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小説 「犬」

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第四話(最終話)

 結局、この最終選考会の第一次審査で、一気に二三五名が落とされ残りわずか一○名となった。
 私は、順当に最終審査まで残ることができた。 
 この会場にいる観客。すなわち牧の大ファンの女性軍にとって、私がここにいること自体気にいらない。ましてや最終審査に進んだことに対して憤りを感じているようだ。
 いずれにせよ、私にはそんな外野など歯牙にもかけていない。
 とにかく優勝する。それ以外は、何も頭になかった。
 最終審査は、肝心要の演技力が試される。これに関しては、絶対の自信があった。
 何と言っても、私は母親の血を受け継いでいる。それに、牧のことはすべて分かっている。
 彼がどんな演技をし、共演者にどんな演技を望むのかも。すべて完全に研究をし、彼に気に入られる訓練はすっかり積んできたのだから。
 抽選の結果、私は最終審査で大トリで演技披露することとなった。
 だが、私にとって順番なんかどうでもいい。他の参加者はライバルなんだろうけど、他人と比べる必要もない。どれだけ優れた演技を他の参加者がしたとしても、私を凌駕するものはない。
 だって、牧がどんな演技を共演者に望んでいるかとか、他の参加者が知る由もないだろう。ましてや、彼がアドリブでこんなセリフを言ってほしいとか、こんなしぐさをとる女性が好きだなど。そんな情報など、知ることなどあり得ない。
 私だからこそ。もう現役を引退して三年になるが、大女優と呼ばれた母の子供だからこそ、得られた情報なんだから。
 
 他の参加者の演技など興味はないが、それでも待っている間彼女たちの演技を見ていた。というか見ざるを得ない。
 私の前の参加者――他の参加者全員の演技をすべて見た。その中で二名が、抜群に演技が上手だったし、とても魅力的な表情をしていた。おまけに二人とも、かなりの美女。
 それでも私は、負ける気は一切しなかった。
 いよいよ私の順番。ここにきて、不思議とまったく緊張もしていない。本来は母親と違って、とても内向的な性格。人前で話すだけでも、赤面してしまうのだ。
 だが、今はもう勝つことしか眼中にない。それが緊張感を完全に解き放っていたのだろう。
 ――ユリ。僕は君の笑顔が好きだ。その笑顔をこれからずっと見ていたい。
 今回の演技審査のお題は、牧が初主演した映画の中の彼が最も好きなワン・シーン。私はこの映画をもう数えきれないくらい見ているし、この台詞も丸暗記している。
 この度のオーディションに関係なく、それくらい牧のことが大好きだ。だから、この映画が私も大好きなのは当然のこと。
 ――ケン。有難う。私もあなたと一緒にいたいよ。
 これが本来、相手のユリの台詞。
 ――ケン。有難う。でもね、私自信がないの。
 私はのっけからいきなりアドリブで、まったく異なった台詞を口にした。
 すぐさま、観客の失笑や罵声が会場にこだました。
 しかし、牧は動じることもなく、むしろ喜びに満ち溢れた顔で演技に没入してきてくれた。
 ――ユリの不安は分かるよ。でも、心配ないさ。僕がずっとユリがほほ笑んでいられるようにするから。
 彼は得意げな顔で、とっさにアドリブで返してきてくれた。
 まだ演技が始まったばかり。
 だというのに、一瞬にして私は、自分の中の心境の変化に気付いた。
 今まさに、優勝するという意識が完全に消失したことを悟った。
 それに代わり、今演技している自分に酔いしれた。
 演技の楽しさ。
 牧だからというわけではない。きっと彼でなくても、同じ気持ちになっただろう。
 それくらい演じることの喜びを、あらゆるシナプスが私の脳へと信号を送っていた。
 
