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時は元禄。黄門様と犬公方の時代である。
芭蕉が奥の細道の旅に出たのは没後五百年に西行を慕ってという事になっている。歌道の研究と俳道の確立に一身に精進してきた俳聖、畢生の旅の始まりである。 それにしては、母方を宇和島伊達藩に、父方をその宇和島藩の前任藤堂家に関係する家系の次男である芭蕉は、必然的に郷里からは解放されていた。そもそも家を継ぐ必要はなかった事は、放浪を肯定的なものとする必要条件だったと言えるかもしれない。他方で、そうした以上は、西行の足跡を辿る事は最初から全体を構想するとしたら必然的に東北と四国を旅する事になる。芭蕉は、奥の細道へ出立する前から、四国・西国までの道程を思い描いていたのではないか。 それにしてもそれにしてもである。本州を屈曲したものとせず一本の屋台骨とする徳川政権、幕府の体制の閉鎖性、封鎖性は東北・四国・九州を異国以上の騒動や謀反を起こす諸起点として危険極まりない土地にしてもいたろう。もし、そうした時代に一念発起でそこに自由に旅したら、それ自体が無上の開放された感覚に襲われるような、ちょうど海外旅行をして浮ついた気分になるのと同じような事だったかもしれない。芭蕉はそれでも、その高揚した気分を世界随一の紀行文に昇華するだけの精神的安定の持ち主だったというわけだが、それで力尽きる、それが事果ててしまうほどのものだったというのは何とも計算間違いのような尻切れトンボのようなものになるものでもあった。 ところで、本書の前提は、芭蕉や曾良が隠密と云うこれまで言われていたような事ではなく、寧ろそうした時代状況、政治権力の対立・抗争の中にあった事をモチーフとするものである。元禄時代の東北、四十代の円熟した未だ若き芭蕉。これをもっと忠実に想像できるようになるには、こうした時代小説の試みはもっとあっていいだろうし、今の処非常に貴重で斬新なものになっている。 奥の細道の旅が終わる起点での続編を期待したい。
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