

あの日、祖父と一緒に感じたままと思いたかった。



〈了〉




いま夏場所中日過ぎて、やっぱり白鵬が一敗でトップですね。

ほかの力士に奮起してもらい場所を盛り上げてもらいたいものです。

相撲が無くなっちゃいそうで怖いですよ。



さて、物語りはラストどうするか悩みました、そして迷いました。

短い話なのに、二日に股がり、三時間くらいかかっちゃいました……。



ではね。


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【即興超短篇(29)】

『静かなる公園』

星ひかる著


道彦は、仕事で訪れた先の見知らぬ小さな公園にいた。

その日は柔らかな陽差し降り注ぐ、少し早めの初夏を感じさせる一日だった。

四十九年前のちょうど同じ日、道彦は産まれたのだった。

誰もいない公園で、ひとつ切りしかないベンチに道彦は腰掛けていた。

四十九というと数えでは既に五十になる。

五十の異称は「杖家(じょうか)」だったり、「中老」または、「天命」、「知命」ともいうらしい。

杖をつく老人の仲間入り、それが五十という年齢なのだった。

いまでこそ平均寿命からすると余命まだ三十年あるわけで、おいそれと杖なぞついていられない現代の五十であるが、

少し前ならもうそろそろ定年を迎える歳であったし、

もっと遡れば、それこそ寿命を迎える頃合いだったかもしれない。

正に、天命なのであった。

道彦は静かなる公園内を見渡した。

昼も近くではあるが、人っ子ひとりいない。

砂場と小さな滑り台があるだけだ。

ジャングルジムもブランコも鉄棒すらも、そこにはない。

子供が怪我する恐れのある遊具は総て撤去したかのようだ。

誰のための公園か、と道彦は思う。

少なからず、きょうは自分の誕生日のために貸し切りにしたことにしておこう、

道彦は独り頷いた。

遊園地でも貸し切りに出来たらいいのに、とは思うだけで、連れていく相手のいないことに、直ぐに思い至り、

自分にはこの公園で充分と感じた。

道彦は子供の頃、弟と二人して、家の近くの公園でよく遊んだ。

いま懐かしく思い出した。

そこは小さいながらもブランコもジャングルジムも鉄棒もあった。

得意だった「うんてい」もあった。

登り棒は苦手だった。

弟とは、鉄棒にぶら下がり一回転してどこまで遠くに飛べるかを競い合ったものだ。

結構乱暴にやっていたから、二人ともいつも傷だらけであった。

服もたくさん汚しては破き、母に叱られた。

二つ離れた弟はまだ兄の道彦には敵わなかった。

人一倍負けず嫌いの弟は、道彦より遠くへ飛ぶためにギリギリの挑戦をした。

無理が無茶になり、肘から地面に落ちた弟は遂に、骨折をした。

だけど弟は、涙一つみせない。

本当は痛かったに違いない。

道彦も兄の威厳をみせなくてはならなかった。

そうやって気張るにつけ、力余って回転しすぎて脳天から落ちたりする。

こういう性格は大人になっても変わらないのだった。

調子に乗ると失敗する癖はいつまでも付いて回る。

因みに、そのときの道彦は、余りの痛さに、火が点いたように泣いた。

「いさま(お兄様)、だいじょうぶ……」

そう弟はいつも兄道彦の心配ばかりしてくれていた。

自分の方が数倍も痛かったろうに。

弟は、いまや身体的には勿論、精神的にも大人になり、完全に道彦を抜いてしまっている。

道彦も羨む筋骨隆々の逞しい身体になったし、生活も安定し家族を持っている。

片や脳天から落ちた道彦は、恐らくはそれが原因で、

どこかの回路が狂ったらしく、他人と違う行動を取るのが常になっていった。

脳天打ちから能天気への天命を授かったに違いなかった。

いつまでも子供のままの精神が抜けないでいるのだった。

道彦自身、その部分に関しては半ば諦めているところであった。

「さて、そろそろ仕事に戻るか」

道彦は呟くと、公園を後にした。

結局、この一時間の間、公園を訪れた者は、道彦以外には誰もいなかった。

道彦は、後ろを振り返り、いまいた公園をもう一度見やる。

一体、誰のための公園なのだろう、と思った。

携帯電話に着信があった。

一本のメールが届いていた。

「お誕生日、おめでとう。またお母さんとご飯食べに行きましょう」

弟からだった。

「OK」

空を仰ぎ、梵ぐ春風に乗せるように、道彦は呟いた。




〈了〉



今朝の通勤前の電車の中での15分と、現場から現場への電車内で書いた、合計小一時間の作業と、

30分の推敲を施しました。

きょうは暑い一日となっております。

私の体調も戻ってきました。