「お母さん、ごめんなさい。私、私優勝できなかった」
 オーディションが終わったその足で、私はすぐ母親が入院している病院へと向かった。
 彼女は病気のことは、私はまだ気づいていないと思っている。だが、私はちゃんと分かっていrた。
 母親は末期の膵臓ガンで、もう余命も長くない。いや、正直もういつ死んでもおかしくないということを。
 だから、私は本来はまったく出る気がなかった今回のオーディションに参加した。それは、母親が出てほしいと依頼したから。
 そして、私は彼女のために必ず優勝すると心に誓った。
 私の気持ちに関係なく、オーディションに優勝し、芸能界に入ることが母親への最高のプレゼントになると思ったからである。
 しかし、私は準優勝に終わった。芸能界への道が確約されることはなかった。
「絵里。別にいいのよ。私、何も絵里が優勝することを望んでたわけじゃないし」
 そのとき、私は母親なりの優しさ、私への気づかいでそう言ってるんだと思った。
 私の目から、ひとすじの涙がこぼれた。
 ベッドに横たわる小さくなった母親の左手をしっかりと握りしめながら、こう言った。
「お母さん。でも、お母さんは私にもお母さんみたいな女優になってほしかったんじゃ・・・・・・」
「えぇ、そうよ。でも、ちょっと違うの」
「えっ、どういうこと?」
「だって、今までの絵里じゃぁ、仮に万が一今回優勝したとしても、女優に本当になりたいなんて心の底から思えないでしょ? 私の為にみたいな、そんな義務感だけじゃない?」
「えっ、それは・・・・・・」
 彼女の言う通り。かと言って、首を縦に振るわけにもいかない。
「それだったら、ちょっと状況は違うけど、ほら、牧慎吾さんと同じでしょ?」
 彼女の示唆することは、すぐに分かった。
 彼も本当に演技が好きで、俳優をしているわけじゃない。
 ただ父親に意趣返しをしたいがだけ。それだけの為に、芸能界に入った。別に彼にとっては、どの世界でも良かった。とにかくビッグになり、且つ人に好かれる。そんな仕事なら、何でも良かったのだ。
「お母さん。それって・・・・・・」
「でも、私もう安心。絵里は私の子。だから、きっと今回オーディションに参加して、女優になりたいって思ってくれたはず。どう、私間違ってる?」
 間違うどころか、正解ど真ん中。
「お母さん。ひょっとして・・・・・・」
 私の目から、更に涙があふれ出てきた。さっきよりもかなりの速度で、大粒の涙たちが。
「あなたはやっぱり私の子なの、絵里。でも私は無理矢理、絵里を女優にさせるつもりはなかったの。絵里がなりたいと思ったら、なってほしい。それだけのこと。そして、今まで絵里は将来これになりたいってものなかったでしょ? だから、今回そのチャンスを絵里にプレゼントしたの。お母さんの最後のプレゼントになるから、一番絵里に喜んでもらえ、そして大切にしてもらえるものを送りたかったの」
「お、お母さん」
「覚えてる? 絵里が一番最初に私におねだりしたプレゼントって」
「えぇ、もちろん。私がどうしてもマル・チーズを飼ってほしいって・・・・・・」
 私が小学校二年生のとき、初めて母親におねだりしたプレゼント。そして、そのマルチーズ――メアリーは今もまだ健在。
 今年で一五年になるが、今でもまだ元気いっぱい。母親の最初のプレゼントだし、大好きなマル・チーズ。だから大切に育ててきた。それに母親もそうだが、メアリーからも人との接しかたを学んだ。
 人に好かれるには、まずは興味を持ち、相手を愛してますと体で表現すること。それを教えてくれたのが、メアリーだった。
「うん、メアリーでしょ?」
「そうよ。それよりもすごいプレゼントって、きっと私はないって思ってた。だけど、今回のプレゼント。きっと絵里は気に入ってもらえると思ったから。だから、優勝なんてどうでもよかったの。まずは、絵里に女優ってお仕事に、演技の楽しさに興味をもってほしかったの」
「お母さん、有難う。このプゼント。絶対、絶対一生忘れないし、一生大切にするから!」