ご心配くださった皆様、ありがとうございました。



ではね。

道彦が歩けば物語が生まれる。

きょうの道彦は何処へ。


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【即興超短篇(28)】

『汗の雫と光りと』

星ひかる著



道彦は総武線市ヶ谷駅を降りて直ぐにある、橋の上にいた。

春の陽射しが日増しに力強く感じ始めていた。

道彦の首筋を南風が元気良く過ぎてゆく。

左手には釣り堀が営業している。

右手には駅がみえた。

ここまで道彦を運んできた総武線の各駅停車が、ちょうど発車したところだった。

このずっとずっと先には、道彦が四年間通った大学がある。

ここ市ヶ谷は道彦にとって懐かしい場所のひとつだった。

大学生時代には通過するだけの駅であったが、毎日のように同じ光景をみていた。

高校生の頃には、通学途中、冒険心から少し背伸びして、生まれて初めて喫茶店というものに入ったりしたが、それもこの市ヶ谷だった。

喫茶店は姿を消してしまったが、駅と釣り堀の光景だけは、いまも昔もちっとも変わらないでここにある。

ホームの眼下にのんびりと釣りを楽しむ人々の姿。

片や満員電車に揺られ、息苦しさの中にいるサラリーマンや学生たち。

対象的な光景を作り出している駅であった。

いつかここで釣りでもしたいなあ、と呑気に眺めていた大学生の道彦のであったが、その願いは案外と早くやって来た。

証券会社に勤めるようになって、忙しく苦しい日常の毎日から、徐徐に逃れ始めた入社三年目が過ぎた頃だった。

日常と非日常が重なるこの市ヶ谷を思い出したとき、

道彦は、自然と足を向けるようになるのだった。

いま橋の上から眺めているかつての釣り堀にやって来ては、

釣糸を垂れて日長過ごすようになっていた。

始めは善き気分転換に繋がった。

だが、相場が崩れれば崩れるほど、狂えば狂うほどに、その機会は増えていく。

仕舞いには、自分の本業が釣り人と見紛うほどにまでになってゆく。

そんな自分が怖くもあった。

人間は堕落すればその位置が心地好くなる。

楽な方へ、より楽な方へ、もっと楽な方へと突き進んでゆく。

道彦は釣り堀の水面に映る自分の顔をみた。

そこにかつての道彦の生き生きとした顔はなかった。

このままではいけない、と真剣に思った。

ビールケースをひっくり返した即席の椅子に腰掛け、釣り堀場から少し上に目線を移せば、

そこは日常があった。

仕事中のサラリーマンらで駅のホームはごった返している。

よくもこんなにも大勢の人間のそれぞれにそれぞれの仕事があるものだ、とこの日本の経済に感心もする。

そんな星の数ほどある、たくさんの仕事から、なんで自分は証券会社なんて因果な商売を選んだのだろうか。

自分のことながら己を恨んだりした。

だがそれは総ては自分で決めたことだ。

親の反対、大学教授の反対を押しきって入った証券会社だった。

なにがなんでも己の本業として、成し遂げてみせたかった。

道彦は駅のホームを見上げた。

そこには、至るところで光りの粒が瞬いていた。

それは日常働く人々の汗の雫だった。

正に太陽の光りに反射した彼らの汗のひとつ一つだった。

道彦は、我に返った。

水面にもう一度自分の顔を映してみる。

道彦の顔は、なにも光ってはいなかった。

波打つ水面に歪んだ顔があるだけだった。

それからの道彦は、人が変わったように働いた。

そして十一年の月日が流れた。

十四年もの間、証券会社で働けたのもあのときの多くの汗の瞬きがあったからだと思っている。

証券会社を辞めるとき、道彦に後悔はなかった。

それは、自分もあのとき市ヶ谷の釣り堀から見上げた彼らの汗と同じ汗を充分に掻いたからという自負以外になかった。

狂った相場による冷や汗も同じくらい掻かされたが、いまでは善き経験だったと、道彦は思っている。

総ては、やり尽くした十四年間だったのだ。

暖かな春の南風が道彦の首筋に吹き流れた。

きょうはやけにぬるい風が吹き付ける日だ、と道彦は後ろポケットにある手拭いを引き抜き滴る汗を拭った。

そして、胸ポケットの携帯電話を取り出して時間をみた。

そろそろ新しい取引先との打ち合わせの時刻が迫っていた。

「まあ、こんど暇を作って久しぶりに糸を垂れてみるか」

道彦は、橋を下り、外堀通りへと向かった。

「この仕事でまた同じ汗を掻いてみせるさ」

道彦は無意識のうち、駅のホームに少しだけ視線を向けていた。

そこにはあのときと同じように、日常にあくせく働く人の汗の光りの雫をみたように感じた。

それは自分のいま掻いている汗その物だった。



〈了〉



始め、「釣り堀」というタイトルで書き進めていきました。

ただ単に道彦が釣りをして遊んでいる話しに進みます。

突如、話しは別の方向へと行ってしまいます。

引き戻そうとするのですが、戻って来られない……。

半分、書き直しです。

一応、どこかで使えるかも知れないので、メモに残しておきました。

この即興超短篇は、そんな風にして書き上がっていくのでした。

また、書くね。



ではね。


道彦が歩けば物語が生まれる。

きょうの道彦は何処へ。


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【即興超短篇(27)】

『神田祭』

星ひかる著



仕事も終わり、道彦は帰路についた。

「きょうは歩こうか」

いつもなら地下鉄で帰るところを道彦は会社から少し離れている神田へと向かった。

神田西口商店街を通り抜ける。

この街にも道彦の行き着けの店はある。

いつだったか商店街の宣伝のために、ちんどん屋の町娘に扮したママの姿が頭をよぎり、

一瞬、立ち止まった道彦であったが、きょうはどうにか、やり過ごすことに成功した。

そのまま真っ直ぐ駅を目指し歩いた。

夕方の六時になろうとしている。

きょうの商店街はやけに賑やかだった。

それは、祭りを知らせるお囃子がスピーカより流れていたからなのか。

今年は二年に一度行われる神田祭が開催される年であった。

五月半ばの土曜日と日曜日に行われる。

神田祭は、江戸の三大祭りでもあり、京都の祇園祭、大阪の天神祭と並んで日本の三大祭りでもある。

「そうかお祭りか」

と道彦は、少し前、ママの店に寄ったとき、そんな話で盛り上がっていたのを思い出していた。

「道彦さんも今年くらい神輿担いでみたら」

ママは誘った。

「いやあ、そんな体力ないしなあ、それにその日は仕事入っているんですよ」

本当は、土曜日は空いていたのだが、神輿のメインが日曜日ということもあり、道彦は丁重に断った。

「体力がないなんて、なにいってんの、ワシも出るんだから大丈夫だって」

という常連の客人は、六十を優に超えている風貌をみせて笑う。

「その後の飲み会だけ参加しますよ」

と笑いを返し、その客人から逃れた道彦だった。

お囃子が道行く道彦の鼓膜を震わせる。

肩も自然と揺れ動く。

お祭りは日本人の魂の中に生まれながらにして入り込んでいるのだろうか。

二年前は、みんなの勇姿を観においで、とママに誘われるまま、大勢の観衆に混じって遠くから覗いていただけだった。

そのときに知ったのだが、神田祭の起源は江戸時代の初期、もしくはその少し前であるといわれていて、

大祭化したのは、徳川家康が神田明神に関ヶ原の合戦の戦勝祈祷を命じたところ、

その甲斐あってか、見事勝利する。

このとき家康が天下統一を果たしたのは、

いまの歴史上揺るぎがないところであるが、

それ以来、家康の崇敬するところになって、神田祭は徳川家、縁起の祭りとして盛大に執り行われる運びになったという。

いつの時代も縁起を担ぐのは、これも日本人の魂に刻み込まれているのだろうか。

有名なアスリートほど独自の縁起を担いでいる。

勝っている間は、カレーしか食べないとか、パンツを履き替えないだとか、風呂に入らないとかもあるだろうか。

道彦はせいぜい、毎朝の身支度の際、左足から靴下を履くことくらいのものだ。

間違って、右足から靴下を履くと何故だか気持ちが悪い。

あるとき右足から履いたまま会社に行ったらば、クレームの嵐にあったことがあり、

それ以来は、間違えたらもう一度左足から履き直すようになった。

左足から履いたとて、クレームを受けるときは受けるのだが、

一度、縁起ものとして自分で認知してしまうと、

それを止めるのは、至難の業でもあった。

神田祭に限らず、大方の祭りはなんらかの縁起ものであろう。

止めるに止められず、時代を経て祭りは巨大化し、

尚更止めることが出来ずにいるのかもしれない。

止めて災いがあった方が恐ろしくて止められないのかもしれない。

何れにしろ、大昔の時代から、姿形の見えない人の心に棲み憑いた、いわば亡霊に縛られている。

道彦は、思った。

この神田を、ママの店寄らずして帰って、もしもなにかあったらどうしよう。

全身に鳥肌がたった。

道彦の前には既に、神田駅の高架がみえていたが、そこから前へ進む一歩が踏み出せない。

ママの亡霊の臭いを感じた。

「仕方ないな」

そう独り言を発した道彦は、駅に背を向け再びお囃子響く商店街へと消えて行くのだった。