第3話

「私自慢じゃないですが、牧さんがデビューする前からずーっとファンだったんです。私にとって、あなたがすべて。そんな重苦しいことは言いませんが、とにかく牧さんのことなら何でも知ってます私」
「でも、そんな今の話なんか僕は誰にも言ったことないんだけど・・・・・・」
「まぁ、いいじゃないですか。好きな人だから、全部知りたいんです。そして、今日初めてお会いできたんですが、
本当はもっと愛想をふりまきたかったんですが・・・・・・、でも、緊張していて、それはできませんが」
 これは本心だ。今この一瞬だけ、オーディションに合格することは、意識から少し遠ざかっていた。
 ――なによ、アンタ。さっさとおうち帰んなよ!
 ――私たちの慎吾さまに何失礼なこと言ってんの!
 今まで静まり返っていた会場が、突如騒然となった。いや、そんな生易しいものではなかった。
 あちこちから、同じような台詞で私を罵っている。
 いや、言葉だけじゃなかった。
 使い捨てライターや、牛乳瓶などが投げつけられた。 
 幸い、私に当たることはなかったが。
「皆さん、おやめください」
 会場の牧ファンに向かって制止を呼び掛けたのは、牧本人だった。
 案の定、会場はまたすぐ静寂となる。
「皆さんが、ご批判をされるのは分かります。しかし、今はまだ審査中。そして、この方もまだ候補者なんです」
 今の牧の発言を聞いて、本当だったら諦めていたかもしれない。だが、今回はそんな選択肢はない。私が得るべき結果は、優勝。それしかない。
「牧さん。では、もう一度歌っていいですよね?」
「はい、そうですね。まったく音痴とは思えない。そんな歌が歌えるのなら、もう一度だけチャンスを差し上げます。しかし、さっきと同じなら、すぐに中断します。いいですか?」
「分かりました」
 意を決して、私は再度マイクスタンドの前に立った。一度大きく深呼吸をした。
 気合いを入れようとも、祈りをこめようとも、音痴が突如治るわけはない。
 それは、私も分かっていた。しかし、できるだけのことはしよう。そう思った瞬間、緊張感が見事にとれた。
 歌は終わった。
 幸いにも中断させられることはなかった。その代わり、会場からのブーイングが激しかった。
 歌の途中からずっとそう。
 審査員も歌がじゅうぶんに聞こえないくらいの大音量。
 それが功を奏したのかもしれない。
 確かに、自分ではさっきよりは雲泥の差。驚くほど上手に歌えたと実感している。
 だが、音痴が完全に消えたわけではない。
「牧さん。これで私の優勝は決まりですね」
 歌が終わり、審査員全員に向かって深く一礼をした。それから、牧に向かって勝利宣言をした。
「どうして、あなたが優勝だなんて、そんな自信があるんですか?」
「自信がなかったら、優勝するだなんて言わないですよ」
 自然と勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
 