道彦に新たなる縁起ものという名の亡霊が執り憑いた瞬間であった。

その後ろ姿は、見ようによっては肩が陽気に揺れているようではある。

神田のママをただの亡霊とすると後が怖いので、「妖艶な」を付け足しておこう、と道彦は思った。



〈了〉



今年の神田祭は、

5月9日(土)と5月10日(日)に行われます。

神輿、山車が、合計で百を超えて神田の街を練り歩きます。

メインは日曜日ですので、機会あればどうぞお越しください。

ちなみに私は神田祭の広報でも何でもありません(笑)。 

詳しくは、「神田祭」と検索するとホームページも出てきますので、

そちらをご覧ください。



ではね。

道彦が歩けば物語が始まる。

きょうの道彦は何処へ……。


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【即興超短篇(26)】

『満月の夜の中で』

星ひかる著



久しぶりの連休をもらった道彦は、その初日、夕暮れ過ぎに家を出た。

昼過ぎまで眠っていたのだが、それは、

前日の会社での飲み会で、深酒をしてしまっていたからだった。

貴重な休日をこうして無駄に過ごすことも常としてある。

そんな自分が情けなくも感じている道彦であるが、一向に直らない。

夜の帳が完全に下ろされた空には、大きく光り輝くお月さまが浮かんでいた。

きょうは満月だった。

「馬鹿なお前にも少しの光りをくれてやるよ」

満月の嘲笑が聴こえてくるようだ。

道彦はその場に暫し立ち止まった。

「なあ、僕は、なにをどうしたいのだろう」

満月に問うてみる。

応答はなかった。

「そりゃあ、そうだな」

道彦は、歩みを進めた。

なにをするでもなく、なにかを目的に持っているわけでもなく、

いつも足繁く通っている焼き鳥屋も横にやり過ごし、

道彦はひたすら満月に向かって歩いた。

独りでいることに慣れたわけではない。

独りでいたいわけでもない。

ましてや独りが好きなわけでもなかった。

独りでいることは、寂しさの波を呼び込む。

夜を深める毎に、その波は道彦の身体の芯目掛けて、荒ぶり削りに襲ってくるのだ。

寂しさは恐怖であった。

募る寂しさを紛らす術を他に知らないだけで、

酒を飲むことでしか、道彦には解決策を持たなかった。

「そろそろ僕も、将来について真剣に考えないとかな」

道彦は、また歩みを止めて、夜空に浮かぶ満月を見上げた。

満月がうるうるとぼやけていた。

こぼれ落ちそうな光りの粒が一滴みえた。

それは道彦の頬から首筋に滑り落ちてゆくものだった。

「それもまたお前の人生さ」

さっきより大きくなった満月がぼやけた光りを溢していた。

それを最後に満月は、薄雲に覆われ姿を消した。

きょうはやけにセンチメンタルな気分にいるなあ僕は、と道彦は自分を笑った。

隠れた満月ともう少し語り合いたかったが、踵を返すと道彦は再び歩き始めた。

「お月さまも隠れたし、僕も帰るとするか」

明日こそは早起きして、休日のお天道様を拝んでやるぞ、と思った。

さっきやり過ごした、いつもの焼き鳥屋の前を過ぎようとした。

きょうはこのまま帰る、と道彦は足の運びを速めた。

風もないのに暖簾がなびく。

ちょうど焼き鳥屋のママが、客の帰りを見送りに店の前に出てくるところだった。

「あら、道彦さん、いつもありがとうねえ」

道彦を見付けたママは、道彦の腕を取り、いま帰った客と入れ替わるようにして店の暖簾を潜る。

道彦も暖簾の手招きに、ママの後に続く。

ビールの瓶が道彦の目の前に置かれた。

自分は馬鹿だが、馬鹿は馬鹿なりに馬鹿らしく生きてやろう、と道彦は心に呟いた。

一杯目のビールは、ママがお酌をしてくれる。

道彦は、グラスの中を覗いた。

形といい、色といい、それはまるで満月のようだった。

白い雲に隠れた満月が、時間の経過と共に道彦の前に姿をみせるのだった。

「ママ、大馬鹿者に乾杯だね」

道彦は、おどけてみせたが、ママは、

はい、といって、道彦がなにをいっているかわからない風の顔で笑っていた。

「僕は本当は、なにをどうしたいのだろうか」

道彦は口に出していってみたが、ママは、他の客とのお喋りに忙しいようで、

独り言に終わった。

こうして勝手気ままにいられる独りも別に悪くはない。

そう思いながら道彦はグラスに手酌でビールを注いだ。

グラスの中の満月がゆらゆらと揺れているのを道彦はじっと見詰めていた。


〈了〉



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