第2話

 (あなた、何のために自分の気持ちを押し殺して、ここにやってきたのよ!)
 項垂れてしまって、すぐのことだった。
 いつも冷静で判断を誤ることのないもう一人の私が、私の胸を半端ではない力で叩いた。すべきことを誤っているということを熱弁するが為に。
「す、すみません。牧慎吾さん。今一度、私にチャンスをください。最後まできっちりと歌わせてください」
 もう一人の私の忠告を守り、私は誰でもない、牧慎吾の前まで進み、熱い口調で懇願した。
 もちろんその気持ちの通り、気がつけば跪いていた。
 彼がデビューした時から憧れていた俳優の彼に気持ちをぶつけるしかない。そう思い、自然とそんな行動に出た。
 今回この最終選考会の二四五名の中から、一名だけが新作の映画でデビューできる。
 しかも、彼との共演。おまけに、主演女優としてのデビューとなるわけだ。
 彼のファンでなくても、この機会を手に入れたい人はごまんといる。
 そう思うと、この最終選考会まで残っただけでもラッキーだと、口を揃えて友人たちは言う。
 でも、私には優勝しかない。
 それ以外、何の意味もない。
 私の本心なんて、どうでもいい。
 ただ、どうしても優勝しないといけない。
「えっ、まだこんなとんでもない歌を続けるって言うんですか?」
 MCを務めていたオウムのような顔をした男性が、嘲笑しながら問いかけてきた。
「すみません、横山さん。ちょっとだけ、いいですか?」
 私の頭上で、牧がそのオウム男に話しかけた。
 彼はおもむろに立ち上がり、オウム男に頭を軽く下げながらだ。
「荒木さん。正直申し上げて、あなたの歌は聞くに堪えません」
「はい。それは重々承知しております」
「荒木さんもご存じのように、今回の映画は少しオペラの要素が盛り込まれているんです。つまり、今回僕と共演できる女性は、歌がうまくないといけないんです」
 牧はまったく悪びれた様子もない。彼が冷酷非情な男性でないことは、私がよく知っている。しかし、仕事に対しては、まったく妥協を許さないのが彼の信条。
 だから、まったく否定的な気持ちになることはなかった。
「それも承知しています。しかし、この音痴は必ず治します。それができれば、私は必ず優勝できる。そう信じて
います」
「そうなんですか? その自信はいったい何なんですか?」
「それは、牧さんのことを私がよく理解しているからです」
「えっ? 僕を理解してる? それってどういうことなんですか?」
「では、まず一つ。牧さん、あなたはいまだにお父さんを恨んでいます。だから、それだけの為にスターになってやる。今もそれだけのために仕事されてますよね」
「ど、どうして・・・・・・?」
 俄かに牧の顔が歪んだ。
 そんな話をまさか、他人が知っているはずがない。
 そんな気持ちが、顔に表われていた。

第1話

【はじめに】
 
 小説をまた書きたいと思います。今一つ書いているのは、すごく長いので、逆に短編を書こうと思います。3回くらいでエンディングにしようかなぁと思っています。 この英語バージョンも会話部分だけ作りたいと思います。
では。。。
 
 
 こんなにたくさんの人がいるというのに、聞こえてくるのは皆の息を呑み込む音。ただ、それだけなのだ。
当然のことと言えば当然なことだが、全員の視線が私に集中している。その視線が怖くてたまらない。まるで、獣に囲まれ、睨みをきかされている。そのように見えてしかたがない。
 実際ここで彼らに殺されるわけがないことは、分かっている。しかし、今まで人前になんか出たことのない私。学生のとき、同級生の前で本読みをするだけで体が震えていた。そんな臆病者で、内向的な性格の持ち主なのだ。
 そんな私が、五万人を前に今から歌を歌わないといけない。
 勘弁してよ・・・。今さら文句を言っても始まらない。
 覚悟を決めて歌うしかないんだから。
 前奏が始まった。
 私が選んだ曲は、AIの「STORY」――生まれてこのかたカラオケで歌ったことのある唯一の曲。
 大きく深呼吸をし、一度目を閉じて心の中で祈った。
 (早く終わりますように!)
 ついに前奏が終わった。
 さっきよりも余計に観客が静まり返ったような気がした。
 歌いだして、数秒もかからなかった。
 覚悟はじゅうぶんしていた。
 だが、観客の反応は私の予想をはるかに凌駕していた。
 もちろん、観客の様子を見て取る余裕など微塵もない。だが、間違いなく全員がブーイングする時のように、
両足を強く床に叩きつけながら、思い切り腹を抱えて笑っている。
 音痴な人間のどこが悪いの!?
 歌いたくて、歌っているわけじゃないんだから・・・。
 しばらくして、信じられないことが起こった。
 まだ歌が半ばも終わっていないというのに、演奏が中断された。
「は〜い、エントリーナンバー128番。荒木絵里さん。どうもお疲れ様」
 気のせいではない。MCの男性は、まったくやる気がない。語尾がもうダラダラだ。
 これで、残念ながら終了だ。
 母のことを思い、自然と肩を落としてしまった。

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